ダーク・ファンタジー小説
- (2)第三章 〜夢見る愚者とおしどり夫婦〜 其の七 ( No.43 )
- 日時: 2012/06/27 22:06
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/23/
全ての行程が終わったのか、美鈴が伸ばした右手で指を、
「パチン」
と、鳴らした瞬間。
辺りの景色が一瞬にして波形の長針、短針の時計針だけの大小様々な時計に囲まれた異世界に変わり果ててしまった……。
その異世界の上空からは淡白い光が照らされており。
そして、一際目立つ大きな時計針だけの時計が、この異世界の中心に佇んでいた。
その巨大な時計の針は「六時十三分」なのか「十八時十三分」なのか定かではない、その辺りを指していた……。
突然の出来事で大柄の人物は思考停止とばかりにフリーズをする。
「——放せ、愚民……」
大柄の人物に抱き抱えられている腕の中で美鈴が吐き捨てるような言葉を言い放った。
普段の彼女では決して言わないような言葉で、口調も仰々しいモノに変わり果てている。
それでも大柄の人物は放す事無く。
「そんな事よりもこの状況は一体どういう事なのか」と、言わんばかりに彗月の事を睨む。
先方の訴えかけに気付いた彗月は少し面倒臭そうに頭を掻きながら徐に口を開いた。
「えっと……まず、アンタたちは俺たちが異世界から来た事は重々承知だよな。その異世界とアンタたちの世界や他の世界をも行き来する事が出来る古の魔具——タイムタイムと呼ばれる魔具の深層部なんだよ、ここは……。ほら、アンタたちの世界にもタイムタイムの入口があるだろ」
「……まさか、ロストビルディングの事か?」
彼らが先ほどまで居た衛星都市には「ロストビルディング」と呼ばれる都市伝説があった。
それは——見た目は何の変哲もない少し古ぼけた雑居ビルなのだが、誰もその建物に入る事が出来なく。
確かにそこに存在し。視界にも捉えているにも関わらず、近づけば近づくほど遠退いて行く蜃気楼のような不思議な建物であった……。
——と、言う都市伝説があり、その事を彗月たちは指していた。
それとタイムタイムはその世界での時代考証にそぐわないよう「入り口」として形を成す物が異なり、この世界でのタイムタイムの入り口は「雑貨ビル」として顕現したため「ロストビルディング」などと呼称される都市伝説が生まれてしまったのだ。
——その理由は至ってシンプル。
タイムタイムは素質ある者にしか、通行許可が下りない……。
つまり、魔法遣いならびに魔法使い、魔女の素質がある者にしか近づく事出来ず、常人にはただの蜃気楼にしか映らないのだ。
「名称の事までは知らんが、アンタたちが呼ぶそれがそうだよ。——んで、何でそんな魔具の深層部に突然、飛ばされたかと言うと……。アンタが抱き抱える久遠寺美鈴が鍵なんだよ」
「鍵とは、一体どういう事だ?」
「このタイムタイムはさ、不定期的に検査が必要なんだよ。要するに更新みたいなもんだな。なぜ、更新が必要なのかって言うと……そこまでは俺も詳しくは知らない。ただ、その更新をするためにはその時間軸の世界にわざわざ行かなきゃならないんだ。本人の意思関係なしにな……。——ここまで言えば分かるだろ?」
「……まさか!?」
「そう、アンタが抱き抱える久遠寺美鈴が、アンタらが時統べる魔女と呼ぶお方だ。だから、アンタたちの計画は最初から成功なんてしないだよ」
語気を強めながら言い放たれた彗月の言葉に大柄の人物は堪らず、よろけてしまう。
その隙を狙って美鈴は自力で大柄の人物から逃げ出し。
少し距離を取った所で、自分を拘束していた者を紅く冷たい眼光で見据えた。
「——貴様のおかげで更新時間が少しズレてしまったではないか。その代償……償ってもらうぞ」
美鈴は瞳をさらに紅く光らせて大柄の人物を睨みつける。
と、先方の頭上に波形の時計針だけの時計が突然、現れ。
針が勢いよく回り、勝手に時を刻み始めた。
すると、頭上の時計が時を刻む度に大柄の人物の身体が徐々に小さくなり、腰が折れ、衰退して行き……。
