ダーク・ファンタジー小説
- (2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の一 ( No.33 )
- 日時: 2012/06/22 21:59
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/17/
「で、彗月はどこまで調べたの?」
自分の無能さに嘆く彗月を後目に妙にやる気を見せる美鈴は調査の進行具合について投げかける。が、
「え? いや、これが全然進んでない」
顔の前で手を振って真顔でそう答えた彗月に美鈴は額を押えて大きく息を吐いた。
「……ホント、無能ね」
「……すいません」
「まぁ〜しょうがないか……。彗月はこっちに来るのは初めてだもんね」
「ふぅ〜」と、息を吐き。
「彗月を咎めてもしょうがない」と、美鈴は考えを改めた。
「……ご理解頂き感謝いたす」
「あっ。そういえば、今日はいつものヤツは大丈夫なの?」
突然、思い出したように美鈴が口走ったとある懸念。
それは彗月の特殊体質についての事だった。
いつもの彼なら人の多い所では気分が悪くなり、不機嫌になるはず。
だが、現在の彗月はそんな素振りを見せず、いつも以上に元気なのを美鈴は疑問に感じたのだ。
「え? ああ、そうなんだよ。今日は何だか清々しい気分なんだ。なんつうか解放されたって言うか、一皮も二皮も剥けたような感じ?」
——彗月は知らなかった。
大勢人が行き交う大通りで吐いてしまった事を。
それのおかげで現在、調子が良いって言う事も……。
——それともう一人、彗月にトドメを刺した事が記憶に無い美鈴……。
そんな彼らから華麗に記憶を奪った「とあるカマトト少女」の存在は実に大きなもので、そのおかげで全て丸く収まっていた。
——主に異物の後処理方面で……。
「……意味が分からないんだけど、要するにすこぶる元気って事ね」
「ああ」
「それは良かったわね」
「それはそうと美鈴は何でこっちに来たんだ? まさかと思うが……俺の事だけでこんな所まで来たって訳じゃないだろ?」
「え? うん、それもあるんだけど……。——何だか、こっちに来ないといけないような気がして、さ……」
自分でも良く分からないと言った風に少し歯切れの悪い返答をする美鈴に何か心当たりがあるのか、そんな返答に彗月は感慨深く頷く。
「まぁ〜あれだよ。——若気の至りって奴だよ。突然、逃避行したくなる感じ?」
「……意味が分からないんだけど、つまり——気にするなって事ね」
「ああ、そういう事。俺が学校サボる事も気にするなって事だ」
「それは無理」
「……チッ」
「今、舌打ちしたでしょ?」
「……小鳥のさえずり、じゃね?」
「そういう事にしといてあげるわ……」
馬鹿な返しに嘆息交じりに答えた美鈴は少し疲労困憊と言った感じにげんなりする。
「そもそもの疑問なんだけど。どうしてそこまで俺を学校に行かせたがるんだ? もしかして、友達いないの?」
執拗に学校へ行くように促す美鈴の行動に今更疑問に感じた彗月はそれとなくとは程遠い率直的な質問をぶつけた。
そんな彗月の投げかけに美鈴はさらに大きな嘆息を吐いた。
「……その言葉。彗月だけには言われたくなかったわ……」
「え、違うの? じゃ〜何で?」
「折角、通ってるのに行かないなんて勿体なくないの?」
「いや、全然。むしろ……お前の普通科の方が面倒臭そうじゃん。休み以外、毎日行かなきゃならないんだろ?」
「いや、それが世の常識でしょうに……。まぁ〜魔遣科
まけんか
が特殊だから仕方が無いね」
「そういう事」
牧瀬流風、椎葉姉妹や雨宮彗月が学ぶ通称、魔遣科(正式名称、魔法遣使学科=まほうけんしがっか)はほぼ学校に来る事が無い。
主に一年生の頃に決めた事務所が学校と化し、課せられた依頼のノルマさえクリア出来れば進級出来る。
——ただし、二、三年生のみ。
一年生はさらにレポートの提出が義務付けられている。
それでも、牧瀬流風と椎葉姉妹は毎日欠かさず学校に通っているのだが、雨宮彗月だけは事務所にあるいつものソファーで惰眠をむさぼる始末……。
そんなぐうたらな学生生活を送る彗月に懸念を抱いた久遠寺美鈴は健全な学生生活を送らすために日々奮闘しているのだが、彗月には何の意味も成さず、現在に至る。
それと魔遣科で学ぶ彗月が学校に通わなくても留年しない事は美鈴も重々承知なのだが、いかんせん真面目スキルがそれを邪魔して、普通科のように考えてしまう事しばしば……。
「それでもさ、学校に行こうよ。お姉ちゃんも毎日居られたらウザいと思うよ」
「所長にも面と向かって言われ続けてるよ。学校へ行けこの引きこもりが、って……」
不真面目な久遠寺美玲までもが雨宮彗月に対して口を酸っぱくして言い続けているようだが……。
——しかし、本意気で言っているのかは、定かではない。
「ほら、やっぱりウザがられてるじゃん。でも、お姉ちゃんの事だからどうせ面倒臭い仕事をしている前で気持ち良さそうに眠る彗月の事が憎たらしかったんじゃない?」
「……流風と同じような事を言うんだな」
「いや、だって。流風さんと特に妹である私ってお姉ちゃんとの付き合いが長いからさ、だいたいの事は分かっちゃうよ」
「ふむ、だったら新たな寝床を求め——いえ、何でもありません……」
悪寒が走るほどの気配を感じてすぐさま訂正した彗月だったが、美鈴の視線とは違う少し妙な気配を感じ取り、さり気なく辺りを見渡した。
——しかし、怪しい輩は居らず。
至って和やかな雰囲気を漂わす、団らん風景が辺りに広がっているだけだった。
「確かに妙な気配を感じたはずなのだが」と、彗月は怪訝そうな顔を浮かべて、小首を傾げる。
「……どうか、した?」
突然、様子がおかしくなった彗月の事を心配してか、不安げな表情を浮かべながら尋ねる美鈴に彗月は周りにさとられないようにとある行動を取った。
——それは普通の学生カップルに見えるよう、徐に美鈴との距離を縮めたのだ。
彗月の唐突な行動に美鈴は少し驚いた表情を見せたが、彼の真剣な顔を見ていると「これはただ事じゃない」と察し。
とりあえず小さく息を吐いて、平常心に戻した。
「……気のせいかも知れないが……。——俺たち、誰かに見られているかもしれん」
「……え?」
小声で突然、発せられた彗月の言葉に美鈴は状況が飲み込めず。
——間の抜けた返事をしてしまった……。