ダーク・ファンタジー小説
- (1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の六 ( No.40 )
- 日時: 2012/06/26 21:27
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/22/
「で、アンタはチートを使わんの?」
「チート? ——ああ、夢想薬の事ね。それなら……」
と、リーダー格の人物は懐から液体入りのガラス瓶を取り出し、これ見よがしにガラス瓶をちらつかせて、彗月に放り投げた。
綺麗な弧を描きながら宙を舞う、ガラス瓶に先方は口元を歪め、不気味な笑みを浮かべながら右手を強く握る。
傍から見ればガッツポーズをしているように見えるその握り拳から「バチバチ」と小さく発光現象が起こり、何かを解き放つように握った拳を今もなお宙を舞うガラス瓶に向かって突き出した。
すると、突き出された拳から白く淡い光の閃光が放たれ、ガラス瓶を電熱で溶け去り、中身の液体を蒸発させ。
そのまま彗月の真横を通過して背後にある雑居ビル二階テラス部分を破壊する。
ガレキと化したそれらが砂塵を巻き上げながら地面に落ち、さらに砂塵を巻き上げた。
「どう? 必要ないでしょ?」
誇らしげに自らの力を見せつけたリーダー格の人物に驚きの表情を隠せないと彗月は一時目を見開いたが、徐に眉間にしわを寄せ思案顔となる。
「……ホント、アンタは一体何者なんだよ」
嘆くように口走ったこの言葉には彗月の気苦労さを窺えた。
相手が夢想薬を飲まずとも力を発動出来る事に彗月は悩みに悩んでいたからだ。
——どうして、力を使う事が出来る?
——いや、そもそも、さっきのガラス瓶はフェイクで自前に夢想薬を飲んでいたんじゃないだろうか?
——もし、そうだとしたらいつ夢想薬の副作用……全身を炎で焼かれるか分かったもんじゃない。
——だとしたら……。
と、彗月はあらゆる可能性を考慮してある一つの考えに至った。
それは一番認めたくない事実。
いや、この事実以外には考えられない。
それにあり得ない事ではないその事実は、同時に自らの存在を肯定する事でもあった。
「……アンタ、この世界の魔法遣い。——いや、魔法使い、か」
少々自信なさげに口走った言葉にリーダー格の人物は図星だったのか身体を「ビクッ」と少し強張らせる。
「あらら、バレちったか。——でも、まぁ〜アレを見せてりゃ〜バレても仕方が無い、かな……」
深く被るフード越しに先方は頭を掻いてひょうきんな仕草を取る。
そんな姿にも彗月は顔色を変えずに相手を凝視する。
一般的に「魔法遣い」と呼ばれる存在は「精霊」と呼ばれる者と契りを交わし、力を行使する事が出来た。
——ただし、力を行使する際には様々な条件を満たし、さらには使用制限が存在する。
しかし「魔法使い」あるいは「魔女」と呼ばれる存在は精霊との契りを交わす事無く、力が行使でき。
さらに力を行使する際にも条件などなく、使用制限もない。
言いかえれば、体力、魔力が続く限り力は使い放題である。
——だが、魔法遣いと呼ばれる者の総人口に比べたら一割も満たない稀な存在。
少なくとも彗月は目の前にいるリーダー格の人物を「魔法使い」と認識し、それは同時に自分にとっては不利な状況を示していた。
彗月の使用条件は「土下座」をして精霊を呼び出し、力を使用した瞬間からの「九百秒間」使用制限なしに使い放題と言った特殊なモノ。
しかし、それは言いかえれば九百秒以内に勝負を決めないと彗月の負けが決定する。
そのため、いかに短時間で勝負を決め、相手に長期戦にもつれ込まれないようにするかが彗月の勝利へのカギである。
「ニンフ。——残りのカウントは?」
視線を相手に向けたまま、残り時間をニンフに尋ねる。
が、ニンフは彗月の質問には答えず、なぜか「ムスッ」として口を閉ざしていた。
「……おい、なぜ黙る?」
「彗月さまは愛想が無さ過ぎて、私が可哀想です。良いですよね〜他の方々は……」
ジト目で彗月の事を見つめて自分と他の精霊たち(主に牧瀬流風と椎葉姉妹の)を比較し、自分の不遇さに嘆き、苦言を呈した。
流風や椎葉姉妹は自分たちと契りを交わした精霊たちとのスキンシップをしっかりと交わしてはいるが、彗月は面倒臭がってたまにしか接しない。
そのために溜まりに溜まった鬱憤を空気も読まずにこの状況下で嘆いたのだ。
しかし、精霊と呼ばれる存在は意思疎通が可能でも口を利く事は無い。
だが、このニンフだけは他の精霊たちとは違い、普通に言葉を話す事が出来る不思議な存在だった。
