ダーク・ファンタジー小説

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の五 ( No.38 )
日時: 2012/06/25 20:58
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/21/

 彗月は彼らの行動を目で追う。
 相対する黒装束の四人はそれぞれ大柄、長身、中肉中背、細身と背格好はてんでバラバラだが、それなりに統一性のある動きを見せており、大柄の人物が手振りで他の三人に合図を送る。

 その合図に頷いて、三人は正面、右方、左方と三方向に展開し。
 彗月を背後にある壁際に追い込み、そこで一旦、三人は立ち止まった。
 そのまま攻撃に転じて来ると思っていた彗月は少し拍子抜けな表情を浮かべるものの、彼らが怪しい行動をしないかと、目を配らせる。

 ——すると、突然、上空が暗くなり。

 気になった彗月は一瞬三人から視線を反らし、その暗くなった上空を見上げる。
 と、そこには三人に指示を送っていた大柄の人物の姿があり。
 彼は隙を狙って高く跳躍しており、自らのアドバンテージを遺憾なく発揮させんと上空から彗月目掛けて右腕の拳を叩き込む。

 彗月を囲んでいた三人は巻き込まれないよう後退し。
 彗月もすんでの所で横っ跳びをし、転げながらもその拳をかわす。
 大柄の人物が叩き込んだ右腕の拳は地面に突き刺さるインパクトの瞬間!

 ——その一帯が凍りつき、氷柱が地面から飛び出した。

 その光景に彗月は目を見開き、驚きの表情を浮かべながらもどこか余裕があるのか、

 「ピュ〜」

 と、口笛を吹いてみせた。

 「——夢想薬の効力って、さほどオリジナルと差がないんだな」

 大柄の人物の力を見て、感心したのか頷きながらそう呟く。
 はっきり言って彗月はこの目で確かめるまで夢想薬の力を全く信じていなかった。
 資料で視認した——宙に浮く、氷の木を創った、など……。
 ある程度の事しか出来ないと思っていたからだ。

 「へぇ〜。あれを見て、よく夢想薬のおかげだって分かったんだね」

 感心するリーダー格の人物だが、何かを隠しているのか彗月の解釈に不敵な笑みを浮かべていた。

 「まぁ〜その調査のために動いてんだけどな」
 「ああ、そうだったね……。——わざわざ異世界からご苦労様です」

 敬意を表すように敬礼をして彗月の事を挑発する。
 しかし、彗月は挑発には乗らず、リーダー格の人物が述べた言葉に気を取られていた。

 「……お前、どこまで知っている?」
 「さてさて、何の事でしょうか?」

 表情を強張らせながら彗月は尋ねるが、リーダー格の人物はまともに取り持つ事は無く軽くあしらう。

 「……チッ。まぁ〜良い。このオードブルたちを食してからメインディッシュを堪能する事にする」
 「そうそう、その意気だよ。まだまだコース料理は始まったばかりだからね。胃もたれには注意してね」

 残りの黒装束の三人も大柄の人物に続くかのように懐から液体が入ったガラス瓶を取り出して自らの手首を刃物で切り付けた。
 そして、液体が入ったガラス瓶に己の血液を垂れ流し、赤く染まった液体を一気に飲み干す。
 と、液体を飲んだ三人は一斉に苦しそうに首を掻きむしるような動作を取り始めた。

 泡を吹き。

 瞳孔が開き。

 焦点が合わないほどに眼球が揺れ動く。

 徐に何かを掴み取ろうと天に腕を伸ばし、空を握りしめた三人の口元は歪み不敵な笑みを溢しながら、一斉に彗月を見据えた。
 彼らの行動に彗月も応戦せんと腰の辺りに左手を伸ばし、そこに何かモノがあるかのように空気を掴み。
 その何かを抜き取らんと右手を伸ばした所で……。

 ——ある事に気付き、

 「……あっ」

 と、呆けた表情をさらし、彗月は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 しかし、その間に黒装束の集団は大柄の人物を先頭に、他の三人は大柄の人物のサポートといった陣形を組み、彗月に向かって攻撃を仕掛けていた。

