ダーク・ファンタジー小説

第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の一 ( No.5 )
日時: 2012/06/11 15:29
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/3/

 ——歓楽街某所。
 昨夜、起こった事件現場からさほど離れていない場所なのだが、往来する人々は昨日起こった事など忘れているかのように闊歩していた。
 夜は光輝くネオン街と化すこの場所は、現在若者たちがたむろし。怪しげな看板などが無造作に立ち並び。メインストリートと並行して伸びる裏通りである。

 そんな「若者たちの街」と言っても過言ではないこの場所に溶け込む、少し茶色掛った髪に金色のメッシュを入れ込み、両耳にはクロスのイヤリングを身に付け。
 五芒星を象った校章が刺繍された白いブラウスの胸元を開け、赤と黒の格子柄のズボンを履き——見るからに軽薄そうな少年、牧瀬流風(まきせるか)が携帯電話を片手に軽やかなステップを刻みながら歓楽街を歩き回っていた。

 流風は久遠寺美玲の事務所で働きながら学院に通う学生だった。

 見た目とは裏腹に成績は常に上位クラスなのだが、いかんせん流風の性格が足を引っ張り敬れる事は無く。後輩からはタメ口で話されることしばしば……。

 そんな流風は現在、美玲が承った依頼の件で情報収集をしていた。

 最近、多発している連続変死事件に関係していると思われる夢想薬。
 他の麻薬と違い依存性は極めて低く主に鬱症状の人々が服用しており。
 その効果は絶大で、国も認めるいわゆる合法麻薬と呼ばれている。

 そんな夢想薬が多く出回っているこの歓楽街で情報収集するのが一番だと踏んだ流風は手当たり次第に往来する人々に声を掛けて回っていた……。

 「——ねぇねぇ。そこのお嬢さん方。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

 シャッターが下ろされた軒先に座りこむ、二十代前半の化粧が少し濃い目の若い女性二人に軽い口調で話しかける流風。

 「何ぃ〜お兄さん? もしかして、ナンパぁ?」

 流風の呼びかけに、アイシャドーでパンダのように真っ暗な目元になっている女性が少し面倒くさそうにそう応答した。

 「違う違〜う。僕は少〜し世間話をお嬢様方と交わしたいと思いましてねぇ〜」

 手を前で振り否定するものの、携帯電話を片手に軽い口調で話しかける流風の姿はナンパをしているようにしか映らない。
 そんな彼の姿を目の当たりにしている若い女性たちは少し険しい表情を浮かべ。

 「だったら、何で携帯片手に持って、話しかけてくんの?」
 「ウチらとメアド交換したいからでしょ?」

 と、チークでおかめのように頬が赤いもう一人の女性が気だるそう断言した。

 「ああ、これ? 違うんですよ。僕、今流行りの携帯電話依存症なんですよ〜。携帯電話を手放しちゃうと禁断症状でちゃうアレですよ〜」

 「あはは」と頭を掻きながら流風は若い女性たちの警戒心を解こうと弁解する。

 「ああ、分かるぅ。携帯のない人生なんてありえないっしょ」
 「そうそう、軽く死ねるよね〜」

 『キャハハハ!』

 流風の話に共感を得たのか急にテンションを上げ、手を叩きながら周りの視線なんてお構いなしに下品な笑い声を上げる二人。

 「ええ、そうなんですよ〜。分かってもらえたみたいでよかったぁ」

 「ふぅ〜」と、流風は胸に手を置き警戒心が解けてホッとする。

 「で、お兄さん。ウチらとどんな世間話すんの?」

 パンダメイクの女性がキーホルダーをわんさかぶら下げて重たそうな携帯電話をいじりながら投げかける。
 話を振られた流風はさっそく本題に入るのもしゃくだと思い、ワンクッションを置くために本当に世間話をする事にした。

