ダーク・ファンタジー小説
- (1)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 ( No.13 )
- 日時: 2012/06/14 22:59
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/7/
ターゲットに向かって走り込んだ流風は、右腕をムチのようにしならせて大柄の男の右頬にめがけて拳を打ちこむ。
しかし、流風の拳は無情にも大柄の男に容易くかわされてしまった。
だが、流風は大柄の男の行動に口元を緩める。
流風の狙いは彼に拳を打ちこむ事ではなく別にあった。
走り込んだ勢いを殺す事が出来ず、流れのまま流風の身体が少しよろけてしまう。
そこを狙って左側にいた細身の男が流風に掴み掛ろうとしたその時!
——細身の男の鼻頭と両頬に顔を横断するような切り傷が出来ていた。
細身の男はその痛みに両手で顔を押え、膝から崩れ落ちて悲鳴を上げる。
彼の顔に傷を付けた張本人は、一回転した形になった後に。バックステップをしながら残りの二人にスナップを利かせて右手から何かを投げ、間合いを取った。
「——あ〜あ。浅かったのね。それに少し逸れた、か。ツインズちゃんたちのマネをしてみたけどコンボって案外ムズイのね……」
少し悔しそうにそう呟いた流風の左手には刃渡り五センチほどの鋭利な刃物がいつのまにか収まっていた。
流風が最初に行った攻撃はただのフェイクで初めから細身の男を狙うものだった。
拳をかわされて、その走り込んだ勢いのまま反転した際に。予めブラウスの左袖に少し勢いをつけて腕を振るだけで飛び出る、所謂仕込みナイフを瞬時に左手で持ち。
その反転した流れのまま、掴み掛って来た男をめがけて切りつけていたのだ。
しかし、流風が狙った部分より少し下に逸れてしまっていた為、作戦成功とはいかなかった。
それに最後に投げた隠しナイフも結局誰にも当たらず仕舞いで終わってしまった。
「ねぇ〜お兄さん方。何で、こんないたいけな青少年の事を狙うの? 別に悪い事なんてこれっぽっちもやってないのになぁ〜。——あっ、もしかして……お兄さん方はそちらの方々?」
「ふざけるのも大概にしろ。我らはただの革命者。この腐った世界を変える。……ただそれだけの話だ」
「それが分からないってばよ。何がどう腐っていて、何で僕たちが命を狙われなきゃならいのか、って話なんですけどねぇ〜。分っかんないかなぁ〜」
「貴様は何も知らなくても良い。我らに大人しく狩られておけば良い」
「はぁ〜全く……。理由ぐらい聞かせてくれてもいいのにさぁ〜。まぁ〜理由を聞いたからって大人しく狩られる訳にはいかにゃいけどね」
流風は左手に持ったナイフを右手に持ち替え、そのまま男たちに走り込んで行こうとしたその時!
小柄の男と大柄の男が流風に顔を切られ、膝を着いていた細身の男に向けて念じるように手を翳し始めた。
その行動を見て、流風は一旦動作を止め。少し距離を取った。
「一体、何をしているのだろうか」
と、少し様子を覗う。
すると、手を翳されていた細身の男が血で赤く染まった手で顔を押えながら立ち上がり唐突に笑い始める。
とち狂ったように笑う彼に流風は少し顔を引きつった。
——何がおかしいのか?
——顔を切られたにも関わらずどこに笑う要素がある?
立ち上がった細身の男は赤く染まった手で懐から液体が入ったガラス瓶を取り出し、その瓶に顔の切り傷から滴り落ちる血液を流し始める。
「——神よ。我に力を!」
垂れ流した血液で赤く染まったガラス瓶の液体をそのまま口に流し込む。
他の二人も念じるように自らの手首を刃物で切り付けて、液体が入ったガラス瓶に己の血液を垂れ流し。液体を一気に飲み干す。
自らの血液で赤く染めた謎の液体を飲んだ黒装束の三人は、一斉に苦しそうに首を掻きむしるような動作を取り始めた。
泡を吹き。
瞳孔が開き。
焦点が合わないほどに眼球が揺れ動く。
そして、何かを掴み取ろうと徐に天に腕を伸ばし、空を握りしめた黒装束たちの口元は歪み。不敵な笑みを浮かべながら、その空を握りしめた腕を流風に向け、手を翳し始める。
「また、ハンドパワーですかい?」
今度は自分に向けて手を翳し始めた彼らの事を流風は侮蔑した。
その発言に黒装束の三人は「ニヤリ」と不気味な笑みを浮かべながら、翳していた手を握りしめた。
その行動に違和感を覚えた流風は、その場から離れるようにサイドステップで左に逸れた瞬間!
