ダーク・ファンタジー小説

序 章 〜夢見る愚者 前 篇〜 其の二 ( No.2 )
日時: 2012/06/11 14:15
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/2/

 ——とある衛星都市に立ち並ぶ、雑居ビルの一角には「ロストビルディング」と呼ばれる都市伝説があった。
 見た目は何の変哲もない少し古ぼけた雑居ビルなのだが、誰もその建物に入る事が出来なく。
 確かにそこに存在し。視界にも捉えているにも関わらず、近づけば近づくほど遠退いて行く蜃気楼のような不思議な建物であった……。


 ——とある事務所風景。

 【昨晩、十代後半の男性とみられる遺体が発見されました。遺体の損傷は激しく全身の皮膚が剥がれ落ちた状態で見つかり、警察は一連の事件と——】

 少しほこり臭く、お世辞にも「綺麗」だとは言えない散らかった部屋に、テレビの音だけがBGMのように流れている。
 そんな有様の部屋で唯一小綺麗に片づけられたソファーの上に黒髪の少年、雨宮彗月(あまみやはづき)が寝転がっていた。

 「——依頼だ」

 物が積み上がり、散らかった卓上に組んだ両足を我が物顔で乗せて座る、赤髪アップスタイルの女性、久遠寺美玲(くおんじみれい)がソファーで横になる彗月に冊子を投げ、それが彗月の顔に落ちる。
 顔に落ちたそれを彗月は拾い上げて横の態勢ながらも目を通し始めた。

 「今回の依頼は少しばかり骨が折れる。今し方、テレビで流れていた通り連続変死事件についてだ。私は一連の事件に巷で出回っている夢想薬(むそうやく)が絡んでいると踏んでいる。——君はどう思うかね?」

 美玲はくわえていた煙草の火先を彗月に向けて意見を仰ぐ。

 「——そうですね。俺もそれが原因だと思いますけど、遺体の損傷具合から言ってかなりの量を摂取していたみたいですね。……でも、おかしいですね。夢想薬の特性を考えれば……」

 冊子に貼られたとある一枚の写真を見つめながら彗月はそう答える。
 その写真には一体の遺体が写し出されており。遺体は焼け焦げたように皮膚が剥がれ落ち血肉が丸見えで。まるで人体模型のような状態である。

 「ああ、確かにな。適度に摂取する分ならラリってハイな状態になる程度だが……まぁ〜自業自得って奴だ」

 美玲は煙草を吸って心底どうでもいいと言った具合に切り捨てる。
 そんな美玲の態度に彗月は鼻で笑う。

 「でも、何で今さらこの依頼が来たんですか? 上はこれでおいしい汁を吸っていると噂を聞きますが?」
 「アレだよ。大人の都合ってヤツだ。体面だけ取り繕って世間様にアピールするためだそうだ。まぁ〜それは表向きで、上はとある噂を突き止めるため。我々に白羽の矢を立てたって事らしい」

 垂れ落ちそうになった煙草の灰を吸殻で溢れ返る灰皿に落とし。
 美玲は再び煙草をくわえて吸い始める。

 「噂、ですか……」

 彗月は眉間にしわを寄せて、感慨深くそう呟く。

 「そう、何でも夢想薬を過度に摂取すると魔法遣いになれるらしい」
 「なるほど、それが理由ですか……。でも、実際なれるんですか?」
 「それは分からん。……試しに飲んでみるか?」

 そういうと美玲は机の上から夢想薬の錠剤が入った瓶を手に持ち、彗月に提示する。
 その瓶を見て彗月は顔の前で手を振った。

 「いえ、遠慮しときます」
 「……何だ、つまらん奴だ」

 灰皿に煙草を押しつけて、美玲は不愉快そうな表情を浮かべる。
 そんな美玲の態度に彗月は「ムスっ」と少し怒りを露わにし、

 「じゃ〜所長が飲んでみて下さいよ〜」

 口を尖らせて、彗月は美玲に呑むように催促してみた。

 「それはごめんだ。私は酒と煙草以外興味がない。——あっ、それと金だ」

 新たな煙草を口にくわえたまま指で輪を作り。お金の意を彗月に示すと「ニヤリ」と不気味に微笑んだ。
 そんな美玲に彗月は「やれやれ」と少し肩を落とし。
 起き上がりざまに辺りを見渡した彗月は他のメンバーがいない事に気付く。

