ダーク・ファンタジー小説

1 ( No.2 )
日時: 2012/06/21 21:52
名前: すずか (ID: WylDIAQ4)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode

「あー、着いた着いた」
「かナり遠かっタ」

 マヴァル大陸の東半分を治めるイルガ国、その最東端に位置する辺境の町『ラベル』。貿易商団護衛の依頼を受け出発してから3日間、ようやく目的の地に辿り着いた。レーグとユズハは大きく伸びをする。レーグの背中に担がれた大剣が、ガチャリと音を立てた。

「ああ、レーグ殿にユズハ殿、ありがとうございます。無事にたどり着けたのもお二人のお力があってこそです。少ないですがこれを」

 商団のグループを代表して、恰幅の良い男性が二人に向かって礼をする。手にはいくらか金貨の入った袋。

「いえ、それは頂けません。まだ依頼は完了していませんので。無事に城下まで送り届けてから受け取らせてもらいます」
「貰っテおけばいいのニ」

 後ろでボソリと呟くユズハに拳骨をくれてから、レーグは商人へと向き直る。

「ところで、何故こんな田舎に?」
「いや、ここの町で生産が盛んである薬草が、近頃城下でじわじわと人気を広げていましてね。今のうちに買い込んでおこうと」
「成程。では、一度解散しましょうか。その方が其方も行動しやすいでしょう。集合は、明日の……そうですね、早い方が良い、5時半にでも」
「分かりました、それまでに商売を済ませておきます」
「お願いします。ではまた後ほど。ユズハ、行くぞ」
「どコに」
「……特に決まってない」
「使えナい奴だ」

 遠ざかる2人の後ろ姿を眺めながら、商人達が呟きを漏らす。

「若いのにしっかりした騎士様だ」
「そりゃあ、騎士様なんだからしっかりしてるだろうよ」
「全くだ。あの傭兵の嬢ちゃんも、可愛らしい見かけによらず、えらく手錬だったな」
「ビースターは見かけによらんってのは本当だな。よし、こっちも行くぞ」




「暇ダ」
「知ってるよ」

 焼き林檎を齧りながら、ユズハが無表情に呟く。髪と同じ色をした赤い毛並みの尾が、ばさばさと地面を叩く行動はユズハが不機嫌なことを示すものだ。そのことをレーグが知ったのは、つい一月ほど前の話である。その尾と、頭のピンと尖った狐の耳が、行き交う人々の目を引く。城下ではビースターなど珍しくもないが、ラベルには滅多に見かけないようだ。そもそも、ユズハの場合は見栄えも良いので、耳と尾が無くとも視線は集中するだろうが。
 
 ビースターと呼ばれる種族がこの大陸に渡来してきたのは、僅か20年ほど前の話である。背丈や姿はほぼ人間と変わらないが、獣の耳と尾、そしてそれぞれ一風変わった特技を持つ彼等を、マヴァル大陸の人間はそれほど大きな混乱もなく受け入れた。それこそビースターが拍子抜けするほどである。元々温厚な性質であり、宗教による偏見なども無かった事が幸いしたのだろう。また、彼等の持つ特技がどれもこれも非常に役立つことも理由の一つだ。以後、ビースターはマヴァル大陸に住み着き、人間と共に、至って普通に暮らしている。
 そんな種族のユズハも、勿論変わった力を持つ。今、ユズハの手にある林檎が焼き林檎へと姿を変えたのも、その力のおかげだ。その攻撃的な能力と、元々備えていた高い身体能力を生かし、ユズハは傭兵として生計を立てている。

「あんなこと言ったが、日没まですることねぇな……」

 そして、ユズハと契約を結んでいるのが騎士レーグ。一目見ただけでは端正な顔立ちをした、線の細い青年としか思えないが、その実騎士団でも密かに注目を集めている、期待の新人である。愛用の武器は両刃の大剣。
 騎士団と傭兵団、違いはさほどない。依頼先が国か国民か、あとは騎士になると当番制で回ってくる城下の警備ぐらいか。それ以外は大して中身は変わらない。勿論、国家公認である騎士団の方が、依頼料は高額。騎士団に加入するには実力試験があり、受かることはかなり名誉なことだが、堅苦しいイメージがあるようで、楽々と試験に受かる実力者が傭兵団に居座る、といったことも多い。その結果、全体としての戦力差はそれほどない。無論、傭兵団の方がムラッ気があるが。
 
 騎士と傭兵が行動を共にする姿は、イルガ国では自然に見かけるものになっている。その方が、依頼をこなしやすいからだ。騎士が持ち寄った依頼をパートナーの傭兵とこなす、またその逆の光景も極普通に見られる。正式な契約としては、騎士が傭兵を雇うということになっているが、特に主従関係が発生することはなく、それこそパートナーの体で依頼をこなす。勿論、単独で依頼をこなすこのもアリだ。これが、今のイルガ国の傭兵と騎士であり、おおよそ関係は良好といえる。

「林檎をもう1ツ食べタい」
「俺も食いたい。ついでに買ってやる」
「ふとっパら!」
「どこで覚えたんだそんな言葉」

 意味が分かっているのだろうか、と疑問に思いつつも、目の前の果物屋で再び林檎を購入する。購入ついでに、暇を潰せる場所がないかと店主に聞いてみた。

「暇潰しですか?そうですねえ……騎士様なのでしたら、そこの路地裏にある鍛冶屋とかはどうですかね」

 店主が指差す先に、細い路地が見える。人一人がやっと通れるぐらいだろう。

「鍛冶屋ですか」
「ええ。若いのに、かなり腕が良いと評判みたいですよ」
「へえ、それは。ありがとうございました、行ってみます」



 林檎を齧りながら歩くこと数分、二人は目当ての鍛冶屋にいた。店内は整理整頓はされているものの、全体的に煤けている印象を与える。鍛冶屋だからしょうがないものではある。ユズハがきょろきょろと店内を見回すが、人の姿はない。

「人、いナいのか?」
「看板は開店だったから、必ずいるはずだが……すみません、誰かいますか?」

 レーグが少し声を張り上げると、奥にあった机の影から、一人の人物がむくりと起き上った。

「……らっしゃーせー」

 酷くしゃがれた声で眠たげに返事をしたのは、声とは裏腹に整った外見を持ち、頭にごついゴーグルをした若い黒髪の青年だった。