ダーク・ファンタジー小説

(2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の二 ( No.35 )
日時: 2012/06/23 21:55
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/18/

 電波塔から無事脱出した二人だったが、未だに偽装カップル作戦を継続していた。
 これは「念のため」と言う事で継続中なのだが……。

 一番の理由としては、やはり電波塔から降りて来てから生気が抜け切ったようにげっそりとヤツれてしまった彗月が、あまりにも心もとない足取りで。
 それが心配になった美鈴が介抱がてら身体を支える形で腕を組み、先ほどよりも密着度が増した結果になってしまっていた。

 「大丈夫?」
 「……大丈夫じゃない。生きてる心地がしない……」

 今にも吐きそうな程に青ざめた顔色でそう語る彗月の足取りはもう見るに堪えない有様になっている。
 ほぼ、女の子である久遠寺美鈴に引っ張られるような形で腕にしがみ付き、情けない姿をさらす彗月に行き交う人々は「何事か」と食い入るように見つめる始末……。

 問題児に対する気苦労が絶えない美鈴はもう慣れてしまっているのか、あるいはもう開き直っているのか、人々が向ける奇異な視線には無反応で、

 「早くコレをどうにかしないと」

 と、思う一心で身体を動かしていた。

 「……ねぇ〜彗月。本当に誰かに見られてたの?」

 先ほど、電波塔で彗月が感じた妙な気配。
 それはただの彗月の勘違いで終わってしまったのかどうかを確かめるために彗月に尋ねた美鈴は徐に辺りをきょろきょろと見渡す。

 「……ああ、そうだなぁ〜」

 他人事のように唸った後に彗月は「くんくん」と匂いを嗅ぎ始めた。
 その行動に美鈴は堪らず首を傾げて、呆気にとられてしまう。
 それは確かめるのなら普通——怪しい輩がいないか辺りを見渡すのが、定石だと。
 美鈴は考えていたのだが……実際、彗月が行ったのは「匂いを嗅ぐ」と言う意味の分からない行動だったから。

 「……二つ、怪しい匂いがする」

 匂いを嗅ぎ終わったのか、唐突にそんな事を口走り、美鈴はさらに首を傾げる。

 「……怪しい、匂い?」
 「ああ、何か焦げたような煙の匂いとフルーツ系の——そう、甘ったるい匂い……」

 何かを思い浮かべながら指折り数えて、そう話す彗月。

 「どうしてその二つが怪しい匂いって感じたの? 候補的に前者の臭いの方が怪しい感じがするけど……」
 「ああ、第一展望台で嗅いだ人の匂いを記憶してたからさ」
 「は? 匂いを記憶?」

 彼の言葉に美鈴は間の抜けた表情をさらしてしまう。

 「そう」

 彗月は偽装カップルを演じている最中、予め第一展望台にいた人々の匂いを嗅いで記憶していた。
 その記憶の中から、電波塔を出てからずっと匂って来ている匂いを探り当てて、二つの候補を挙げたのだ。

 「……警察犬みたいだね」

 驚異的な彗月の能力に美鈴は嘆息交じりに皮肉る。

 「まぁ〜そのおかげで人の多い所に行けないんだけどな……」

 美鈴の皮肉に頷いて見せ、自分もこの特殊能力染みた嗅覚に嫌気がさしていると言わんばかりに彗月は表情を歪めた。
 ただ、このような特殊能力が備わったのは、彼——雨宮彗月の背景を鑑みるに至極自然の事であった。
 その理由として、彗月は久遠寺美玲たちと出遭うまで、とある事情で自らの視力を封印していたのである。

 それの弊害……。

 ——いや、それを補う部分で、彼の場合。

 人並み以上に嗅覚が優れてしまった、と言った所だろう。

 「で、その匂いがする人たちが私たちの事をつけて来ている、と?」
 「そういう事になるな。たまたま行く方向が一緒なのかも知れないけど……」

 電波塔を出てから二人は歓楽街に伸びる大通りを南下していた。
 電波塔を境に南側はショッピングモールや若者らが集まる歓楽街があるため、人が多く行き交う事が必至で「その可能性も捨てきれない」と彗月は考えていた。

 「……はっきりしないなぁ〜」
 「しょうがないだろ。怪しい気配を感じたには感じたけど、ソイツの顔を見た訳でもないからさ」
 「ふむ……じゃ〜走ってみる?」
 「え?」

 思いもよらなかった美鈴の発言に彗月は思わず口を開け、間の抜けた表情をさらし、少しの間フリーズしてしまった。

 「ほら、こういう場合って……つけて来る人を撒くために走ったりするじゃん」

 何かしらの媒体から得た情報をそのまま垂れ流しただけの美鈴の発言に少し立ち眩みを覚えた彗月だったが、

 「走ったりするじゃんって、お前……。まぁ〜いいけどさ。——もし、違うなら誰も追いかけて来ないだろうしな」

 と、満更でもないと言った風な返答をした。

 「そうそう。人ごみの少ない場所に走り込んで物陰から追いかけて来た人を驚かす。——で、どうかな?」
 「うん、その案に乗った」
 「じゃ〜」

 二人は組んでいた腕を一度、解き。
 再び手を——今度は強く繋ぎ直した。

 『スタート!!』

 その掛け声と共に手を繋ぎながら二人は走り出した。
 人ごみを掻き分けながら走り抜ける二人の表情はどこか楽しげな面持ちで、このピンチとも何とも言えない不確かな雰囲気をただ楽しむ、映画のワンシーンのように見受けられた。

 行き先も決めないで、ただ人ごみの少ない場所を目指してひたすら走り続ける二人の事を怪しい服装の集団が後方から一定の距離を保ちつつ追いかけていた。
 そんな事も知らずに二人は大通りから脇道に逸れて、路地に入り。
 どこか見通しが良くて、なおかつ身を潜められそうな場所を探索しながら路地裏を手を繋ぎながら駆け抜ける。

 ——そして、ようやく見つけた人の気配が無さそうな、廃墟寸前の雑居ビル……。

 その雑居ビルには、中央部分が吹き抜けとなった広場があり、そこには所々雑草が生い茂っていた。
 そんな場所に到着した二人はさっそく、吹き抜けの広場を囲うよう建てられた雑居ビルの支柱裏に息を殺して身を潜める。

 自分たちを追いかけて来る者が本当にいるのかと、確かめるためにじっと広場の方へ視線を向けていると、彗月が記憶した匂いと共に黒装束姿の集団が辺りをきょろきょろと見渡しながら現れた……。