ダーク・ファンタジー小説

(2)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の二 ( No.9 )
日時: 2012/06/11 21:59
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/4/

 「どぉったの?」

 俯く彗月の顔色を窺うように見やり、流風は少し軽い口調ながらも気遣う。

 「……酔った」

 周りの喧騒に打ち消されんばかりの小声でそう訴えた彗月は今にも吐き出しそうな程に顔面蒼白で顔色が悪かった。

 「ああ、例のヤツね……」

 彼の言葉に流風は少し仰け反り。天を仰ぐような態勢を取って、頷き納得した。
 彗月が酔ったと体調不良を訴えた原因を流風には心当たりがあった。

 ——彼、雨宮彗月は人が大勢闊歩する場所が苦手だった。

 人ごみの雰囲気にあてられる人酔いも一つの原因としてあるにはあるのだが、一番の原因は人が身につける香水や化粧などの匂いだった。
 獣並みの嗅覚とまではいかないけれど、変に鼻が利く彗月にとって。どれほど良い製品、良い香りだと絶賛されようがどれも粗悪品、悪臭でしかなかった。

 そのため、彗月は人が多い所では不機嫌となり周りに当たり散らすことしばしば……。

 「……何でこんなに人が多いんだ、こっちは……」

 彗月は視線だけで辺りを一瞥し、嘆くように呟く。

 「まぁ〜都会だからねぇ〜」
 「……都会怖い」

 足をベンチに乗せて三角座りのような状態を作り。
 その三角に折られた足の膝に額を乗せてうずくまって、彗月は身体を震わせた。

 「ちょっとちょっとちょっとぉ〜。何かナーバスになってない? 本来の調子に戻ってよ〜。こっちが調子狂っちゃうよ」

 「——本来の調子? ああ、そうか……。多いんなら減らせばいいんだ……」

 と、頷きながら呟いた彗月は唐突に立ち上がる。

 そして、口元を歪ませ不敵な笑みを浮かべ。身体を揺らしながら一歩、二歩と足を進めた彗月は腰の辺りに左手を伸ばして、そこに何かモノがあるかのように空気を掴み。その何かを抜き取ろうと右手を伸ばした所で、

 「なっ、何、物騒な事言っちゃってんのさ!」

 流風は急いで立ち上がってその右手を掴み、制止させた。
 彗月の突然の行動に相当焦ったのか、おびただしい量の汗を額に滲ませた流風がそこにいた。が、彗月をほっといても何も起こる事はなかった。
 その事を流風も重々分かってはいたのだが、焦って冷静さを欠いてしまっていた。

 「まぁ〜そっちの方が本来の調子っぽいのには納得ですけど……」

 「ふぅ〜」と一息吐いてから。常に持ち歩いているのか、ズボンのポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。
 少し落ち着いてから彗月をベンチに座らせて流風も隣に腰を掛け。
 人ごみの多い都会に珍しく足を運ぶ彗月に疑問を感じた流風は訳を聞く事にした。

 「で、彗月くんは何でこっちに来たの? ショッピングって事は……うん、ないよね」
 「ん? ああ、依頼だよ。ほら、こっちで多発している連続変死事件の……」
 「彗月くんもその件で動いてんの!? ——かぁ〜それだけデカイ山って事かねぇ〜」

 彗月から理由を聞かされた流風は目を見開き。事の重大さに気付いて、あからさまに驚いて見せた。
 流風は彗月が動くまでもない簡単な依頼だと思い、動いていただけに。彗月が動いてる事を知り、度肝を抜かされたようだ。
 それだけ彗月の事を流風は一目置いていたのだろう。

 「いや、そうだったら。所長も動くだろ」

 事を大げさに表した流風をたしなめるように言い聞かせ、彗月は冷静な対応を見せた。
 そんな彼が言った言葉に少し疑念を抱いた流風は眉間にしわを寄せる。

 「……彗月くん。美玲ちゃんの性格を考えたらそれはあると思うかね?」
 「……ない、な」

 流風の質問を考える事もなく反射的に彗月は頷きながら即答する。

 「だしょ? たぶん、適当に理由を付けて彗月くんを追っ払いたかったんじゃない?」
 「言われてみればそうかも知れない。——事務所を出るときに煙草を頼まれたし。書類が溜まってたし……」

