ダーク・ファンタジー小説
- 終 章 〜夢見る愚者 後 篇〜 其の四 ( No.50 )
- 日時: 2012/07/01 21:43
- 名前: yuunagi(悠凪) (ID: wfu/8Hcy)
- 参照: http://ncode.syosetu.com/n2549z/29/
——一三一一軸、久遠寺事務所。
波形の長針と短針だけの装飾品が「ジリジリ」と音を立ててゆっくりと動き。
六時十三分なのか、十八時十三分なのか、定かではないその辺りを指して「チン!」とベルの甲高い音が鳴った。
そして、扉が「ガチャ」と音を立てて開く……。
「たっだいま〜」
「戻ったぜ〜」
「ただいま戻りました〜」
牧瀬流風と椎葉姉妹が調査を終え、揃って事務所にぞろぞろ入って来た。
彼らはいつも通りに物で散らかり放題の事務所内を縫うように進み、所長である久遠寺美玲は立派なデスク。
雨宮彗月はお気に入りの革製ソファー。
牧瀬流風は古ぼけた事務机。
椎葉姉妹は流風と同じく事務机だが新調仕立ての真新しい物……。
——と、各々の事務所での居場所に向かう。
ちなみに久遠寺美鈴が事務所に入り浸る場合は彗月のお気に入りのソファーを使用するため、彗月は追いやられるような形で事務所の端の方にある通称「セカンド寝床」と呼ばれる段ボールが敷き詰められたその場でゴロ寝する事しばしば……。
「——あら? ずいぶんと遅かったのですね」
事務所内に聞き慣れない女性の声が聞こえ、流風たちは一斉に声がした方に振り向く。
と、そこには赤の久遠寺美玲が愛用しているデスクで優雅に紅茶を嗜む黒の久遠寺美玲の姿があった。
「ありゃ? 黒姫ちゃんバージョンの美玲ちゃんが何でここに?」
「どういう風の吹きまわしだ?」
「……本当ですね」
流風たちは黒美玲の姿を見て少し驚いてしまう。
赤の久遠寺美玲が大司教と呼ばれる男性に述べていた通り。
黒の久遠寺美玲は本来外界用、外交用と言った用途でしか姿を現さない。
だが今、目の前にいるのはその外界用、外交用の変装した姿の美玲だった。
「ほら、たまには気分転換もよろしいかと……」
微笑みながら流風たちの質問に答える美玲だったが、まだ流風たちは納得していないのか徐に眉間にしわを寄せ、怪訝そうな表情を浮かべた。
そんな彼らの反応に美玲は見て見ぬ振りをして、紅茶を口に含む。
そんな中、事務所出入り口の上に飾られた波形の長針と短針だけの装飾品が再び「ジリジリ」と音を立ててゆっくりと動き。
六時十三分なのか、十八時十三分なのか、定かではないその辺りを指して「チン!」とベルの甲高い音が鳴った。
そして、扉が「ガチャ」と音を立てて開かれ、
「やっと、帰って来れた……」
「ただいま〜」
と、雨宮彗月と久遠寺美鈴が事務所に帰って来て。
案の定、彗月と美鈴の二人も散らかり放題の事務所内を縫うように進み、自分たちの居場所へと足を進めていると、あるモノに自ずと気付いてしまう。
「あれ? 所長、どうしたんですか? そんな格好をして……」
「お姉ちゃんのその姿。久しぶりに見た……」
黒美玲の姿を見るや否や流風たちと同じような反応を見せた二人。
それでもなお、美玲は何の反応もせずに優雅に紅茶を嗜み続ける。
すると、流風が小さく手招きをしている事に気付いた彗月たちは、その手に引き寄せられるに彼の元に近づいて行く。
「な〜んか、美玲ちゃんの様子がおかしいと思わない?」
「ちらちら」と横目で美玲を一瞥しながらも彼女の事を心配してか、そう話す流風は徐に円陣を組み、美玲に聞こえないように小声で「美玲トーク」を開催した。
「——いや、いつも通りな気がするが……。それよりもくりそつ姉妹のそれは最近流行りのファッションか何か、か?」
と、まず先陣を切って、彗月が話を切り出した。
「……まぁ〜そんな所だ。——それよりも彗月は見る目がないなぁ〜」
「うん、彗月ちゃんは見る目がないです」
椎葉姉妹にそう返され。
「私も右に同じ〜」
「僕も〜」
彼女らに便乗するように美鈴と流風も彗月に意見する。
——実の所、最初の彗月の指摘に椎葉姉妹は表情を歪めていた。
それは言うまでも無く、久遠寺美鈴に決してバレてはいけない事情があったため……。
しかし、強引にも話しが進み、椎葉姉妹は事無きを得て、人知れずホッと安堵の息を漏らす。
「——私もそう思いま〜す」
彗月以外、全員椎葉妹の意見に賛成したかと思われたが……何かがおかしかった。
『……あれ?』
と、彗月たちは疑問に思った。
そして、一人多いような気がし。
——恐る恐る、声が聞こえた方向に視線を向ける。と、
『うわっ!』
目の前の光景に堪らず、彗月たちは一斉に驚いてしまう。
そこには、まさかの本人がいつの間にか「美玲トーク」に参戦していたから……。
それに何だか「ニコニコ」と愉しげに小さく挙手をしながら椎葉妹の意見に同意していたのだ。
そんな彼女の姿に皆タイミングを見計らったように大きく嘆息を吐き。
そして、彗月以外の皆はこう思った……。
——ちょっとでも心配した自分が馬鹿だった、と……。
そんな彼らに対して、題材に取り上げられた張本人は首を傾げ、きょとんとしていた……。