ダーク・ファンタジー小説
- (1)終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の三 ( No.48 )
- 日時: 2012/07/01 01:04
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/28/
——とある某所。
ドレスの裾をたくし上げながら久遠寺美玲が駆け抜ける。
目に付いた廃墟と化した鉄筋コンクリートの物陰に身を潜め。
そこで手中に収める黒と白の対となった神々しい装飾が施された二丁拳銃に彼女は弾をゆっくりと装弾する。
二人は異空間から出てくるや否や何も会話を交わす事無く即、開戦。
ここ「一三一一軸」の世界……。
——通称、久遠寺タイム(美玲タイム、美鈴タイム)とも呼ばれるこの世界では流風タイムと違い、魔法遣いと一般人が当たり前のように共存し、お互いに尊重しあいながら平和に暮らす豊かな世界だった。
そんな世界に「アカデミー」と呼ばれるこの世界最大の教育機関があり、そこに流風たちは通っている。
「……ふむ、久しぶりの戦闘で身体が鈍っているみたいですね」
思っていた以上に身体が動かず、美玲は徐にそう嘆く。
この世界では人目を気にする事無く思う存分に力を振るう事が出来るが、関係の無い一般市民まで巻き込む訳にはいかず、市街地から離れた人気のない廃棄された町で二人は戦闘を繰り広げていた。
「ねぇ〜。侵入者さん。どうしてこの私とマンツーマンになりたかったのかしら? もしかして、ダンスのお誘い?」
「戯言を……。貴様が政府の懐刀——時統べる魔女である事は百も承知。他の者たちでは荷が重いと判断し、この私が自ら出向いたまでだ」
男性はそう述べながら右手に持つロッドを大地に力強く突き刺した。
すると、突き刺したロッドに装飾された黄土色の宝玉が光を帯び、それに呼応するようにロッドを中心にうねうねと大地がうごめき。
そして、ロッドを取り込むように大地が覆いかぶさって、徐々に人型のような物が形成されて行く。
「今度は土人形です、か……」
人型の物体を見て、美玲は静かに呟いた。
「ゴーレム」と呼ばれる土人形は優に三メートル以上はあり、ごつごつとした筋肉質のような巨体から繰り出される攻撃は地形を変えるほどの威力を彷彿させる。
召喚者である男性の指パッチンの合図でゴーレムの眼球と思わしき物体が怪しく光り、起動し。
美玲が身をひそめる物陰にゴーレムは巨体を揺らしながら大きな足音を立てて進む。
決して速いとも言えないスピードで歩み寄り、射程範囲内に入ったのか、ごつごつとした太い右腕を美玲がひそむ物陰に向けて叩き込み。
轟音と共に鉄筋コンクリートの壁は崩れ落ち、砂塵が舞うその中には久遠寺美玲の姿はどこにも無かった。
「——侵入者さん。貴方は大きな間違いを犯しています」
と、どこからともなく美玲の声だけが聞こえ。
「それは——侵入者さんが言う時統べる魔女は私ではなく。私の愛しき妹——久遠寺美鈴ですよ。私はただの彼女の架け橋であり、踏み台なのです……。それに私は政府の懐刀なんて大層な役職になんて担ってはいませんわ」
「ふふふ」と、微笑みながら美玲は男性にそう指摘した。
美玲のこの言葉に先方は唇を噛みしめ、身体を震わせる。
「……ふざけるな」
無表情を貫いていた男性は徐に怒りを露わにして語気を強めた。
「ふざけてなんていませんわ。——ただ、私たちを狙ったのはある意味正解だったのかも知れないですわ。……過信はしてはいないですけど、私たちを潰せば世界征服をしたも当然ですからね。まぁ〜侵入者さんたちの目的が世界征服だったらの話ですけど……」
「仮に貴様の言う通りだったとしても、私にはやらねばならない事がある……」
「……そう」
その返事を持って美玲の声は聞こえなくなり、しばらく静寂が辺りを包み込んだ。
