ダーク・ファンタジー小説
- (1)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 ( No.10 )
- 日時: 2012/06/12 21:36
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/5/
薄暗い照明が照らされた個室。
流風は紙コップを片手にパソコンの前に鎮座していた。
あの後、彗月と別れてから流風は裏通りに再び戻って調査を開始したのだが、彗月の情けない姿がちらちらと脳内で何度も再生されて、安否が気になってしょうがなかった。
だから、手っ取り早く終わらそうとネットカフェを見つけて現在に至っている。
ここに到着してから、流風は終始パソコンの画面を食い入るように見つめていた。
その片手間、携帯電話で「夢想薬についての噂を求む」とチェーンメールを送り、今話題のSNSでも情報を呼び掛けていた。
「——はぁ〜全く……。嫌になっちゃう」
ネットサーフィンをしていた流風はぼやく。
どこもかしこも「夢想薬で夢が叶った」や「夢想薬で想い人に想いが届いた」などと言ったガセネタばかりで気が滅入っていたのだ。
売人たちがよく使うキャッチフレーズに酷似していた事に、ようやく気付いた流風は「このサイトは売人たちが立ち上げたのだ」と踏む。
夢想薬は国が認める合法麻薬だが、密売などの行為自体は認めていなかった。
しかし、今回は噂の真相について追及するだけであって。売人たちをどうこうする訳ではなかった。
それに「すぐに摘発されて捕まるだろう」と思った流風は他に噂について手がかりがないか、再びネットサーフィンを開始する。
——検索ワードを変えて表示された検索ページをスクロールしていくと事、数分。
気になるワードがディスプレイに現れた。
「魔法遣いになるまでの軌跡とその末路」と、意味深なタイトルが表示されたサイト名に流風は目を奪われる。
「——もしかして、これビンゴかも……」
すぐさまサイト名をクリックしてページを開く。
【ようこそ、魔法遣いを夢見る愚者たちよ。そして、真実を知りたい勇者たちよ。私はお前たちを歓迎する】
と、文字が表示されて数秒経過した後に、別のページにジャンプした。
飛ばされたページには、動画が添付されていた。
流風はその動画の中から一つ気になる動画を見つけた。
——タイトル「空歩く少年」と名が付けられた動画である。
すぐにその動画の再生ボタンをクリックして流風は動画を視聴する事にした……。
——目元に水玉模様が描かれた白い仮面を被った黒装束のダミ声の人物が画面上に現れ、
「やぁやぁ〜。この動画をご覧の諸君たち。君たちはこれから歴史的瞬間を目の当たりする事になるだろう。それは人が空を歩くという偉業を成すといったものだ。——さぁ〜ご覧あれ〜」
と、これから起こる現象を説明した後に丁寧にお辞儀をして画面から引いた。
そして、映像は黒装束の人物が画面から引いて映らなかった背後の画が露わとなった。
——それはどこのかの夜景映像だった。
映像はある画にピントを合わせてズームしていく。
徐々に露わになっていくその画は少々映像が粗いものの。大きな鉄柱が幾重にも交差しあいながら天高く昇っていく鉄塔が映し出されていた。
綺麗にライトアップされたこの鉄塔に流風は見覚えがあった。
それはここ衛星都市一番と言っても過言ではない高さを誇る高層建築物である、あの電波塔だった。
さらにズームしていく映像は電波塔の上層辺りまでいき。
何かを探しているかのように上下左右にブレた映像が数秒間続いた。
そして、ようやく標的を発見したのか。ある一角に合わせて映像がブレなくなり、ゆらゆらと揺れ動く物体が電波塔の外郭部分に映し出される。
その物体を追うようにしてアングルが動き、揺れ動く物体を徐々にズームしていき。その正体が明らかになった。
映像のタイトル名通りにごくごく普通の十代半ばぐらいの少年が踏み外したら即、死に直結するほどの高さを誇る鉄骨の上で両手を広げ。
あたかも綱渡りをするピエロのように臆する事なく悠々と歩いていた。
