ダーク・ファンタジー小説
- (1)第二章 〜夢見る愚者とくりそつ姉妹〜 其の四 ( No.24 )
- 日時: 2012/06/18 22:43
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/12/
規制線が張られ、一般人が立ち入らないようにしている一画には場違いな大きな氷樹がツイストしながら地面から生えていた。
氷樹は少し溶けかかっており、水滴が氷の枝から滴り落ちている。
その滴り落ちる水滴が太陽の光にさらされ、反射して辺りを幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「——でっけえ〜氷の木だな〜」
「——うん。それに何だかこの辺り一帯だけ少し肌寒いような気がする」
椎葉姉妹は彗月と美鈴と別れてから止む無く中断していた調査を再開していた。
そして、現在——昨夜起こった変死事件の三日前に起こったとある変死事件現場に赴く二人は、未だに溶けずに残っている氷樹を眺めていた。
昨夜、起こった電波塔付近の事件現場から西の方角に四、五キロ離れた閑静な住宅街にある公園のど真ん中に突然、生えたこの氷樹……。
通称「アイスツリー事件」と、名付けられたこの事件の目撃者は居らず、人通りが少ない夜中に生えたとされている。
ただ「氷樹が生えた」って言う事だけなら、珍しいモノを見たさに野次馬たちが溢れ返り盛り上がりを見せている所ではあるが、先ほどの事件現場と違い。椎葉姉妹以外誰もいなかった。
「熱しやすく冷めやすい」と言うのか。昨夜、起こった事件現場と違い。中心街から離れているせいなのか人っ子一人いない。
その寂れた公園内で二人は何か手掛かりがないか調査を開始する。
この事件で犠牲になった人数は三名。
昨夜、起こった事件と同じく。焼け焦げたように皮膚が剥がれ落ちて血肉が丸見え、人体模型のような状態で、氷樹の枝に突き刺さった形で発見された。
「上空から氷樹の枝に向かって遺体が落下してきたのか」それとも「元々遺体の状態で氷樹が生えた際に枝に突き刺さり、発見された形になったのか」あるいは「そもそも生きていた状態で氷樹の枝に突き刺さり、後に身体が発火したのか」などと、様々な見解がされているこの「アイスツリー事件」は未だに進展の気配がなかった。
——ただ、分かった事があるとすれば、三名の遺体がそれぞれ二十代前半の男女だと言う事のみ……。
椎葉姉妹は一通り周辺を見回った後に、背負っている鞄から冊子を取り出し。
それを見ながら現場検証をする事にした。
「——えっと、この事件の遺体も昨日起こった事件の遺体と同じく夢想薬の副作用による焼死でいいんだよな?」
「本当の死因が焼死かどうかは定かじゃないけど……。うん、直接的に命の危機にさらしたのは夢想薬の副作用でいいんじゃないかな」
まず、死因を確認し合うように述べてから冊子に情報を書き込む二人。
これは彼女らが通う学院の教育の一環で、久遠寺美鈴が学ぶ「普通科」と違い、ほぼ学校に通う事が無い。
各々が憧れる先輩方が所属する事務所で「見習い」として入所し、そこで実地訓練と称して働く事が義務付けられている。
その一環としてレポートにまとめて後で学院に提出しなければならない。
少々面倒臭い作業ではあるが、これが単位になる。
もし、怠ってしまうと留年してしまう恐れがあるために、二人は忘れずにしっかりと書き留める。
その事は美鈴も重々承知の上だが「やはり年頃の少女に危険な事をさせたくない」と思っている。
「ふむ。しかし、こう間近で見るとこの木ってさぁ〜なんつうか不気味だよな」
氷樹を眺めながら唐突にそんな事を呟いた椎葉妹に椎葉姉は首を傾げる。
「そう、ですか?」
「だってよぉ〜。こっちって確か……そろそろ夏季に入るはずだぜ? それなのに三日も経って。やっとこさ、水滴が垂れる程度って……不気味じゃね?」
徐々にではあるが夏季に向けて気温が上昇し。
氷樹の周りに木々はあるにはあるが、太陽の光を遮るほどの大木はなく。直射日光を浴びているはずの氷樹は少し溶けかかっている程度であまり変化が見られない。
