ダーク・ファンタジー小説
- (2)第一章 〜夢見る愚者と軟派男〜 其の五 ( No.14 )
- 日時: 2012/06/14 23:04
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/7/
ナイフは見事、小柄の男の手を貫くように刺さり、そこから血液が「どくどく」と滴り落ちる。
だが、小柄の男は歯を食いしばって痛みに耐え、流風に手を翳し続けた。
痛みで手を下ろすとばかり思っていた流風は「ありゃ?」と、刺された小柄の男の忍耐強さに驚きつつ、急いでその場を離脱。
しかし、一向に能力が発動する気配がなかった。
それどころか黒装束の三人は天を仰ぎ。翳していたその手を掲げ。
そして、もがくように何かを掴もうと必死に手を動かし始めた。
それを見た流風は「魔法遣いになるまでの軌跡とその末路」と名付けられたサイトに添付されていた動画および夢想薬開発の記述と思わしき文書の事が頭に過る。
彼らの行動が夢想薬を過度に摂取した場合に起きる拒絶反応のような行動に似ていたからだ。
——ただ、それでも流風には謎が残っていた。
一体、何を掴み取ろうとしているのかが分からなかった。
——夢想薬を過度に摂取する者にしか見えない何かが見えるのだろうか?
だけど、夢想薬の特性を考えればそれはありえない。いくら、合法麻薬とはいえ夢想薬には幻覚症状と言った副作用は一切なかったからだ。
——だったら、一体彼らには何が見えているのだろう?
——そして、何を掴み取ろうとしているのだろうか?
流風はあらゆる可能性を考慮して一つの仮説を……。
いや、ただの思いつきに過ぎない、とある考えに至った。
「もしかして、お兄さん方には見えている……?」
少し自信なさげにそう呟いた流風は一息吐いて、黒装束の三人が見えているものを確かめるため。
突然、両耳に付いたクロスのイヤリングに手をやり。そして、念じるように瞳を閉じた。
「——出ておいで、シルフィー」
その声に応えるかのように流風の背後に突然、長くて白いストールで裸体を隠し、エメラルドグリーンの綺麗な瞳が特徴的な緑髪の少女が現れ「ぷかぷか」とあくびをしながら浮いていた。
そして、その縁髪少女を呼び出した影響なのか、流風の瞳の色が彼女と同じ緑色へと変化していた。
「あっ、もしかして寝てた?」
流風の言葉に「シルフィー」と呼ばれた少女は少し恥じらうように頬を赤らめながら首を横に振って否定する。
が、彼女の反応に流風は「くすり」と笑った。
シルフィーが眠っていないと首を振って否定しつつも口元に涎の跡が残っていたからだ。
「さてと」と、唸った流風は男たちが伸ばす腕の先に目をやった。
すると、赤く発光した球体が男たちに捕まらんとトリッキーに動き回っていた。
その光景を見た流風は「……なるほど」と唸り、首を縦に振って頷く。
男たちが何を掴み取ろうとしていたのかが分かり、流風が頷き納得していると。
大柄の男が何かに気付き、流風の元へ荒々しい息遣いと共に一歩ずつ歩み寄ってきた。
「それっ……。それをっ……。我らに……よこしぇぇぇ!」
奇声のような大声を発して、流風に——彼の背後で「ぷかぷか」と浮いているシルフィーを捕らえらんと、大柄の男が猪突猛進で突っ込んでくる。
彼の猛々しい気迫に彼女は「ビクっ」と怯えて流風の背中に隠れた。
流風はシルフィーを怯えさせた大柄の男を鋭い目つきで睨みつけると、徐に大きく息を吸って息を止め。右腕を迫りくる男に向けて薙ぎ払うように振るった。
すると、密閉された部屋の中に突如、激しい音を立てた突風が発生し。
部屋の中を照らしていた蝋燭の灯火は消え、その風の勢いに押されて大柄の男は後方に吹き飛ばされ。後方にある壁に全身を強く打ち付けられた。
他の二人も同様に壁際まで後退する。
その突風の強さを物語るように窓を固く封鎖していた板が外れ。
辺りに外光が射し始めた。
「全く……。女の子の扱いには気を付けてほしいものだね。シルフィーが怯えちゃったじゃない」
少々呆れながら流風がそうぼやき。
身を潜めていたシルフィーは自分を捕らえようと突進してきた大柄の男の様子を窺うように、流風の背後からちょこっとだけ顔を出した。
彼女の視線の先には黒装束の三人が赤い球体を取る事を忘れて佇んでおり。
「一体何が起こったのか」と言った風に驚いた表情を浮かべていた。
「ちょっとちょっとちょっと〜。今さら驚かないでよ。僕の事を調べたんでしょ? あ〜そうか……。モノホンを見て驚いちゃってる訳ですかい? そうですよぉ〜。僕は意のままに風を操れちゃう魔法遣いでぇ〜す」
と、軽い口調でピースをして調子付いた流風。
彼の軽口に我に返った黒装束の三人は急いで赤い球体を掴み取ろうとあがく。
が、流風はそうはさせまいと。もう一度息を吸ってから息を止め。
今度は左手を拳銃の形にして、銃口と化した人差し指を彼らに向け。三発の銃弾を放つ動作を取ると、そこから目に見えない風弾が発生し。
サイレント弾のように音を立てずに彼らの腹部へ着弾した。
空気を圧縮して創られた弾丸は打撃にも似た強い衝撃で、黒装束の三人はその痛みに堪らず悶絶し、腹部を押えてしまう。
彼らの腹部を射ぬいた流風はキザったらしくガンマンのように「ふぅ〜」と銃口に息を吹いた。
「シルフィー。カウントは?」
流風の言葉にシルフィーは指折り数えながら何かをカウントし始め。
そして、数え終えたのか折った指を流風に提示する。
「ありゃ? 残り九発か……。結構、時間経ったと思ったんだけどねぇ〜、あんまり回復してないのね……」
「がっくし」と嘆くように肩を落とした。
その間に黒装束の三人は腹部を押えながらも必死に赤い球体を追い続ける。
何かに取り憑かれたように赤い球体を懸命に追い求める。
が、決死に伸ばす腕も赤い球体にひらりと容易くかわされ。
そして、崩れ落ちるように膝をつき。這いつくばりながらも赤い球体を掴み取ろうと彼らは腕を伸ばし続ける。
黒装束の三人に無情の知らせを告げるように彼らの身体から蒸気のようなものが少しずつではあったが発生し始め。
それを見た流風は口を徐に開いて、
「……浄化の炎」
と、力無く口走った。
黒装束の三人から発生した蒸気は徐々に勢いを増して「魔法遣いになるまでの軌跡とその末路」に記載されていた記録通りに数分後に彼らの身体は発火し始めた。
それでも彼らは身体を浄化の炎に燃やされながらも宙に舞う赤い球体から視線をそらすことなく、腕を懸命に伸ばし続ける。
皮膚は焼きただれ、血肉が浮き彫りになりつつある黒装束の三人を流風は視線をそらす事無く最後まで見届けた。
——しばらくして、浄化の炎は黒装束の三人を燃え尽くして満足したのか。
徐々にその炎の勢いを弱め。そして、鎮火した……。
皮膚が全て剥がれ落ちた状態となった彼らは未だに宙に舞う赤い球体を見つめたままではあったが。徐に、
『夢見る愚者たちに祝福を……』
と、唱えて。
——そのまま彼らは静かに息絶えてしまった……。