ダーク・ファンタジー小説

(2)第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の一 ( No.17 )
日時: 2012/06/15 20:45
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/9/

 『美鈴さん(ちゃん)!?』

 心底驚いたのか口を開け、目を見開き。
 間抜けな表情をさらしながらも椎葉姉妹は急いで組みを解く。

 「……気付くの遅いよ、二人とも」

 嘆息交じりにそう答える、綺麗に腰の辺りまで伸びる黒髪をなびかせた凛々しい顔立ちの椎葉姉妹と同じ白いブラウス、紺色のサマーセーターに赤と黒の格子柄のスカートにプラス赤いタイを身に付けた服装の少女。
 久遠寺美玲の妹、久遠寺美鈴(くおんじみすず)がそこにいた。

 不真面目な姉の美玲とは違い。真面目な美鈴はすぐ散らかり放題になる事務所の掃除をするために顔を出す事しばしば……。
 流風や彗月。それに椎葉姉妹とは違って、事務所で働いてはいなく。学院に通う普通の学生である。
 彗月とは同級生で、椎葉姉妹の一年先輩に当たる美鈴は彼女らから実の姉のように慕われている。

 「メイちゃん。ナルちゃん。この人だかりは?」

 首を傾げて何を見たさに集まっている人だかりなのか椎葉姉妹に尋ねる美鈴。
 彼女の質問に椎葉姉妹はバツが悪そうに表情を曇らせフリーズした。
 久遠寺美鈴は超がつくほどの大真面目で椎葉姉妹に「とある事情がある」とは言え。美玲の仕事を手伝っている事にあまり快く思っていなかった。

 そのため、この人だかりの理由を正直に答えてしまうと美玲の手伝いをしている事を美鈴に勘ぐられてしまう恐れがあり、椎葉姉妹は「この場をどう乗り越えたら良いか」と模索した。
 美鈴に「がみがみ」と説教される訳にはいかないので、普段から頭を使う作業を姉に任せっきりの妹までもが頭から白い煙を出しながら考える。

 「二人ともどうしたの?」

 フリーズして反応の無い椎葉姉妹を不思議そうに美鈴が尋ねる。
 その言葉で我に返った椎葉姉妹は少しあたふたしながら口を開く。

 「なっ、何でもないよな? 姉貴!」
 「うっ、うん。何でもないですよ!」
 「そう?」

 『うんうん!』

 内心「バレてはいけない」と思う気持ちが全面に出てしまい、少しいい加減な対応をとってしまった椎葉姉妹の受け応えに対して、美鈴は納得してくれたのか、頷いた。
 しかし、まだ美鈴の中には疑問が残されていた。

 「じゃ〜、この人だかりは? 何かあったの?」

 核心に迫る質問に椎葉姉妹は「ビクっ」とつい反射的に身体を強張らしてしまい。
 その反応に美鈴は首を傾げる。
 「黙ってしまえば怪しまれる」と考えた二人は、まず切り込み隊長である椎葉妹が適当に話をつけて。それに合わせて参謀である椎葉姉が辻褄合わせをしたら良いと結論づけ。
 アイコンタクトで合図を送り作戦を決行した。

 「……ピエ〜ルが、さぁ……」

 そう覇気の無い声で話しながら姉の方を「チラチラ」と一瞥し。
 「援護を頼む」と視線を送る。
 椎葉妹のアイコンタクトに椎葉姉が軽く頷き、

 「そっ、そうなんですよ。ピエールさんが現れたみたいなんですよ〜」

 と、にこやかに口裏を合わせに行った。
 しかし、椎葉姉の内心は「その人、誰!?」と、疑問符が乱立していた。

 ——そう、ピエールなる人物は椎葉妹が適当に創った架空上の人物だった。

 「ピエール……さん?」

 案の定、聞いた事の無い名前に美鈴は首を傾げてしまう。

 「え! もしかして、美鈴さんはピエールの事知らないのか!?」
 「あ、あんな有名な人の事を美鈴ちゃんが知らない訳ないでしょ〜ナルちゃん」
 「そっ、そうだよなぁ〜。あははは……」
 「そっ、そうだよ。あははは……」

