ダーク・ファンタジー小説
- 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の一 ( No.46 )
- 日時: 2012/06/29 22:03
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/26/
——とある某所。
女性は頭上に両手を掲げ、伸びをする。
大きく息を吐き、デスクワークで凝った肩首を軽く揉みほぐしながら女性は徐に口を開いて、
「——そろそろ出て来たらどうだ?」
と、自分以外誰も居ない部屋の中、何者かに声を掛けた。
その声に応えるかのように深く被った黒い紳士帽に同系色の外套姿の中年男性が、何も無かった空間から元々そこに居たかのように、スッと姿を現した。
「……いつから気付いていた?」
男性は指摘された事に驚く事無く、女性に問う。
その問いに女性は口元を歪め、凄惨な笑みを浮かべる。
「私の妹がここに入って来た辺りからだよ——侵入者」
「そうか。——ここに足を踏み入れた瞬間、か……」
女性の返答に男性は冷静に頷き、納得する。
「——ったく、気を使ったぞ。指摘していいものかと、な……」
頭を掻きながら気だるそうに男性を揶揄する女性に対して、男性は「ふん」と鼻で笑い返し、女性に何かを投げつけた。
それを女性は受け取り、徐に目を通し始める。
女性が男性から受け取ったものは至って普通の写真で、計六枚あった。
その写真には制服姿の学生らしき若い男女が写し出されており、女性にはこの写真に写る人物たちに心覚えがあった。
しかし、表情には出さずにあくまで冷静さを保っている。
「これが、どうしたと言うのだ?」
「他意はない。ただの若い男女の写真だ。——ただ、解せないのはそこに写っている黒いのだよ」
男性が「黒いの」と指摘したとある写真。
そこに写し出されているのは、頭に乗せた小さな黒のシルクハットに真っ黒で艶やかなドレスを身に纏う、綺麗な黒髪の澄んだ黒い瞳が特徴的な若い女性だった……。
「そいつに見覚えは無いか? ……いや、貴様が——久遠寺美玲、か?」
少し確証がないのか、男性は確認するように目の前にいる女性——久遠寺美玲にそう投げかける。
美玲は戸惑いを見せる男性を嘲笑うかのように「ニヤリ」と不敵な笑みを漏らす。
写真に写る女性こと「久遠寺美玲」と、この場にいる赤髪アップスタイル、白いブラウスにタイトスカートと言ったラフな服装に綺麗な赤い瞳が特徴的な「久遠寺美鈴」は全くの別人と言っても過言ではないほど、似ていなかった。
しかし、男性は写真に写る女性を「久遠寺美玲」だと信じている。
だが、久遠寺美玲と思わしき人物が自分の目に前にいるけれど、写真に写る女性と姿形が全く異なっている。
目の前にいる女性が久遠寺美玲なのか。
それとも、写真に写る女性が久遠寺美玲なのか……。
——男性は少し揺らいでいた。
「……ふむ、良く撮れているではないか。——これは私だよ、侵入者。それも外界用の姿の私だ……。マニアの間では高値で取引されているプレミアものだぞ。良かったな」
自分が写った写真をまじまじと見つめながら自画自賛の言葉を呟いた美玲。
その言葉が彼にとっては確固たる証拠、証言になり、少々心が揺らいでいたものの男性は何も言わず、自ずと不敵な笑みを溢してしまった。
まるで長年追い求めていたものをやっとこさ見つけたと言った風な表情である。
「それで、侵入者。私に何か用か? ——いや、言わなくてもいい。大体の予想が付いた……。お前が夢見る愚者と名乗る集団を率いる大司教と呼ばれる人物だな?」
「……ふん、優秀な部下からの報告か?」
「いや、それは違うね。私は自前にある程度の情報を仕入れていたのだよ」
美玲の言葉に男性は疑問を感じる。
「予め調べていたのなら、自分たちが企てていた事を把握済みだったはず、それなのに……」と、考えを巡らせていると美玲が薄笑いを浮かべながら、
「だったら——なぜ、部下たちを調査に行かせたのだ、と言いたげだな。それは言わなくても察しろよ、侵入者」
と、煽るような口調で男性にそれとなく諭す。
「なるほど……ワザとそうしたのか」
彼女の意図を汲み取った男性は徐にそう口ずさむ。
男性の計画は——そもそも「使徒」と呼ばれる幹部連中たちが美玲の部下たちとその他一名(流風、彗月、椎葉姉妹、美鈴)の殺害及び時間稼ぎをしている間、自ら敵将である久遠寺美玲を討つ、と言ったモノだった。
しかし、美玲がその計画を見破っていたにも関わらず、あえて部下である牧瀬流風たちに「噂の究明」と題して調査に行かせた。
それでも、まだ男性だけが気付いていない誤算が継続として残っている。
「おい、侵入者。この私とタイマンしたいんだろ? だったら、場所の移動を要求する。ここじゃ折角、私がお膳立てしてやったのにあいつらが帰って来てしまうだろ?」
美玲は上から目線の傲慢な態度で男性に場所移動を要求した。
男性はその要求を呑み、二人は物で散らかった部屋を縫うように進み。
出入り口である扉の前で美玲が唐突に、
「侵入者。——お前のホームグラウンドは一八一三軸の世界か?」
と、男が暮らす世界軸を尋ねた。
——世界軸とは、タイムタイムと呼ばれる古の魔具が指し示す指針の事で。ありていに述べれば、その世界の名称のようなモノ。
例えば、一八一三軸の世界の事を「流風タイム」と呼称したりと……。
しかし、この「○○タイム」と言う呼び名はただの隠語であり、正式名称ではない。
各々その世界軸の名称は異なる。が、一般的にはやはりタイムタイムの指針通りの呼び名になるケースが多い。
先の一八一三軸然り。
一三一一軸然り、と……。
「なぜ、そのような事を聞く?」
「いや、ホームグラウンドの方がお前にとってやりやすいかと思ってな」
「ふん、ずいぶんと余裕だな」
「まぁ〜それなりの場数は踏んでいるつもりだ。それに今日は調子が悪いなどと言った言い訳をされても困る」
「……私はただの流浪者だ。帰る場所など存在せん」
「そうか……。なら、行こうか」
美玲が行くように促してから男性は徐に扉のドアノブに手を掛けた。
すると、扉の上に掛けられた波形の長針と短針だけの装飾品が「ジリジリ」と音を立ててゆっくりと動き。
一時十一分なのか、十三時十一分なのか定かではないその辺りを指して「チン!」とベルの甲高い音が鳴った。
そして、ゆっくりと扉を開いて、二人は事務所を後にした……。