「……分かったよ。何が欲しいんだ?」
かったるそうに頭を掻きながら尋ねる彗月だが「ニンフの機嫌が悪いのは自分のせい」と自覚があるためか、素直じゃないけれど彼女の要望に応えようと心に決める。
「えっ、良いんですか? ——そうですねぇ〜甘い物が食べたいですね」
ダメ元で口走った言葉だったのだが、まさか彗月が了承してくれるとは思わず、少し素っ頓狂な声を上げながらもニンフはしっかりと希望を伝えた。
「じゃ〜これが終わったら帰りに行くか、美鈴も誘って……」
「はい。あっ……それと私はご覧の通り——」
「分かってるよ。俺が食わせりゃ〜いいんだろ? 全く……」
照れ隠しなのかそれとも癖なのか、また頭をかったるそうに掻きながら彗月は大きく息を吐く。
ニンフはその身に纏う拘束衣の影響で両手が使えない、そのため事あるごとに彗月や他のメンバーが彼女の世話をする事しばしば……。
「えっと……お二人さん。そろそろ痴話喧嘩の方は終わったのかな?」
二人にほったらかしにされていたリーダー格の人物が空気を読んで話が終わったであろう頃合いを見計らって少し申し訳なさそうに声を掛けた。
「ああ、待たせてすまん。——ニンフ、残りのカウントは?」
「……残り六百秒です」
「……了解」
そう静かに返事をして、彗月は徐に力強く両手を合わせる。
その合掌した手の間から水が溢れ出し、彗月の足元に水溜まりが徐々に出来つつあった。
それを興味深そうに眺めるリーダー格の人物に目もくれず、着々と水溜まりを広げていき彗月の周りはほぼ水で埋め尽くされた。
彗月は両手を離し、力強く水溜まりが出来た地面を右足で蹴る。
水飛沫を上げた水は宙に舞い上がり、彗月を囲うように自ずと水球の形を成して行く。
その水球を振り払うように彗月が勢いよく右腕を振ると、水球はリーダー格の人物に向かって飛び出し。
水の弾丸と化して先方に襲いかかった。
リーダー格の人物は水の弾丸を目にして驚きの表情を浮かべながらも、一つ一つ冷静にすんでの所でかわし軽快な動きを見せる。
しかし、彗月は攻撃の手を止めずにさらなる水の弾丸を成形せんと地面を蹴り、出来上がった水球を容赦なく相手に撃ち込んだ。
撃ち込んでもなお手を休ませず、新たに水の弾丸を成形し、出来上がった水球をたたみ掛けるように撃ち込む。
無数の水の弾丸を放たれリーダー格の人物は地の利を生かして広場をちょろちょろと動き回り。
時には雑居ビルの柱の陰に隠れたり。
すんでの所で曲芸を決めてかわしてみせたり。
と、その動きに彗月は堪らず苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「チッ……。——くりそつ姉妹かよ」
先方の軽快な動きを目の当たりにし、舌打ちをしながら椎葉姉妹のような身のこなしと称した。
——結局、彗月が放った水の弾丸は全てかわされる結果となってしまい。
「じゃ〜お返し」と言わんばかりに今度はリーダー格の人物が両腕を大きく広げて全身に「バチバチ」と淡白い発光を纏いながら彗月を見据える。
辺りに小さな稲光が起こり、口元を歪め不敵な笑みを溢しながら先方は全身に蓄えた力を解放せんと力強く地面を左足で蹴った。
すると、地面を蹴った左足から淡白い発光を帯びた稲妻がほとばしり、そのまま地面を這いずりながら彗月に向かって蛇行する。
蛇行しながら襲いかかってくる稲妻を彗月は横っ跳びで避けて、彗月が元居た位置でその稲妻が突然、登り龍のように天に向かって消え去ってしまった……。
「さっきの君のマネだよん」
と、軽口を叩きながら今度は右足で地面を蹴った。
稲妻は右足から地面を這い、彗月に襲いかかる。
先の攻撃をかわしている彗月には案の定容易く避けられるが、その避ける場所を先読みしていたリーダー格の人物は先手を打っていた。
が、
「何度やっても同じ」
と、彗月は同じように横っ跳びで避けようとした——その時!
二度避けた攻撃よりも速いスピードで彗月が居る位置に到着し、稲妻が彼の目の前をほとばしった。
半歩ほど身体を後退させていたおかげで直撃を免れたが、電熱で少し前髪が焼かれタイも先端部分が焼き切れてしまう。
彗月は驚きの表情を浮かべながらも瞬時に「この攻撃は緩急自在に操れるじゃないか」と踏んだ。
しかし、それが分かった時点でどう見分ければいいのか、まだ分からずにいた。
地面を這いずる稲妻の動きを見れば分かるかも知れないが、それでは防戦一方になってしまう。それこそ、長期戦にもつれ込む恐れがある。
「なら」と、彗月は稲妻を放電する足の動きに注目してみる事にした。