ダーク・ファンタジー小説

(1)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 ( No.42 )
日時: 2012/06/27 22:05
名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/23/

 「……お前、生きていたのか」

 その人物に向かって彗月は開口一番にそう告げた。

 そう、その人物は前座で戦って彗月に負けた冷気を漂わせる右腕の拳から攻撃を繰り出すあの大柄の人物だった。
 先方は大きな身体を揺らしながら一歩ずつ一歩ずつ何かを抱き抱えながら全貌を露わにしたその瞬間。
 彗月の目付きが鋭く尖ったモノに変わった。

 「てめぇー、そいつに何をした!」

 声を荒上げ、彗月は大柄の人物が抱き抱えるモノを見据える。

 「何もしとらんよ。——ただ、眠ってもらっているだけだ」

 不気味に微笑みながら大柄の人物は徐に自分が抱き抱えているモノに視線を向ける。
 そこには久遠寺美鈴の姿があり、何か良い夢でも見ているのか幸せそうに彼女は眠っていた。

 「……早くそいつを放せ」
 「それは了承しかねる。もう少しの間、私と付き合ってもらおうか」

 徐に彗月は横目でニンフに何か合図を送るが、彼女は首を横に振ってそれを拒む。
 ニンフの応答に彗月は堪らず「チッ」と、舌打ちをする。
 彗月はニンフに「力を使えるか」と確認したのだが……もう使う事が出来ず、表情を歪めたのだ。

 彗月の力は十五分間、何も制限なしで使い放題の代わりに一度使うと一日のインターバルが課せられる。
 その事を使用者である彗月は重々承知で、それでもニンフにダメ元で尋ねたのだが、やはり無理だった。

 「そこまでしてお前は何がしたい? 何を待っている?」
 「言ったであろう。時統べる魔女と我らの大司教さまがサシで殺り合うだけの時間を稼がなきゃならない、と……」
 「で、その大司教って奴が勝っても負けてもアンタらに連絡行くようになってんの?」

 他愛もない、この質問に大柄の人物は不気味にほくそ笑む。

 「……愚問だな」

 先方の態度に彗月は「ふん」と鼻で笑いながら、何か分かったのか小さく頷く。

 「……なるほどね、勝つ事前提って訳ね。んで、報告が来るまで俺らに付き合えと……。——生憎こっちも暇じゃないんでねぇ〜」

 「どうにかして隙を作り、美鈴を助けなければ」と……。
 辺りをきょろきょろと何食わぬ顔で見渡しながら「ジリジリ」と距離を詰めようとした。
 が、

 「……動くな。自分の分を弁えろ」

 大柄の人物は冷気を漂わせる右腕の拳を美鈴に向ける。
 この人物は最初から夢想薬を飲まずとも力を使える魔法使いだった。
 その事に彗月もようやく気付き、だからこそ合点が行った。
 他の者たちは夢想薬に焼かれたのにも関わらず、この者だけは無事だと言う事に……。

 「……チッ」

 美鈴を人質に取られて成す術が無い彗月は大柄の人物の言う通りに従うしかなかった。
 力を使って助けたくても、もう使う事が出来ない。
 それに牧瀬流風や椎葉姉妹と違って器用な事は出来ず、魔法特化である雨宮彗月には魔法以外に武器はなかった。

 そんな自分に嘆きながらも「どうにか美鈴だけでも」と考えを巡らせる。
 大柄の人物が現在「大司教」と呼ばれる人物の作戦遂行の時間を稼いでいるとは言え、いつその時間稼ぎも無用となり人質である美鈴に危害を加えかねない。

 ——そんな最悪な想定をも頭に入れつつ雨宮彗月は考慮する。

 しかし、その中には「時統べる魔女」と呼ばれ、勘違いされている人物が「敗北する」と言う筋書きは一切、彼の頭に浮かぶ事はなかった。
 それだけは自信を持って彗月は断言出来た。
 むしろ、その大司教と呼ばれる人物が憐れにさえ思えてくるほどに時統べる魔女と勘違いされている人物の勝利を確信していた。

 ——しばらく、小康状態が続き。

 陽もそろそろ傾き始める頃……。
 夕時を知らせる音楽が流れ終わってから小一時間が経とうとしていた。

 大柄の人物は大司教と呼ばれる人物からの連絡がなかなか来ないで待ちぼうけを食らい、少し焦りの色が見え始めていた。
 その影響で、右足を「ガタガタ」と貧乏揺すりをしている。
 そんな相手を見据えながらも「どうにか隙は無いものか」と探る彗月はふと右手に持つ携帯電話に映る時刻に目をやった。