 セリフ棒読みの大根役者のような口調で居もしない人物をあたかも居るような素振りで話を強引に進める椎葉姉妹の額には汗が滲み出ていた。
 しかし、大根役者っぷりの椎葉姉妹の口裏合わせに美鈴は何も違和感を覚えずに本当にピエールなる有名な人物が居るのだと信じ。
 「ふむ……」と唸った。だが、

 「——そのピエールさんって人は何をしている人なの?」

 美鈴はピエールなる架空の人物の情報を知りたいのか、そんな質問を二人に投げかける。

 「えっ!? ああ、アレだよ。アレ。なっ、姉貴!」
 「うっ、うん。アレですよ。アレ!」
 「あれ……?」

 抽象的な返答に美鈴は怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げる。
 椎葉姉妹は「まさかそこまで質問されると思わなかった」と表情を曇らせ口をつぐむ。
 「さて、どうしたものか」と、椎葉姉妹は頭をひねる。
 すると、何か良い設定でも浮かんだのか、徐に椎葉妹が手を叩いて、

 「——自称洋人の星と名乗る真性邦人のホラ吹き者」

 と、真顔でそう答え。
 「上手くやったぜ姉貴!」と、親指を立てて見せた。
 そんな椎葉妹によるピエールの素性設定に椎葉姉は額を押えて小さく嘆息した。

 「……ああ、ナルちゃんに任せるんじゃなかった」と、今頃になって後悔する椎葉姉は「とにかく美鈴ちゃんにバレなきゃいいんだ」と、気持ちを切り替えて破綻な設定に乗る事にした。

 「そっ、そうなんですよ〜。ホラ吹き者で世間を騒がしたあのピエールさんが、ここに来ているみたいなんですよ。それで生ピエールさん、見たさに皆さんが集まって来ていると言う訳なんです〜」
 「そうそう。それでアタシらも生ピエール見たさに野次馬根性をさらけ出しているって所だ!」
 「へぇ〜。だから、二人ともサボテンまでして、その人の事を見たかったんだね〜」

 二人の話を完全に信じきったのか。
 何も疑う事無く頷きながらそう呟いた美鈴に、椎葉姉妹は後ろ手に拳を握りしめた。

 『うん!』

 満面の笑みで頷き、締めにかかった椎葉姉妹の内心は上手く美鈴を騙す事ができ、安堵の気持ちで一杯になっていた。
 そんな彼女らの反応を見て。美鈴は何を思ったのか、唐突に、

 「……ちなみにお姉ちゃんから頼まれた依頼ってなぁに?」

 と、こちらも満面の笑みで尋ねる。
 しかし、椎葉姉妹の笑みとは違い何か含みを持たせた不気味な笑みだった……。

 「——えっ? ああ、夢想薬って呼ばれる薬の噂についての調査だよ。それが? ……あっ」

 騙しに成功し、安心しきっていた所にそんな質問を吹っ掛けられ。
 うっかり流暢な口調で話してしまった馬鹿正直な椎葉妹はまんまと美鈴にしてやられた事に気付き、口を開けて間の抜けた表情をさらしてしまう。
 妹のミスに椎葉姉は大きく嘆息を吐いて額を押えた。

 「——さてと、メイちゃん。ナルちゃん。大切なお話があるんだけど……良い、かな?」

 手を打って笑顔でそう話す美鈴に椎葉姉妹は「ぷるぷる」と身体を小刻みに震わせ、表情を曇らせる。

 『……はい、喜んで……』

 力無くそう返答した椎葉姉妹の瞳は少し潤んでいた。
 そして、椎葉姉妹にしか見えない何かが美鈴の背後にいるのか。

 しきりに「黒いのが……黒いのが……」と呟きながら、三人は人ごみの中へと消えて行った……。