ダーク・ファンタジー小説

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の一 ( No.32 )
日時: 2012/06/22 21:55
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/17/

 ——電波塔内部。
 家族連れやカップルたちが手を繋いで行き交う第一展望台。

 展望台に設けられた望遠鏡に覗き込む子供は大はしゃぎし。
 カップルたちは身を寄せ合って一つの望遠鏡を二人で分け合うように片方ずつに覗き込み、良い雰囲気を漂わせる。
 ここ衛星都市が誇る絶景ポイントである電波塔第一展望台に傍から見ればカップルにしか見えないとある一組の男女のペアがいた。

 一人は五芒星を象った校章が刺繍された白いブラウスに黒いタイを身に付け。赤と黒の格子柄のズボンを履き、無造作に肩まで伸びた黒髪の女々しい顔つきの少年……。
 もう一人は少年と同様の白いブラウスに赤いタイを身に付け。五芒星を象った校章が刺繍された紺色のサマーセーターに赤と黒の格子柄のスカート、綺麗に腰の辺りまで伸びた黒髪の凛々しい顔立ちの少女……。

 ——雨宮彗月(あまみやはづき)と久遠寺美鈴(くおんじみすず)が第一展望台に足を運んでいた。

 「見て見て、彗月。ここからの景色凄いよ」
 「え? ああ、そうだなぁ〜」

 美鈴が子供のようにはしゃいで指をさすその先には、ここ衛星都市の街並みが広がっていた。小さくなった車や人々が辛うじて見えるほどの高さから見渡す景色は壮大で、夜になれば街並みが光に灯され、車のライトが夜空を流れる星のように下界が人工夜空と化す。
 そのため、夜になるとカップルにとって絶好のデートスポットとなり。
 混雑する事、間違いなしである。

 「……何だが、楽しそうじゃないよね。彗月」

 空返事しか返さない彗月に苦言を呈し、美鈴は少し「ムスっ」と機嫌を損ねた。

 「いや……だから、俺……高所恐怖症なんだよ」

 彗月は外の景色を極力見ないように視線を彷徨わせながら美鈴にそう釈明する。
 電波塔に来る際にも彗月は美鈴に、

 「高所恐怖症だから行きたくない」

 と、伝えていたのだが……。
 美鈴は彗月がいつも面倒臭がって述べる「嘘」だと思い込み。
 半ば強制的に電波塔第一展望台まで名物のガラス張りエレベーターを使用して、こちらに赴いていた。
 しかし、この情けない姿の彗月を目の当たりにしていたら「本当に高所恐怖症なんだ」と思い改めた美鈴だったが……自ずと嘆息を漏らしてしまう。

 「……弱点多すぎない?」
 「チャームポイントって言ってくれ……」
 「いや、どう見てもウイークポイントでしょ?」
 「……人間誰しも弱点ぐらいはあるだろ?」
 「まぁ〜そうだけど……」

 哲学的な押しに美鈴は言い返せなくなり、その言葉に少し納得してしまう。
 それを好機と見た彗月は「こちらも反撃に打って出ないと」と、思い。唐突に、

 「——で、だ……。この際、お前も弱点をゲロっちゃえよ。俺ばかり不公平だろ?」

 と、意味の分からない事を口走った。
 案の定、美鈴はその言葉に首を傾げて呆ける。

 「その俺様理論に共感できないんですけど……。それによ。——元はと言えば彗月が堪え性無いのがいけないんじゃないの? 人前ですぐに情けない姿をさらすでしょ?」
 「耐えられないから弱点って言うんだろ? ……全く、もう少し勉強しろよ。明らか、お前って、ガリ勉だろうに……」
 「ガリ勉言うな」
 「何、言っちゃってんだか。一年前なんてお前……三つ編みメガネの前が——グフッ!」
 「昔の事を持ち出すな!」

 昔にあった恥ずかしい話題を引っ張り出した彗月に「鉄拳制裁」と言わんばかりに美鈴は鳩尾に力の限りの拳を叩き込み。
 鳩尾に鈍器を叩きこまれたような衝撃を受けた彗月は堪らず、膝を着いてうずくまってしまった。

 「……おっ、お前。それで……何で、普通科……なんだ……よっ……」

 美鈴に手を伸ばし、謎の言葉を言い放った後に「ドサっ」と、彗月は床に倒れ伏せてしまい。
 そんなおかしな光景を周りにいた人々が目撃しており。
 少しずつであったが野次馬たちが集まりつつあった。

 「——ちょ、ちょっと。早く起きなさいって……。これじゃ〜私が悪いみたいじゃないのよ!」

 慌てふためく美鈴の姿に周りの野次馬たちがひそひそ小声で何やら有らぬ話をし始め、さらに美鈴は焦ってしまう。
 そんな美鈴に対して、事を引き起こした張本人は身体を小刻みに震わせながら、笑うのを必死に堪えているように見受けられた。