 「そうねぇ〜。今、この街で流行ってる——」
 「ああ、ルクエラぁ?」

 と、流風がまだ言い終わっていないにも関わらず、おかめメイクの女性が間髪容れずにそう答える。

 「……ルクエラって?」

 情報収集家の流風でも聞き覚えがないワードに首を傾げて少しきょとんとなった。

 『お兄さん知らないのぉ〜? おっくれてるぅ〜』

 ルクエラを知らない流風を二人は小馬鹿にしたような態度で茶々を入れる。

 「すいませんねぇ〜。僕、流行りものに疎いんですよぉ〜。そんな僕のために優しく教えてくださいな」

 彼女たちの小馬鹿にした態度に流風は嫌な顔一つしないで手を合わせて軽い口調で教えを請う。

 「——すっごい、飛べる魔法の薬」

 と、少し低いトーンでおかめメイクの女性がそう答えると、

 「ああ、そういう系ね……」

 彼女の言葉に流風は少し気分がそがれたような表情を浮かべる。
 それに気付いたパンダメイクの女性が眉をひそめて、

 「あれぇ? ノリ悪いね、お兄さん」
 「いえいえ、そんな事ありませんよぉ〜」

 手を前で振り否定しながら流風は本来の軽い口調で誤魔化す。

 「そう? でも、マジでオススメだよ。ルクエラ」

 流風の態度に首を傾げて違和感を覚えながらも納得したのか、パンダメイクの女性が気を取り直してルクエラを本意気で薦めた。

 「は〜い、縁があったら今度試してみますよぉ。——って、そうじゃないんです!」

 ノリツッコミのような調子でルクエラの話を切り「ゴホン!」と一息入れた流風は徐に口を開いて、

 「——夢想薬について意見を交わしたいなぁ〜」

 と、本来の目的である夢想薬の話題にスイッチした。

 『……夢想薬?』

 若い女性たちは流風の言葉に聞き慣れないといった風に首を傾げて呆けた。
 そんな彼女たちの反応に流風は「あちゃ〜」と額を押えて少しよろける。
 すると、パンダメイクの女性が何か思い出したのか嬉しそうに手を叩くと、

 「ほら、アレだよ。一昔に流行ってた、アレ」
 「ああ、アレね。陰気な奴らが飲む奴ね」

 思い出して嬉しかったのか、抽象的な言葉で述べたパンダメイクの女性とは対照的におかめメイクの女性はクールな反応を見せた。

 「でも、お兄さん。なんで今さら夢想薬の事を聞くの? もう、時代遅れだよ」
 「ちょっとした興味本位かなぁ? それにしても夢想薬が時代遅れって世間様の時代の移り変わりはやけに早いんだねぇ〜。夢想薬が世に出回って確か——三、四カ月ぐらいしか経ってないっしょ?」
 「そうだっけ?」
 「覚えてな〜い」
 「さいですか……」

 彼女たちの適当な返事に「がっくし」と流風は肩を落としながらも話を続ける。

 「まぁ〜それはさておきですねぇ。お二人さんは夢想薬にまつわる噂ってご存知?」
 「何々? 急に都市伝説ですかぁ?」
 「まぁ〜そんなとこ。知らなきゃ別にいいんですけどねぇ〜」
 「で、お兄さん。その噂って?」

 パンダメイクの女性を余所目にさっさと話を終らしたいのか、おかめメイクの女性がその噂について言及する。

 「え? そうねぇ〜」

 少しはぐらかすように視線を彷徨わせ、間を開けた流風は「ゴホン」と咳払いをし、

 「例えば——夢想薬をたくさん飲むと魔法遣いになれる、とか……」

 さっきまでのおちゃらけた雰囲気を漂わせていた流風とはうって変わって、引き締まった表情になり。澄んだ瞳で彼女らを直視し、低い声音の真剣身の帯びた声でそう口走った。
 だが、

 「はぁ? まほうつかい……?」
 「キャハハハ。マジで都市伝説みたいな話してんの。超ウケる〜」
 「……結構マジな質問だったんだけどなぁ〜。とほほ……」

 二人にまともに相手をされず肩を落として俯いた流風は本来の軽い調子に戻っていた。

 「落ち込まないでよ〜。お兄さん」
 「そうそう。もし、なんか分かったら——」
 「そう? 連絡くれるぅ? 僕、うれしいなぁ〜。じゃ〜何か分かったらここに連絡ちょうだい」

 相手がまだ話している途中で了承も得ていないのにも関わらず、流風はブラウスの胸ポケットから生徒手帳を取り出し。
 そこから黒い紙を手にとって、若い女性たちに押しつけるように渡す。

 「——それじゃ〜ご縁があったら、またぁ〜」

 黒い紙を渡してから流風は逃げるように軽快な足取りでその場を離れていき。
 人々が往来する人ごみに紛れ込んで姿をくらました……。
 その軽やかな動きに若い女性たちは呆然とし。
 ほんの数秒間の間フリーズをしたものの、我に返ったパンダメイクの女性が徐に口を開いて、

 「で、何これ。名刺?」

 と、言い。眉間にしわを寄せ、しかめ面で黒い紙を確認する。
 黒い紙には金色の文字で「牧瀬流風。十七歳。ただいま彼女募集中で〜す」とメールアドレスと携帯電話番号が記載されており、その文字を金色の植物のツルで囲うようにデザインされた名刺だった。 

 「結局、ナンパだったんじゃね? それも新手の……」

 パンダメイクの女性の疑問におかめメイクの女性が気だるそうに答え。
 その後、若い女性たちは首を傾げながらお互いを数秒間見つめ合い。
 自分たちが「いつのまにかナンパされたんだ」と勘違いした。

 『——キャハハハ。マジウケるぅ〜』

 手を叩き下品な笑い声を上げて、二人は名刺をぐしゃぐしゃに握りつぶし。

 ——その場に投げ捨てた……。