 大柄の人物が冷気を漂わせる拳を地面に叩き込み、彗月の足元から氷柱を発生させ。
 彗月は氷柱攻撃を軽々と避けるが、そこを狙って今度は長身の人物が左腕を薙ぎ払うよう振って炎を放出。
 細身の人物が左腕を高く掲げ、そこから勢いよく振り落とすと、彗月の真上で茶色に輝く五芒星の陣と共に岩石が出現し、そのまま彗月目掛けて落下させる。

 彼らの波状攻撃に、

 「チッ」

 と、舌打ちをし、苦虫を噛み潰したような表情を彗月は浮かべつつも、まず炎の攻撃を地面に身体を伏せて避け、すぐに態勢を整えてから上から自分目掛けて落下してくる岩石の対処法として前に向かって歩き、悠々とその攻撃も避ける彗月。
 標的を失うも、なお落下する岩石は彗月の後方に、

 【ドスン!】

 と、鈍い音を立て、砂塵を巻き上げながら地面に追突した。
 彼らの攻撃を避け終わった後、すぐ妙な気配を察知した彗月は徐に首を「ひょい」と横に傾ける。
 すると、先ほど地面に落ちた岩石に突然、亀裂が入り、歪な楕円状の凹みが出来上がっていた。

 その正体は、牧瀬流風のモノとは程遠い精度ながらも風を圧縮した弾丸を波状攻撃の最後の砦として中肉中背の人物が彗月に向けて発射させていたのだ。
 しかし、彼が放った風の弾はその歪さから空気に同化する事無く、自然の風の流れを壊す結果となり。
 結局、彗月に容易く気付かれ、避けられてしまった。

 「さっきの言葉は訂正する。——やっぱりマガイ物はマガイ物だわ」

 そう辛辣な言葉をふっかけた後に何を思ってか、彗月は徐に両膝を着き、正座の態勢に入ってしまい。
 余裕な表情を浮かべていた彼が突然、そのような行動に出たものだから相対していた四人は「自分たちの力に恐怖を抱き、降伏してきたのだ」と踏み、勝ち誇ったように笑い始めるが……。
 リーダー格の人物だけは彗月の行動をジッと見つめたまま「何をするのだろう」と警戒を怠らずにいた。

 しかし、彗月は目を瞑り、相対していた四人の思惑通りにそのまま顔を伏せ、土下座をしてしまった。
 その行動にはさすがのリーダー格の人物も拍子抜けしたような表情を浮かべてしまう。
 けれど、その期待を裏切るように彗月は、

 「……出て来い、ニンフ」

 と、祈るように唱えた。
 すると、その声に呼応するかのように彗月の背後に透き通るほどの白い肌艶、澄んだ碧い瞳に暑苦しい白い拘束衣姿の久遠寺美鈴と同じぐらいの年頃の白髪少女が、腰の辺りまで綺麗に伸びたその白髪をなびかせながら現れた。

 「……そろそろ慣れてください、彗月さま」

 現れて早々、彗月に苦言を呈する「ニンフ」と呼ばれた白髪少女は少し呆れた表情を浮かべる。

 その言葉を適当にあしらいながら立ち上がって相対していた四人を見据える彗月の瞳は牧瀬流風や椎葉姉妹のように謎の少女の影響で瞳の色は変わる事無く、澄んだ黒い瞳の色のままで。
 彗月は改めて腰の辺りに左手を伸ばし、そこに何かモノがあるかのように空気を掴み、その何かを抜き取ろうと右手を伸ばして勢いよく引き抜いた。

 すると、空気を掴んだ左手から大量の水が溢れ出し、そこから抜き取ったであろう剣の形を成した水が彗月の右手に収まる。

 「……全く。ナイフとフォークぐらい用意しとけっての。素手で食わせる気か」
 「それはそれは、こちらの不手際で申し訳ありません……。——でも、結果オーライでしょ?」

 彗月は先ほどの水剣を更に鋭利なモノへと、形状変化させ。
 徐に剣先をリーダー格の人物に向け「ニヤリ」と不気味に微笑んだ。