 「——他の奴らは? 姿が見えませんが……」
 「お前がソファーで気持ちよく寝ている間に他の奴らもこの件で出払っている」
 「そうなんですか……。だったら、俺は行かなくていいですよね?」
 「そうはいかないな。君にも働いてもらわなきゃ困る。——言っただろ? 骨が折れる仕事だと、ね……」

 再びソファーで惰眠をむさぼろうとした彗月を制止しようと、美玲は含みを孕ませた口調で仕事をするように促しつつ「ふぅ〜」と、白い煙を吐いた。

 窓も開けず、空気が淀んだ空間の中で吐いた煙が、美玲の座っている周辺に留まり。
 そのせいで少し煙たくなったのか、堪らず美玲は「ゴホゴホ」と咳き込んだ。
 その様子を一部始終見ていた彗月は「ふむふむ」と、何かいい案でも浮かんだのか頷く。

 「——だったら所長も運動がてら働いてはいかがですか? 健康にいいみたいですよ」
 「それは断る。私のこの白くて美しい柔肌が太陽に焼かれて溶けてしまうだろ? それにだ。事務所を留守にする訳にはいかん。空き巣に入られたらどうするか」

 白いブラウスの裾をめくり上げて、自ら自慢するだけの事がある。その白くて透明感のある美しい柔肌を美玲は自慢げに彗月に見せつけた。

 「その設定はどうかと思いますが……。それに、そもそもこの事務所には所長が張り巡らせている人払いのルーンがあるじゃないですか。だから、常人にはたどり着けませんよ。……うん、これで心配事はなくなりましたね。——所長も手を貸して下さい」
 「手を貸したいのは山々だが、断る。私にも私なりの仕事が有り余っている。見ろ、この書類の山々を……。今にも崩れ落ちそうではないか」

 自慢げにそう言って美玲は卓上に山積された書類を「ご覧あれ」と言わんばかりに手を広げて披露する。
 そんな彼女に彗月はあきれたように頭を掻く。

 「……いや、それって単なる所長のサボり癖が原因じゃないんですか?」
 「それは違うな。皆が仕事で苦しんでいると思うと私もいても立っても居れなくてな。同じように苦しみを味わおうと、溜め込んでいるにすぎない」
 「だったら、溜め込まない内に終わらせて仕事を手伝ってくださいよ」
 「むっ、ああ言えばこう言うな君は……。それじゃ〜女にモテんぞ」

 額を押えバツが悪そうな表情を浮かべて美玲はそう口ずさむ。

 「ほっといてください!」

 少し語気を強めて言った後。徐に彗月は立ち上がり、腕を頭上に掲げて伸びをする。
 身体がなまっていたのか骨が「パキポキ」ときしむ音がした。
 渋々ながらも彗月は出かけるために、足の踏み場も定かではない散らかり放題の部屋に残された唯一の足場を縫うよう進み。

 事務所の出入り口の方へとつま先歩きで歩行中、

 「——ああ、彗月。一つ頼まれ事を頼まれてくれんか?」

 次の一歩を踏み出そうとしていた最中に美玲からお呼びがかかり。
 彗月は片足立ちの状態で、高く積まれた段ボール箱の隙間から美玲の姿を捉えた。

 「何ですか?」
 「……煙草が切れた、頼む」

 美玲はふてぶてしい態度で煙草の空箱だけを彗月がいる方角に提示する。
 そんな彼女の姿を目の当たりにした彗月は大きく嘆息を吐いた。

 「……了解で〜す」

 力無く返事をしてから、彗月は再び歩み始め。
 そして、ようやくたどり着いた事務所出入り口のドアノブを掴んだ。

 すると、出入り口の上に掛けられた波形の長針と短針だけの装飾品が「ジリジリ」と音を立ててゆっくりと動き。六時十三分なのか十八時十三分なのか定かではないその辺りを指して「チン!」とベルの甲高い音が鳴り。

 それと同時に彗月は扉を開けて、事務所を後にした……。

 「全く、素直に頼み事も受けれんのか……。——だが、まぁ〜結果オーライか……」

 誰も居なくなった事務所で一人寂しくボヤキながら、美玲は溜まりに溜まった書類の山に手を伸ばして。仕事に取り掛かった……。