ダーク・ファンタジー小説

(2)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の三 ( No.11 )
日時: 2012/06/12 21:38
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/5/

 ——タイトル「妄言者」

 本日、プロジェクトが始動した。
 しかし、本当にこのプロジェクトを始動しても良いのだろうか?
 私は少し不安を抱いた。
 だが、上はこのプロジェクトを推進する。
 私は上の命令に従う傀儡でしかない。
 だから、この気持ちはただの思い過ごし、傀儡ごときが抱く感情ではない。
 そう、私は傀儡だ。
 何にも動じず、何にも感じず……。


 「——プロジェクトって、何? 夢想薬についての? だとしたら、この記録は夢想薬を開発したプロジェクトについての記録って事? 何でそんなものがこんなサイトに?」
 疑問を残したまま流風は続いての記述に目を通す。


 ——タイトル「エラー」

 プロジェクトを始動して早一ヶ月が経とうとしていた。
 着々と進む新薬開発。
 傀儡らしく私も黙々と研究に没頭した。
 新薬の試薬が完成し、試飲は外界でその存在を抹消された者たちが行う事になった。

 「なぜ、この者たちが存在を抹消されたのか……」

 傀儡である私も他の研究者たちもその経緯は存じ上げない。
 が、私たちは何も考えず、私たちが成す事をするしかない。

 ——タイトル「光縋る者」

 実験を開始して約三十六時間経過。
 新薬の試薬を試飲した被験者の一人に異変がみられた。
 被験者番号二○八が、ベット上でもがき始めたのだ。
 拒絶反応でも起こしたのだろうか?
 しかし、二○八は苦しさのあまりもがいている風には見えなかった。
 何かを掴もうと必死に腕を伸ばしているように見受けられた。
 彼が伸ばす先には薄暗い部屋を照らす豆電球が揺られながら「チカチカ」と点滅しているだけ……。

 ——それともう一つ。

 これは私の気のせいかも知れないが、二○八がいた周辺だけ妙に肌寒かった……。

 ——タイトル「浄化の炎」

 異変がみられてから数十分後。
 唐突に二○八は動かなくなった。
 豆電球を掴み取ろうと伸ばしていた腕もベットから垂れさがっていた。
 けれど、二○八の視線だけは豆電球から離れる事はなかった。
 それどころか、二○八の身体から蒸気のようなものが発生していた。
 一体、何が起こったというのだろうか?
 蒸気のようなものが発生してから数分後、二○八の身体が発火。
 ものの数秒で全身が炎に包まれて燃え上がった。

 そして、二○八は奇声を発した後に息絶えた……。



 ——記述を読み終えてから流風は大きく息を吐く。
 深く、長い一息を。
 瞳を閉じて感慨深く、ゆっくりと……。

 「——夢想薬を製造するために世界から存在を消された人々……。つまり、死刑囚を使って人体実験を行っていたって事、か。夢想薬にそんな裏事情があったなんて知らなかったなぁ。それとさっきの映像に映っていた少年と酷似した症状が研究中にも現れてたみたい。これは、この二○八って人も一時的とはいえ魔法遣いになったって事、か……? でも、映像の少年と違い二○八って人は魔法遣いになったって自覚がないっぽいね。少年は自ら宙に足を進めてた訳だし……。まぁ〜実験途中だし何が起こるか分からないって所かね〜」

 流風は飲みかけの飲料水が入った紙コップに手を伸ばし、それを一気に飲み干した。
 そして、ポケットに入れていた携帯電話に手を伸ばして。夢想薬の噂について呼び掛けておいた返答が来ているのかどうか確認する事にした。

 ——まず、チェーンメールの返事を見る事に。

 すると「夢想薬の噂? そんな事よりも今度いつ遊べるの?」などと言った返信が多数寄せられていた。
 そんな返答の数々に流風は思わず頭を掻いてしまう。
 続いて、SNSの方も確認しようと操作していると。