彼が先ほどまで立っていた場所が炎上していた。
メラメラと勢いよく燃えたぎる火柱が何もなかったそこに存在し。
そして、物の数秒で静かに鎮火する。
その光景を目の当たりにして流風は目を見開き驚く。
——一体、何が起こった?
——なぜ、いきなり炎が発生した?
「さぞ、驚きだろうな。だが、何も知らぬまま朽ちろ」
驚く流風を嘲笑うかのように黒装束の三人はまた流風に手を翳した。
その動作を見て、流風は急いでその場から離れようと、今度は右側に逸れようとしたその時!
足元から熱気が立ち込め、一気に火柱が勢いよく上がる。
流風は間一髪の所で避けて助かったものの、ブラウスの左袖が焼け焦げて肌が露出していた。
——さっきより発火スピードが上がった?
——いや、そんな事よりも……。
と、流風はこの謎の発火能力について考えを巡らせた。
すると、一つのキーワード。一つのキーアイテムの事が自ずと頭に浮かんだ。
「……夢想薬、か」
この発言に少し男たちは動揺したのか、後退りする。
「その反応を見るからにビンゴみたいだね。ただ、解せないのは……なぜ、お兄さん方が夢想薬の原液を持っているのかって事なんだけど……」
夢想薬には錠剤タイプと粉末タイプの二種類しかない。
その事は世間一般的に知れ渡っている常識であった。
そのため、流風はあの謎の液体は夢想薬の原液だと推測した。
しかし「なぜ、そのような物を黒装束の三人が所持していたのだろうか?」と、流風は疑問に感じた。
「夢想薬の原液なんて夢想薬を開発している政府の機関にしかないだろうに……」と、考えにふけって隙を見せる流風に向けて男たちは手を翳し始める。
それに気が付いた流風は回避するため急いでその場から離脱しようと試みたが、少し反応が遅れてしまう。
が、転げ。不格好な態勢ながらも黒装束たちの発火攻撃を上手く避ける事に成功する。
「僕の馬鹿! 今は戦闘中だ。考えるのはあとあと……」
頭を軽く小突いて、衣服に付いたほこりを軽く払う。
絶好の機会を逃してしまい、悔しさの余り唇を噛みしめる黒装束の三人。
そんな彼らに対して流風は少し違和感を覚えていた。
先ほどの発火攻撃の際、さすがの流風も「ヤバい」と危機感を募らせていた。
けど、結果は態勢を崩しながらも避けていた。
「なぜ、避けられたのか」と、流風は不思議でしょうがなかった。
二度目の発火攻撃の際は自前に相手の動作を見つつの回避行動だったにも関わらず、結果は間一髪だった。
流風は「もしかして」とある事が頭に過る。
「ねぇねぇ〜お兄さん方。まだ、その能力を完全には制御出来ていないのかにゃ?」
猫のように手を丸め、相手を挑発するように顔の横で手招きの動作を取った。
だが、図星だったのか男たちはバツが悪そうな表情をさらす。
けれど、流風は「この能力は厄介なものだ」と、認識する。
発火スピードがまばらなら避けるタイミングが取りづらい。
まぐれとは言え、二度目の発火攻撃のようなタイミングで発動されたら脅威になりかねないと考えた。
だけど、マガイ物の能力は所詮、マガイ物でしかないと言う事には変わらなかった。
「——そういう能力ってさ、位置指定。つまり、座標指定してから発動する類のもの何だけど……。扱いに長けた人なら相手の回避ポイントすら予測して発動しちゃったり、発動するタイミングも思いのままなんだよね。だけどさぁ〜、お兄さん方の場合。発動するまでのラグが大きいし、手を翳さないと座標指定出来ない。能力発動も三人がかりでようやくって感じでしょ? ——まぁ〜それでも厄介な事には変わりないけどねぇ」
「能弁を垂れおって……。我らにご教授とはずいぶんと余裕だな」
「まぁ〜職業病と言いましょうか……癖みたいなものですよ。それと余裕なんてこれっぽっちもありませんよぉ〜」
顔の前で手を振って否定するものの顔は緩みきって緊張感のない表情を浮かべていた。
そんな流風の態度に彼らの口元は歪み。能力発動のため流風に手を翳し始める。
彼らの行動に流風は「やれやれ」と大きく嘆息をして、右手に持つナイフを小柄の男の手に向けて投げつけた。