ダーク・ファンタジー小説

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の二 ( No.34 )
日時: 2012/06/23 21:53
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/18/

 彗月の提案で怪しまれないよう周りの空気に溶け込むため「学生カップル」を演じる二人は身を寄せ合いながら一つの望遠鏡に覗き込んでいた。
 しかし、演技とは言え、見たくもない高所からの景色に彗月は足を震わせていた。

 「——見られてるって、誰に?」
 「い、いや、分からん……。み、美鈴はこっちに知り合いは?」
 「居ないけど……」
 「ふ、ふむ、だったら、だ、誰だ?」

 美鈴の回答に思案顔を浮かべる彗月だが、出す声全てが震えてぎこちなさが前面に露わになっている。
 それに活を入れるように美鈴はさりげなく彼の震えている足を蹴って突っ込みを入れた。

 「彗月はこっちに知り合いは居ないの?」

 偽装カップルを演じ続けるため、美鈴は先ほどの仕打ちはなかったように話を続ける。

 「……居る訳ないだろ」

 思いのほか突っ込みの蹴りが強かったのか、彗月は苦痛な表情を浮かべつつも、先ほどよりは声音がマシになっていた。

 ——だが、足は未だに震えたままだ……。

 「あ〜そうだね。こっちに来るのは初めてだったね」
 「とりあえず、このまま偽装カップルを演じながらこの場を離れよう。もしかすると、俺の勘違いで終わるかもしれないし……」
 「えっ!」

 彼の発言に辺りに響き渡るほどの声量で驚いた美鈴は目を「パチパチ」と連続で瞬きをした。
 彼女はまさか長丁場になるとは思ってもみなかったようだ。

 「えっ、て……。何か問題でも?」

 驚く美鈴に対して冷静に返えし、余裕を見せる彗月だが……足は震えている。

 「いや、問題はないけどさ。偽装カップルって言っても何をするの?」
 「う〜ん……手を繋いで歩くとか?」
 「て、て、て、手を繋ぐの!?」

 またもや、彼の発言で辺りに響き渡るほどの声量で驚いた美鈴に「演技を忘れて。何、素になってんだよ」と、彗月が呆れ果てて溜め息を吐く。

 「ほら、周りのカップルたちがやってるじゃん」

 首を「クイっ」と動かして「周りを見てみろよ」と彗月は合図を送る。

 「やってるじゃんって、言われても……」

 恐る恐る美鈴が周りに視線を向けると、カップルたちが手を繋いで「キャハハウフフ」な甘い雰囲気を漂わせ。
 また、あるカップルは売店で購入したソフトクリームを交互に食べ合ったりと、デート未経験の美鈴には刺激が強い光景がそこには広がっていた。

 「ん? 嫌か?」
 「嫌じゃないけど……恥ずかしくないの?」
 「恥ずかしいも何も演じるだけだからなぁ〜。本当のカップルになる訳でもないし」
 「へ、へぇ〜……」

 平然とした態度の彗月に表情を強張らせながら、ぎこちない返事をする美鈴の額には汗が滲み出ていた。

 「じゃ〜手を繋ぐぞ〜」
 「う、うん……」

 積極的に声を掛けて美鈴の手を握る彗月に少し緊張しながらも美鈴は流れに身を委ねて彗月の手を強く握り締める。
 しかし、少し強く握りすぎたのか。
 彗月は少々苦悶な表情を浮かべながら、美鈴に苦言を呈そうと彼女に目をやるや否や、徐に小首を傾げた。

 「……何、赤くなってんの?」
 「あ、赤くなんてなってないわよ!」

 全力で首を振って否定するものの美鈴の頬は紅潮していた。
 彼女とは対極的に冷静さを見せる彗月は照れる美鈴の仕草を好機と受け止める。

 「まぁ〜別に良いけどさ。それにその方が好都合。初々しい感じが出て、周りの奴らも初デートのカップルと見間違えるだろうし」

 と、冷静に解釈している傍らで美鈴は照れ隠しのように俯きながら身体を小刻みに震わせていた。

 「……もう、どうとでもなれ!」

 「ん? 何か言ったか?」

 自分に気合を入れるために小声で呟いた言葉が彗月に聞こえていたのか、不意に尋ねられた美鈴は俯きながらも首を振って否定する。

 「そう? じゃ〜とりあえず適当に歩いてから。ここから降りようか」
 「う、うん」

 二人は周りにいるカップルたちを見習って、手を繋いで歩き始める。
 少々ぎこちないものの、手を繋いで歩く二人の姿は初デートをする初々しいカップルに引けを取らない程度に様にはなっていた。

 ——途中。

 第一展望台にある売店で先輩方を見習い、ソフトクリームを購入して交互に食べ歩きながら、

 『そろそろ、良い頃だろう』

 と、二人はエレベーター前に足を運び、到着するまでしばしの小休止となった。

 「なぁ〜美鈴。お前、何かぎこちないよな〜」

 今までの演技を振り返って彗月は美鈴に少し苦言を呈する。
 ぎこちなさを出すのは結構だが、行きすぎた所作は逆に相手に演技だとバレる可能性があるため、アドバイスの意味を込めて述べた言葉だった。

 「しょうがないでしょ! ……初めてなんだから」

 少し照れながら釈明する美鈴に何か納得出来る要素があったのか、彗月は大きく頷く。

 「——ああ、ガリ勉だからな」
 「ガリ勉言うな。……それなら彗月はどうなのよ?」
 「え? ああ、俺は学科上いろいろとさせられるからさ」

 彼女の唐突な質問に少し気の抜けた表情を浮かべながらも彗月はしっかりと返答する。

 ——魔遣科の都合上。

 仕事の依頼によっては潜入調査のようなものがあり、その都度その場に相応しい姿で出向く事になる。
 しかし、久遠寺美玲の事務所では主に椎葉姉妹が潜入調査を行うために流風や彗月は滅多に行う事は無い。
 そのため、今回の「偽装カップル」は彗月にとっては久しぶりの役所で、冷静さを装ってはいるが……緊張して、少し硬くなっていた。

 【チン!】

 と、エレベーターが到着したのか、ベルの音が鳴り。
 それに乗り込もうと二人は足を踏み出した所までは良かったのだが……。

 ——突然、彗月の足が止まってしまった。

 彗月はこの時まですっかりと忘れていた。
 ここ、電波塔のエレベーターは全面ガラス張りのユニークな造りをしていた事を……。
 少し目を赤くしながら小さく首を横に振って、

 「無理……」

 と、美鈴に訴えかけるが強引に手を引っ張られてエレベーターに搭乗する事になり。
 彗月は「ガタガタ」と足を震わせながら美鈴の影に隠れた。

 「……こ、これ大丈夫だよなっ? なっ?」
 「はいはい、大丈〜夫。——大丈夫だから引っ付くな!」

 恐怖で身体を震わせる彗月を軽くあしらい、先ほどとは立場が逆転した瞬間であった。
 その様にエレベーターガールが口元を押えて、ほくそ笑んでおり。
 美鈴は少し申し訳なさそうに、

 「行って下さい」

 と、彼女に促す。
 美鈴の言葉で業務に戻ったエレベーターガールはボタンを押して扉を閉め。

 ——エレベーターを下降させる。と、

 「——あの世への誘いだぁ〜〜〜〜!」

 下降するエレベーター内で訳の分からない事を彗月は叫びながら。
 無情にもエレベーターは地上に向かって下降して行った……。