 突然、着信音が大音量で鳴り響いた。

 「マナーモードをいつの間にか切ってしまっていたのか」と、着信音が鳴って驚いた流風は慌てて着信相手も確認せずに出る事に。

 「——は、彗月ちゃんが吐いてしまったのです! ど、どうしたら良いでしょうか! 救急車ヘルプ! ヘルプミーで〜す!」

 着信相手も相当慌てていたのか、声が上擦っていた。
 相手の上擦った声を聞いて流風は失礼ながらも笑ってしまう。
 彗月が吐いてしまった事にではなくて普段、声を滅多な事では張らない女の子からの電話だったため、流風は思わず笑ってしまったのだ。

 「鳴(めい)にゃん、落ち着いて落ち着いて。この番号じゃ救急車は呼べないよん」
 「……えっ? その声は……流風ちゃん?」

 流風の言葉に落ち着きを取り戻したのか、着信主がか細い声でそう返答する。

 「うんにゃ」

 彼女の質問に流風は深く頷いて返答した。
 その返事を聞いて着信主は電話をする相手を間違えた事に気付いて「あわわわ」と声にならない奇声を発して照れ始めた。

 その奇声を受話器越しに聞いていた流風は「ニヤニヤ」と口元を緩めて、不気味な笑みを浮かべていた。
 相手がどういう状況になっているかを想像して笑っているようだ。

 「ご、ごめんなさい!」
 「いやいや、一々そんな事で謝らないでくださいよぉ。そんな鳴にゃんには、いつもいつも二八二八させてもらってますよ。あざ〜す!」

 「……にやにや?」

 流風のにやにや発言に何か疑問に感じたのか、着信主は聞きなおして来た。
 そんな彼女の反応に、つい本音が漏れてしまっていた事に気付いた流風は己の失言を反省するかのように頭を軽く小突く。

 「——ゴホン。それは大人の事情って事で詮索は無用の方向でお願いしや〜す」
 「そう、ですか?」
 「ええ、そうですとも。まぁ〜アレですよ……。——彗月くんの事、よろしくね」
 「は、はい!」

 さっきの疑問は何もなかったかのように元気に返答する着信主に流風は「ふぅ〜」と息を吐いて胸を撫で下ろした。
 「素直な子で良かった〜」と内心喜びつつも。なぜか胸の辺りが「ズキン」と痛くなった流風は疑問を抱きながら、この胸の痛みをかばうように手で押さえる。

 「……鳴にゃん。おかしな事を聞くかも知れないけれど聞いてくれるかな?」

 「い、いいともぉ! ……です」

 なぜか、ミーハーな感じの返答した着信主だったが、途中で恥ずかしくなり。
 またもや声にならない声を上げて照れ始める。
 そんな彼女の反応に反射の如く不気味な笑みを浮かべた流風だったが「ニヤニヤしている場合じゃない」と、首を左右に振り正気に戻る。

 「今、胸の辺りがズキズキと痛むんだ。……これってどういう事なんだろうね」
 「えっと……こ、恋じゃないでしょうか?」
 「なるほろ。この胸の痛みは恋の痛みとな?」
 「だと思います」

 「ふむ」と唸りながら流風は少し考え込んだ。
 最大のミスを犯している事も知らずに馬鹿正直に考え。
 そして、答えを導き出した流風は一息入れて気持ちを入れ換えた。

 「鳴にゃん!」
 「あっ、はい!」

 唐突に声を張り名前を呼ぶ流風に対し、着信主もそれに応えるように少し声量を上げて返答する。

 「——第一印象から決めていました。僕と付き合って下さい!」

 流風は立ち上がり自分以外誰もいない個室の中、携帯電話を片手に空いた手を前方に差し出して丁寧にお辞儀をした。
 まるでフィーリングカップルに参加しているかのような告白の仕方だった。

 「ご、ごめんなさい!」
 「即答!?」

 ちっとも悩む間もなく着信主に即答されて「がっくし」と肩を落として席に着く。
 胸の痛みが恋の痛みから失恋の痛みへとシフトチェンジした流風ではあるが、元々の胸の痛みが恋の痛みじゃなく。
 着信主を騙した事から来た、ただの罪悪感による痛みだったという事は当の本人は気付く事はなかった……。