 指折り数えながら美玲が自分を追っ払うために使用した理由を述べて行く。と、

 「書類はいつもの事でしょ……」

 彗月の解答に流風は呆れ果てた。

 「でも、大方外れてなかったみたいね。僕の推理」

 流風の言葉に彗月は首を傾げて、間の抜けた表情を浮かべる。
 間抜け面をさらす彗月に流風は「やれやれ」と少し小馬鹿にしたような表情を露わにし、間接丁寧に推理を語り始めた。

 「——自分が書類処理に追われている傍らでソファーの上でぐーたら惰眠をむさぼってる彗月くんの姿を見たくなかったんじゃない? 美玲ちゃんの性格上、自分がぐーたらする分には大歓迎でしょ?」
 「ああ、確かに……」

 流風の推理に彗月は腕を組んで大きく頷いて納得する。

 「ホント、君も大変だねぇ〜」

 同情するかのように頷きながら彗月の肩を叩き、労いの言葉を贈った。
 彼に労いの言葉を贈った後に流風は大変重要な事に気付いてしまい。
 自ずと目を見開き、口を開いて馬鹿面をさらしてしまう。

 「——僕もその人が上司だった……」

 そう呟くと流風は「がっくし」と肩を落として俯く。
 そんな彼にさっきのお返しとばかりに彗月も流風の肩を叩いた。

 『……はぁ〜』

 少し顔を見合わせた後に以心伝心の如く二人は同じタイミングで嘆息を吐いた。
 しかし、その嘆きも周りの喧騒に打ち消されて虚しさだけが二人の心に突き刺さる。

 「で、彗月くんはこれからどうすんの? 事務所に帰るの?」

 美玲に適当な理由付けで追っ払られたであろう彗月の動向を気にしてか、流風はそんな質問を投げかける。

 「いや、所長の煙草を買って帰らないと……。——でも、俺未成年なんだよな〜。流風、頼む。俺の代わりに買っといてくれ」

 片手を顔の前に出して頼み込む彗月に流風は目を細くしてまじまじと見つめ返した。

 「チミは変に真面目だよね……。先輩の僕には敬語なんて一切使わないのにさ〜。——それと僕もまだ未成年よ」

 「ブーブー」と口を尖らせて流風先輩は少し不貞腐れてしまった。
 そんな先輩の態度に首を傾げる彗月は怪訝そうな表情を浮かべた。

 「だって、尊敬するとこ皆無じゃん」
 「お兄さん、泣いていい?」
 「それだけはやめてくれ」
 「そう? 泣き演技に定評あるのにそれは残念」
 「それ、どこで使うんだよ」
 「ん〜。泣き落とし?」

 首を傾げながら述べられた言葉に彗月は目を細くして軽蔑したような視線を送った。
 痛烈な視線を感じ取った流風は誤魔化すように苦笑いをしてその場を乗り切ろうとする。
 が、それでも蔑んだ視線をやめない彗月の機嫌を取ろうと。
 流風が悩みに悩んだ結果——一つのアイデアが頭に浮かぶ。

 「——まぁまぁ〜彗月くん。煙草はお兄さんが買っといてあげるからさ。機嫌、直してよ〜」

 後輩の機嫌を取るためにパシリに買って出た一年先輩の牧瀬流風、十七歳、彼女募集中は白い歯を光らせてはにかんで見せる。

 「そうか……。——じゃ〜俺もこっちに来たからには手伝うよ」

 そう答えた彗月が徐に立ち上がり。頭上に腕を上げて伸びをし「仕事をしようか」と珍しくやる気を見せた。
 予想外の——予想以上の反応に流風は少しきょとんとしてしまう。

 成り行きとはいえ、美玲のパシリを自分が引き受ける事になり。
 美玲の命令は絶対ながらもサボり癖がある彗月はいつものように惰眠をむさぼる為にどこかに姿を消すのかと思っていたからだ。

 「そう? まぁ〜あんまり無理しないでね。人の多い所は僕とツインズちゃんたちに任せてちょうだいな」
 「了解」

 そう返答すると、彗月は軽く肩を回しながら「気合十分」といった具合に苦手な人ごみに飛び込むように歩き出した。

 ——しばらくして、人ごみの中をたった数十秒歩いた所で彗月は心が折れたのか、肩を落とし。俯きながら「のそのそ」と歩くようになり。
 そのまま人ごみの中へと消えて行った……。

 その様子を人ごみの隙間から、かろうじて見えていた流風は堪らず額を押える。

 「……ホント、大丈夫かなぁ〜」

 彗月の情けない姿を目の当たりにし。
 少し懸念を抱いた流風は頭を掻いて、大きく息を吐いた……。