 その様子を両親に手を繋がれた無垢なる子供が見ており、

 「このお兄ちゃん。笑ってるよ」

 と、指さして大声で口走る。
 子供の言葉に我に返った美鈴はふと、彗月に視線を向ける。
 そこには子供に指摘され、嘘だとバレた気まずさから尋常じゃない量の汗を噴き出す彗月の姿があった。

 「はぁ〜づぅ〜きぃ〜!」
 「あっ! はい! すいませんしたぁ!」

 美鈴の怒号にすぐさま起き上がった彗月は綺麗な土下座を決め込んで全力で謝罪する。
 額を床に強く擦りつけて綺麗に三角に折られた腕の角度……。
 「土下座選手権」なるものがあったら正しく優勝するであろうほどの綺麗な土下座に美鈴は怒るのも馬鹿らしくなって、額を押えて嘆息を吐いた。

 群がっていた野次馬たちも、

 「な〜んだ、ただの痴話喧嘩か」

 などと呟きながらその場から退散していき、事無きを得る。

 「彗月、早く立ち上がって……。こっちが恥ずかしいから」

 嘆息交じりに立つように促し。
 その言葉に彗月は誠意が伝わったと思い、安堵の表情を浮かべながら立ち上がった。

 「——さてと、そろそろ降りるか」

 立ち上がりざまに彗月は欠伸をしながら、そんな言葉を口ずさむ。

 ——はっきり言って、彗月はこんな事をしている場合じゃなかった。

 夢想薬の噂の究明調査をさっさと終わらせ。
 そして、事務所にあるいつものソファーで惰眠をむさぼりたくて堪らずにいた。

 「……え? もう、降りるの?」

 彼の突然の提案に呆けながら言葉を漏らした美鈴。

 「だって、ここにいてもしょうがないし……」
 「第二展望台には行かないの?」
 「お前……俺の事、絶対許してないだろ……」

 嘆くように呟く彗月に美鈴は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべた。
 彗月が「高所恐怖症」と言う事を先ほどの姿を目の当たりにして、理解出来たはずなのにも関わらず。
 さらに追い打ちをかけるような提案を真顔で口走った天然娘に彗月は頭を抱えたのだ。

 「はぁ〜……。まぁ〜いい。——美鈴、今は第二展望台には行けないと思うぞ」
 「えっ? どうして?」
 「どうしたも何も、昨日——あっ」

 途中まで言葉を言いかけて、彗月はすんでの所で何かを思い出し、徐に口をつぐむ。
 その行動に美鈴は首を傾げる。

 「どうしたの?」
 「いや、何でもない」
 「……もしかして、あの厳重態勢の事を言っているの?」
 「……ああ」

 電波塔に入る際、入り口の前で出くわした数人の警備員。
 それと第一展望台にも見回りに数人の職員が出払っていた。
 普段でもいるにはいるのだが、昨夜の事件の事があり。
 いつも以上に人数を動員している。

 「何があったんだろうね」

 美鈴は昨夜起こった事件の事は何も知らない。
 それで彗月は流れ的に思わず話しそうになったのを飲みこんで誤魔化してはみたが、バレるのも時間の問題と思い、話す事にした。

 「……昨日、飛び降り自殺があったみたいなんだよ」
 「飛び降りって、ここから?」
 「ああ。それが第二展望台にある非常階段から外郭に出たみたいでさ」

 平然と彗月は嘘を吐いた。
 実の所、まだ侵入経路が分かっていない。
 人が滅多に使用する事の無い「非常階段」だと言う説が一番濃厚だったために口走ったにすぎない。

 ちなみに第二展望台は行くのに別料金が発生するため、ほとんどカップルが使用する程度で第一展望台よりは人が極端に少なくなる。

 「そこ狙ったんじゃないか」と、巷ではそう囁かれているが……。

 未だに不明瞭である。

 「なるほどね。だから、第二展望台は封鎖されていると、言いたいのね」
 「ああ、そうだ」
 「で、それと彗月たちが調べている夢想薬って薬の噂と何か関係がある、と……」
 「ああ、そうだ——って、え?」
 「うんうん。分かった分かった。だいたいの流れは理解出来たわ……」

 彗月をハメた美鈴は椎葉姉妹から得た情報と照らし合わせ、彼らがやらんとしている事の流れを把握し、徐に頷く。
 椎葉姉妹は夢想薬の噂についての話だけで、夢想薬によって犠牲者が出た事は一言も話してはいなかった。

 ——もちろん、昨夜あった事件の事も……。

 しかし、彗月は美鈴にまんまとハメられ、口を滑らせてしまい。
 秘密を漏らす事態に至ってしまった……。

 「……俺って奴は……」

 そんな自分の無能さに肩を落として嘆く。