「——動画をご覧のみなさん。これからあの彼が空を歩きます。瞬きするのがもったいないほどの奇跡。さぁ〜眼球が乾ききるまでとくとご覧あれ。——It’s a Show Time!!」
視聴者を煽るような売り文句でダミ声が流れ。
「パチン!」と、指をならす音が鳴ったその時。
——少年はさらに両手を大きく広げて、そのまま宙に足を進めた。
少年の身体は宙から落ちる事無く、そこに足の踏み場があるかのように悠然と歩き。
軽いステップまでもやって見せる。
映像に映る少年は本当に楽しそうに空を掛け回っていた。
鼻歌が映像を通して聞こえてくるかのように本当に、純粋に今起こっている事を楽しむ無邪気な子供のように見受けられた。
——けれど、少年は突然……立ち止まって空中に倒れ、仰向けになる。
そして、徐に手を上空に翳して。何かを掴み取ろうと何回も何回ももがき始めた。
彼は一体、何を掴み取ろうとしていたのか、映像からでは分かりかねたが。流風は映像に映し出された夜景から「星を掴み取ろうとしていたのでは」と、推測してみる。
——すると、映像に映る少年に異変が起こった。
少年の身体が徐々にではあったが宙から落下していくように見えた。
地球の引力に引っ張られるように落下していく少年の身体から白い煙が出始める。
——そして、少年の身体が発火。
炎に包まれながら地上へと落下していく途中で、建物が少年の姿を遮るように現れて映像から見切れてしまった。
「——以上だ。この動画をご覧の諸君たちは夢叶えた愚者として果てるのか、はたまた真実を知る勇者として生き長らえるか……。それは君たち次第だ!」
と、最後にダミ声が流れて映像はそこで終わった……。
——映像を見終わって、流風は思案顔になっていた。
「一時的とはいえ、本当に魔法遣いになったって事? でも、それは……」
夢想薬の過度の摂取による副作用。
でも、そのような副作用がある事など牧瀬流風はもちろんの事、久遠寺美玲もにわかに信じていなかった。
だが、宙から落下する際に見られた身体が燃え上がる現象には心当たりがあった。
——以前、鬱症状がみられた人物が夢想薬を過度に摂取して、火傷のような痕が体中に発症した事例が稀にあった。
確かに夢想薬を飲むと副作用として高揚感が増して陽気な気分——所謂、ラリってハイになる状態になる事と、もう一つ。
体中が燃えるように熱くなる——火照ると言った症状が見受けられたが、映像の少年のように燃え上がる事などまずなかった。
ましては、魔法などの超能力が扱えるようになる事もない。
しかし、映像には少年が宙を歩く様子や身体が燃え上がり果てていく姿が映し出されていた。
「どれほどの量を飲めばこんな事になる? いや、そんな事よりもこの映像って……」
流風は昨夜起こった事件の事を思い出す。
「確か、空から炎に包まれて人が落ちてきた」と……。
その人は落下中に亡くなったのか、はたまた落下して亡くなったのかは不明だが、噂では落下してから数秒間は生きていた、と……。
そして、その間に「ケラケラ」と笑い声を上げたと言う話もあった。
「つまり、この映像は昨日起こった事件の映像って事? もし、そうならこの映像を映した人物が今回の事件の犯人であり夢想薬の噂を流した根源って所かな?」
「他に何か手掛かりがないか」と、サイトをスクロールしていくと「魔法遣いを夢見る愚者たちへの日記」と呼ばれる項目を発見した。
「このサイトを立ち上げた管理者のブログなのだろうか」と、疑問に思いながら流風はそこにカーソルを合わせてクリックする。
表示されたページには項目名通りの日記調に残された何かの記録と思わしき文章が現れ、流風は「日付が古い記録から閲覧しよう」と考えて日付を遡っていった。
古いページを遡りスクロールといった行動を繰り返ししていくと、一番古い日付の記録に辿り突く。
——タイトル「妄言者」と名付けられた日記。
しかし、日付が少々おかしい事に流風は気付く。
「あれ? 一年前の日付? 夢想薬が世に出回り始めた時期を考えると少しばかりおかしい。一年前というと一部関係者しか夢想薬の存在は知らなかったはずだし……」
「ふむ」と唸りながら流風は記録を見る事にした……。