ダーク・ファンタジー小説

(2)第二章 〜調律士と呼ばれし者〜 其の五 ( No.31 )
日時: 2012/07/07 00:24
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n1184bd/16/

 「うん、アリスの分かりやすい説明で大体理解出来たようだね。僕たちは彼ら——調律士(チューナー)たちの犠牲無しでは生きられない。まっ、これはさすがに言い過ぎだけど……。でも、彼らのおかげで助かっている者がこの世界にたくさんいるのは事実だよ。自分だけの貴石(パーソナルジェム)の加護不全(プロテクトエラー)による死以外で亡くなる事はまず無い。どれだけ医療技術が発達しようが、治せない未知の病がこの世には一杯ある。だけど、この悠久の祈祷(エミリアルシステム)、自分だけの貴石(パーソナルジェム)の力のおかげで調律士(チューナー)たちが身代わりになってくれている。人間には不可能の事を可能に昇華させる事が出来る絶対的な力……」

 キリクはパーソナルジェムの絶対的な力に魅せられているのか、目を輝かせながら力説する。これも彼の性格の範疇内、自分が興味を抱いたモノはとことん追求し、知識も長ける。——が、それ以外になると並み以下になってしまう。

 その例として、衣服であったり、味覚であったりと……残念な面がある。
 しかし、それはアリスにも言える事で、彼女もどちらかと言うとキリクと同類。
 彼のように研究者にはなっていないものの、似たような所が多々あった。

 ——似た者同士の二人……。

 「ねぇ〜、キリク。さっきアンタが言っていたリリスの涙って、何?」

 アリスのその投げかけに、キリクは静かに頷き返す。

 「……ああ、そうだね。うん……嘆きの選別(リリスの涙)はこのシステムの根本となっている、彼女の——リリス=エミリアが選別する際に流す、涙とされているんだ。その選別って言うのが、さっきの調律士(チューナー)たちの誰が僕たちの身代わり、犠牲となるのかを選ぶ事……。そして、ここはその嘆きの選別(リリスの涙)を観測し、各地にいる研究者たちに通達する役割を任されている。それについてはさっきの映像で大体の事を理解してもらえたと思うけど……」

 「——なるほど、リリスの涙が空に流れる時。チューナーの誰かが俺らの身代わりとなっている事を知らせる、さしずめサインって事か……」

 静観していたトウヤが顎に手を添えて、頷きながらそう呟く。

 「……うん。そして、僕たちは彼らの行く末を見届け、息絶えた者を丁重にもてなす……。それがここ第十一階層にいる人間全てに課せられている最重要事項。クライヴ教皇や枢機卿たちも彼らを埋葬する際には必ずと言っていいほどに立ち会っているよ」

 静かに語ったキリクは徐に瞳を閉じて、深く息を吐いた。
 最高権力者たる教皇と枢機卿と呼ばれる教皇の補佐的存在が三人。
 そんな彼らもチューナーたち一人一人に敬意を表し、その行く末を案じている。

 「だけど、正直びっくりしたかな。さっきも言ったけど君たちは運が良いよ。調律士(チューナー)と言ってもさっきの映像の中にいたのはごく一部。世界各地には僕たちが把握していない調律士(チューナー)もいる。だから、あの映像にいた者の中で事が起こるとは限らないから運が良い以外の言葉が見つからないよ。——まっ、たまたま他の作用の影響で映像の中にいた者が選別されたのかも知れないけど」

 キリクのいつもながらの夢の無い発言に一同は揃って「やれやれ……」と、落胆し、張り詰めていた空気が少し和らぐ。

 「まぁ〜大体の事は分かりましたけど——私たちはクラリスのパーソナルジェムの件でここへ足を運んだ事はお忘れなく……」

 微笑みながらミュリアがそう話し。
 その言葉にトウヤ、ユウ、アリスは気の抜けた表情をさらしてしまう。

 本来の目的であるクラリスが「なぜ、眠りについてしまったのか……」その原因はクラリスのリングに装飾されているパーソナルジェムが本来あるべき姿からかけ離れた黒ずんだ姿に変貌してしまっているからではないかと、それを究明するためにパーソナルジェム研究所まで足を運んだトウヤたち……。