静まり返る空間に突如、
【バン! バン!】
と、言う乾いた二発の銃弾が鳴り響き。
男性はゴーレムを呼び戻し、盾代わりにする。
美玲が放った二つの銃弾はゴーレムに弾かれ、銃声音ならびに銃弾が飛んで来た方向で相手の居場所を逆算した男性はゴーレムに合図を送り、その合図と共にゴーレムが大きく口を開けた。
その口から体内に取り込んだ岩石などの鉱物が混ざり合わさった大きな砲弾のようなものを成形し、それを放たんと自らを砲台と見立てて、低く唸るような雄叫びを上げながら口から砲弾を発射。
発射された砲弾は物の数秒で西方向の廃墟たちを破壊の限りを尽くし、砂塵と共に大きな地響きを辺りに鳴り響かせた。
「……そのような玩具で我がゴーレムを打ち破る事は出来まい」
「そう、思いますか?」
男性の背後からゆっくりとした足取りで美玲は姿を現して不敵にそう呟いた。
彼女の気配に気付いた男性はゆっくりと背後を振り向く。
「……何が言いたい?」
「侵入者さんは破壊と創造を司る双龍神のお話はご存知?」
「生憎、お伽噺には疎いんでな。そのような話は聞いた事が無い」
「……そう。——なら、別に結構ですわ」
美玲が言う「破壊と創造を司る双龍神」とは、遥か昔の何もない世界でのお話——。
自らの力に溺れた「破壊を司る神龍」と「創造を司る神龍」の双子の龍たちが毎日のように創造しては破壊と言った行動を繰り返し行っていた。
そこで業を煮やした双龍神を生みし者が力に溺れた双龍たちに天罰を与えた。
しかし、自ら生み出した双龍たちには本来の役目を担ってほしいと強く望んでいた生みし者は双龍たちをあるモノに形状を変え、この強大な力を正しく扱える者が現れるまで世界のどこかに隠した……。
——と、言うお伽噺が魔法遣いたちの間で囁かれていた。
そのあるモノは「伝説の魔装具」として扱われるのだが、如何せん情報源がお伽噺という不確かな物である事は紛れもない事実で、実際その魔装具を見たものは誰もおらず。
しまいには人々が勝手に「伝説の魔装具とはこういう物だ」と、レプリカを作る始末。
——そのような曰く付きの話をなぜ、この状況で美玲は切り出したのだろうか?
久遠寺美玲はそれ以上、何も語る事無く、静かに双銃を男性に向けた。
その直進的な行動に男性は案の定、ゴーレムを盾に身をひそめる。
それでもなお、美玲は双銃の引き金に手を掛け、焦点を合わせた。
男性はゴーレムに合図を送り、口を大きく開けさせて先ほどの砲弾を成形させる。
「——粛清だ。久遠寺美玲っ!」
男性の雄叫びと共にゴーレムは砲弾を発射。
砲弾は風を切りながら猛スピードで美玲目掛けて一直線に進む。
それでも、美玲はその場から一歩も動こうともせずに双銃を先方に向け続ける。
そして、美玲は徐に口元を緩め、凄惨な笑みを浮かべた。
今にも高笑いしそうなほどに凶悪な笑みを浮かべながら双銃の引き金を引いて——発砲した……。
乾いた二発の銃声から放たれた銃弾は猛スピードで目の前に迫りくる砲弾に着弾する。
しかし、小さな弾丸ではゴーレムが成形した砲弾を相殺する事など到底出来ない。
砲弾はその勢いを保ったまま美玲を射貫き、砂塵と砲弾が地面に着弾した際に生じる大きな地響きだけが辺りを包み込んだ。
廃墟とは言え、鉄筋コンクリートで出来た建物を粉砕するほどの威力を誇る砲弾を避ける事無く、真正面で受けた彼女が無事で済むはずがない。
——だから、男性は勝利を確信した。
たとえ、相手が時統べる魔女じゃないにしろ、どのみち対峙する相手だったのだから。
「結果オーライ」と、男性は考え改めた。
「これで……同志たちが報われる……」
男性はそう呟くと膝を着いて顔を押え。
——そして、涙を流した……。
長年に及ぶ、目的を達するために行動をしていた男性はその目的を後もう少しで達成する事が出来る、その喜びに浸っていた……。