その姿に椎葉妹は少し疑念を抱いていた。
「まぁ〜普通の感覚なら氷の木が生えてきた時点で不気味なんだろうけど……」
「そう言われたらそうかも知れないけどさ……」
「それだけ、魔法遣いとして覚醒した人の魔力が強かっただけだと思うよ」
椎葉妹と違い、冷静に分析して丁寧に返す椎葉姉には少し気掛かりな事があった。
そんな中、椎葉妹は眉間にしわを寄せて唸りながら、
「綺麗な形で持って精々——二日弱ぐらい、か?」
と、唐突に呟く。
「ん〜〜それは並の能力を持った人じゃない? 素質がない人が頑張っても精々一日持つかどうか辺りだと思う。造形魔法って結構難しいから」
椎葉妹の呟きに思わず反応して椎葉姉は丁寧に返したが、まさにその事について少し引っ掛かっていた所だった。
一見シンプルそうに見える氷樹ではあるが、いくら強力な魔力を夢想薬のおかげで目覚めたとしても、その人物に素質がないと。ツイストまで加えた複雑な構造をした氷樹なんて造り出す事など出来やしなかった。出来て精々そこらに生えている小さな木程度。
しかし、目の前にはそれをやってのけた証拠が残っている。
それは認めざる事実だが、椎葉姉は納得が出来ずに眉間にしわを寄せて思案顔になる。
「そうか……。でもよ、遺体は三人なんだろ? 三人とも同じ系統の力に目覚めたとして考えてもダメか?」
「魔法」と、呼ばれるモノには様々な系統が存在していた。
——例えば、牧瀬流風の魔法属性は「風」で、得意分野は何の変化も加えずそのまま振るうだけのスタンダードな「放出魔法」と、風弾のようなモノを創り出す「造形魔法」の二つである。
「……複合魔法って事?」
「ああ、そういう感じのヤツ。確か……この前、授業でやったよな?」
「誰も成功してなかったけどね……。でも、その考え方は斬新かも」
思わぬ助言で少し光が見え、椎葉姉が考えを巡らせるきっかけとなった「複合魔法」とは二人以上の術者が居て、なおかつ息の合う者同士で無くては発動する事が出来ない代物。
万が一、出来たとしても扱いが難しく使い勝手が悪い。
しかし、上手く発動出来れば強大な力を生む術式なのだが……。
それは考えれば考えるほど見えていた光を遠退かせる一方だった。
「……この案は無理かも」
「え? どうしてだ?」
「いや、だって……素人当然の人たちが夢想薬を飲んだ事によって魔法遣いに覚醒したとしても、何の知識もないのにそんな難解なこと出来るわけ——あっ! そうか、そういう考え方も出来ますね……」
発言中に何か過ったのか。椎葉姉は自己完結し、それに一人で頷き納得して。
悩み事が解決されてすっきりしたのか、清々しい表情を浮かべた。
そんな姉の一人芝居に一人理解出来ずに首を傾げてきょとんする椎葉妹は自分にも分かるように簡潔丁寧に説明するように求めた。
「——全て、偶然が重なった産物によるものだったとしたら?」
妹の要求に椎葉姉は諭すように含みを持たせた言葉で投げかける。
「偶然? ——って、三人ともが同系統の力に目覚めた事?」
「うん、それも含めて。覚醒したこの三人は当然の事ながら何の素養もない素人……。けれど、それが功を奏したのか。覚醒した三人はこの時、有頂天になっていたと思うの。それが引き金となって……」
「ああ、そういう事か。何かの見よう見まねで偶然的に出来上がったって事か……」
椎葉姉の説明でようやく理解出来た椎葉妹は「ポン」と手を打ってそう呟き。
それに椎葉姉は静かに頷く。
「……そう。だけど、所詮素人。見よう見まねでしたものの、力を制御する事は出来ずに暴走して……。こんな結果になったんじゃないかな」
と、椎葉姉妹はこの「アイスツリー事件」をそう解釈して学院に提出しなければならない報告書に経緯を書き綴った。
「ふむ……しかし、調査をするまでは全く信じてなかったが——夢想薬を過剰に摂取すると、本当に魔法遣いになれるんだな……」
「そう、みたいだね。——一時的とは言え、ね」
「さてと、ここの調査はこんなもんか?」
「そうですね。そろそろ次の現場に行きましょう」
そう会話を交わしてから二人は続いての変死事件が起こった場所へ移動した……。