老体と化した彼をさらに追い打ちをかけるように頭上の時計は動き続け。
頬も痩せこけ、頬骨が浮き彫りになり。
見るに無残にやせ細ったミイラ状態になってもなお頭上の時計の針は回り続ける。
ほぼ骨だけのガリガリの状態になった身体は地に崩れ堕ち。
最後の力を振り絞って、大柄の面影も無くなった先方は美鈴に手を伸ばすが……。
——そこで力尽き、白骨化した……。
しかし、それでもなお頭上の時計の針は回り続け。
白骨化した身体は徐々に風化して行き。
最終的に時と共に風化してボロボロになった黒装束だけがその場に残された……。
「……これより、一八一三軸。——通称、流風タイムの更新を開始する」
何事もなかったように時統べる魔女と化した久遠寺美鈴はこの異世界で一際目立つ大きな時計針だけの時計に右手を翳し。
また、瞳を紅く怪しく光らせながらタイムタイムの更新を開始した。
すると、どこからともなく激しく鳴り響く鐘の音がこの異世界を包み込み。
五芒星、六芒星の大小様々な魔法陣がその時計を囲うように展開し。
この日。
この時まで「一八一三軸」と呼ばれるこの世界……。
——通称、流風タイムと呼ばれる世界が辿った軌跡を映像化したモノが辺りに早送りのように流れる。
——しばらくして、その映像が「プツン」と途切れてしまった……。
それと同時に時計を囲う魔法陣は消えて、翳していた右手を美鈴は徐に下ろす。
「……一八一三軸。——通称、流風タイムの更新終了。少々ずれた更新時間は一名の愚者の時を持って正し。ここに終焉を告げる……」
淡々とそう述べた後に「バタリ」と美鈴は倒れ伏せてしまった。
それと呼応するかのように辺りの景色が、一瞬にして先ほどの雑居ビル広場に戻った……。
元の世界に帰還し。
すぐさま、美鈴の元へと駆け寄った彗月は彼女の上体を抱え起こす。
「おい、美鈴!」
少し身体を揺すりながら美鈴の安否の確認をすると、
「むにゃむにゃ」
と、寝息を漏らした美鈴に彗月は、
「ふぅ〜」
と、安堵の表情を浮かべて息を吐いた。
——しばらくしてから、美鈴がゆっくりと瞳を開けて目を覚まし。
開かれた瞳の色はもう紅く冷たいものではなかった……。
「……あれ? 彗月?」
目を覚まして少し呆けながら辺りをきょろきょろと見渡した後に。
今、自分がどういう状況に置かれているのかを理解し、顔を赤面させた。
その様に彗月は徐に首を傾げる。
「何、赤くなってんの?」
「だっ、だって! ——私、彗月の腕の中でそのゴニョゴニョゴニョ……」
美鈴は途中で恥ずかしくなり口ごもった。
彼女には時統べる魔女に覚醒した記憶はなく。
自分は彗月が事を終えるまでに待ちくたびれて寝てしまい、それを彗月が抱き抱えながらここまで運んでくれたのだ、と勘違いしていた。
「何が言いたいのかさっぱりだが、そんな事よりも早く顔を拭いた方が良いぞ〜」
彗月の言葉に美鈴は首を傾げつつ、徐に自分の顔に手を伸ばす。
すると、口元辺りに少し「ベチョっ」とした手触りを感じ。
「……何、このベトベト……」
ベトベトが付着した手を眺めながら、美鈴がそう呟いた。
「ああ、それな。お前が口を開けて寝てるもんだから涎が——あっ」
流暢に話しながら途中で自分が重大なミスを犯してしまった事に気付き、思わず素っ頓狂な声を上げたが……。
——もう手遅れだった。
目の前には身体を「ぷるぷる」と震わせ、拳を強く握り締めている美鈴の姿があった。
「はぁ〜づぅ〜きぃ〜!」
さらに顔を赤面させながら鬼神の如き形相で美鈴は彗月の事を睨めつける。
身の危険を察知した彗月はすぐさま逃げ出そうと試みたが、先の戦闘で先端部分が焼き切れたタイを彼女に力強く掴まれてしまい、逃げるに逃げられなくなってしまった……。
美鈴は口元を歪ませ不気味な笑みを浮かべ、彗月に上体を抱き抱えられる状態ながらでも今持てる力を 全て拳に集約させ。
彼の鳩尾部分へ一気にそれを解放させた。
【ドスン!】
と、鈍器で殴られたような衝撃音と共に断末魔の叫びが、この辺り一帯に響き渡ったのであった……。