 ——時刻はもう十八時ちょうどを回ろうかとしていた。

 彗月はその時刻を見て、思わず笑みを溢してしまう。
 自分が置かれている状況は何も変わっていないにも関わらず……。

 それは今日——久遠寺美鈴が自分を追ってわざわざこちらまで来た理由を尋ねた際、少し歯切れの悪い返答を彼女にされた事を思い出したからで。
 当時の事が頭に過った彗月は徐に身体を震わせながら狂ったように笑い始めた。

 その光景に大柄の人物は唖然とする。

 「なぜ、この状況下で笑う事が出来るのだ」と、言った素振りだった。

 「……何がおかしい?」
 「いや、まだ俺にもツキがあるんだな〜と思ってな」
 「ツキ、だと? この状況下で、か? ……笑わせる」
 「ああ、笑ってくれてもいいぜ。だけど、一つだけ忠告しといてやる。——今すぐにそいつから離れろ」
 「ククク……。何を言うかと思えば、戯言を……」
 「何とでも言え。ただ、俺はアンタの事を思って言ったんだよ。それに——」

 と、彗月は右手に持つ携帯電話に視線を向けた。

 「そろそろ、元始の鐘が鳴る頃だ……」

 そう言い終わった頃に携帯電話に映る時刻が「十八時三分」になった。
 すると、辺りを包みこむように突然、

 【カーン! カーン!】

 甲高い鐘の音が鳴り響き、大柄の人物は驚きの表情を浮かべた。
 それもそのはず、大柄の人物はこの辺りの土地には詳しかった。
 だからこそ、この鐘の音はありえなかった。
 そう、この辺りには鐘を鳴らせるような施設など存在しなかったからだ……。

 「……後、十の鐘が鳴る。その間にそいつから最低でも一メートルは離れろ。じゃないとアンタはそいつに殺される……」
 「うはは! この娘に私が殺されるだと? こんな馬鹿面さげて眠っている小娘にこの私が殺られる訳が無かろう」
 「……まぁ〜確かにそう思うかも知れんが……」

 少し申し訳なさそうに額を押えながら呟いた彗月の視線の先には、未だに幸せそうな顔を浮かべながら眠り続ける美鈴の姿があった。
 それに少し口を開けているせいか、透明な液体が口から少し垂れていた。

 ——そうしている間にも鐘の音が一つ、また一つと何かを刻むように鳴り響いて行く……。

 彗月はもう説得をするのも早々に諦めて、二人から少し距離を置くように一歩ずつ、一歩ずつ後退して行く。
 その行動に大柄の人物は、

 「ふん」

 と、鼻で笑いながら断固として、美鈴を放す事無く、美鈴から離れる事も無く、その場で留まり続ける。

 ——さらに鐘の音が一つ、また一つと辺りに鳴り続けて行く……。

 徐々にではあったが鐘の音が大きくなっていた。
 その時が来るまで彗月は静かに見届け、大柄の人物は大司教と呼ばれる人物からの連絡を律義に待ち続ける……。

 徐に彗月は右手に持つ携帯電話に映る時刻を確認した。
 すると、時刻は「十八時十一分」になろうかとしていた。

 「なぁ〜アンタ。本当に良いんだな?」
 「ああ、それがどうしたと言うのだ? そこまで頑なに言われると逆にこの目で確かめたくもなるわ……」
 「……そうかい。最後の忠告だったんだが……恨むなよ……」

 そう述べた後に彗月は大きく息を吐いて、天を仰ぎ見た。
 また一つ、鐘の音が辺りに鳴り響き。
 彗月は右手に持つ携帯電話に表示されている時刻を眺めながら指で「トン、トン」とカウントを取り始める事、数秒間……。

 時刻が「十八時十三分」になった瞬間に最後の鐘の音が鳴った。

 【カーン! カーン!】

 最後とあってここ一番の大きさの鐘の音が辺りに鳴り響く……。

 すると、その鐘の音と同時に先ほどまで涎を垂れしながら幸せそうに眠っていた久遠寺美鈴の瞳が「パチっ」と開き。
 目を覚ました美鈴の瞳は紅く冷たい眼光に様変わりしており、大柄の人物に抱きかかえられている腕の中で徐に天に向かって右手を伸ばし始める。

 と、その動作と呼応するかのように辺りには五芒星、六芒星の大小様々な魔法陣が突如として出現し。

 ——美鈴を中心に彗月たちを囲うように魔法陣が展開した……。