 だが、その前にパーソナルジェムの仕組みなどの途方も無い話を聞かされ、それどころでは無くなってしまっていたの事実だった。

 しかし、今は一通りの説明が終わって、一段落がつき……。
 目的を果たす時ではないのかと、一同はキリクに熱い視線を送った。
 その視線に応えるべくキリクは力強く頷く。

 「——色々脱線したけど、クラリスのリングに装飾されている自分だけの貴石(パーソナルジェム)は強制的に加護が遮断されている。これを解消すれば彼女は目を覚ますよ」

 彼の言葉にトウヤたちは堪らず安堵の表情を浮かべる。
 この世界には流行り病があった。

 それは突発的に起こる加護不全(プロテクトエラー)と呼ばれるパーソナルジェムが正常に働かなくなると言ったモノだった。
 一度患ってしまうと最後、死に至る病である。施術などの処置は何の意味もなく、ただいつか来る死を待ち受けるしかない、未知の病である。

 ——それともう一つ。

 この世界の住民は外的、内的損傷は無くとも、パーソナルジェムが破壊されれば、その者は必ず死んでしまう……。

 「——で、具体的にはどうすればいいんだ?」

 一旦、安堵の表情を浮かべたものの、どういった処置を施せばいいのか、教えられていないトウヤたち。その代表でユウが徐にそう投げかけた。

 「そうだね〜。悠久の祈祷(エミリアルシステム)を破壊するか、術者たるクラウスをどうにかするしかないね。もし、術者が死んでいれば、とっくにクラリスは目覚めている事だし……」

 淡々と話したキリクの言葉に一同は表情を曇らせる。
 その中で一人——トウヤは何か違和感を覚えたのか、彼だけ顎に手を添え、眉間にしわを寄せて思案顔になっていた。
 しばらくして、その違和感が解消されたのか、トウヤがキリクの事を神妙な面持ちで見据える。

 「——なぁ〜キリク。つかぬ事を聞くが、このエミリアルシステムの件はあの人——クラウスさんは知っているのか?」

 トウヤの問いにユウ、ミュリア、アリスの三人は目の色を変え、揃ってキリクに視線を向け。
 問いかけられたキリクはバツが悪そうな表情を浮かべながら、頭を掻いた。


 「——うん、彼も知ってるよ。だから、こそ……なのかも、ね……」

 キリクの返答にトウヤは激しく頭を掻きながら、苦々しい表情を浮かべてしまった。
 他の三人は納得と頷いていたが、キリクの言葉でトウヤはクラウスがやらんとしている事が分かってしまったのだ。
 それについてトウヤはユウ、ミュリア、アリスに説明せんと柄にも無く真剣な表情を浮かべて、彼らの事を見据える。

 「——ユウ、ミュリア、アリス。俺の話をよく聞いてほしい。クラウスさんは——」

 「大変です! 所長!」

 慌ただしくキリクのラボに入って来た研究員。
 その者に話を遮られ、トウヤは堪らず舌打ちをする。

 「どうかした?」
 「今すぐ、ニュースを見てください!」
 「え? あ〜、分かった。そこの君〜。映像を一般チャンネルに切り替えてくれないかい?」

 と、キリクは観測員に投げかけ。観測員は映像を一般チャンネルと呼ばれる映像に切り替え、業務に戻る。
 切り替わった映像にキリクは目を向け、そこに映し出されている光景に思わず、彼は立ちすくむ。様子がおかしいキリクに違和感を覚えたトウヤたちも彼に倣って映像に目を向けると——キリクと同じような様相になってしまった。

 それもそのはず、彼らが向ける視線の先には、見慣れた人物が映し出されていたのだから……。