ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.115 )
- 日時: 2015/02/07 21:59
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
◇ 明日へ流すは人の才
ゆっくりと目を開けた美咲がまず最初に見たのは、天井だった。
ガラスに包まれた裸電球が自分に向かって吊り下がり、ワンパターンな文様が書き込まれた天井。
そんな在り来りな天井を見ながら耳元に冷たさを感じ、
美咲は自分がどこかのゆかに寝そべっていることに気が付いた。
「う……ぅぅ……」
ひどく頭が重い。
まるで1週間ずっと寝ていたかのように、体が上手く動かせない。
それでも美咲は壁に手を付き、自分の体を引っ張りあげようとして、
「え……これって……便器?」
——自分のすぐ隣にあった便器に気付く。
どうやら美咲が倒れていた場所はトイレだったようだ。
「何でこんな汚い場所に……」
こんな場所で寝ていたことを知り、顔をしかめる美咲。
しかし近くにあった便器のおかげで、美咲はゆっくりとだが立ち上がることができた。
立ち上がった後、美咲はもう一度自分が倒れていた空間を見渡す。
「……どう考えてもここ、私の部屋の隣にあるトイレ、だよね」
2階トイレ。つまり自分の両親共々、自分の命を断ったあの場所に美咲は戻って来たのだ。が、
「一体……どうしてこんな場所に……」
美咲はそのことに全く気づかず、ただ不思議そうにトイレを見回していた。
その顔には感動した様子も安堵した様子も、失望した様子も無い。
——どうやら、ティッシュに関する記憶そのものを失っているらしい。
「……とりあえず部屋に戻ろう。こんな場所で考え事とかしたくないし」
結果、美咲は記憶が曖昧になっていることを不審に思いながらも、とりあえずこんな場所に長居はしたくないと手足に付いたゴミをはらい、トイレの扉を開けた。
——と同時に廊下に立ち込める冷気に体を震わせる。
「寒っ。……ん?」
その冷たさに一瞬、美咲は既視感——デジャヴを感じた。
どこかで、どこかでこの寒さ……感じたことはなかっただろうか、と何かを思い出しかけた。
が、その記憶をたぐり寄せる前にその感覚は霧のように霧散する。
「何……だろう、今の」
結局分からずじまいのまま、美咲はモヤモヤしながら自分の部屋に戻った。戻ると言っても先ほど言ったようにトイレは美咲の部屋の隣なので、4、5回足を動かしただけなのだが……とにもかくにも美咲は自分の部屋のドアを開けた。
——瞬間。絶句する。
プラモデル、プラモデル、ブロック、ブロック、漫画、携帯ゲーム機、電源コード、電源コード、充電器……。
そんな美咲にとって縁もゆかりも無いモノが部屋中に散乱していたのだ。
いや、それどころではない。
部屋の間取りこそ同じだが、置かれている家具も部屋が持つ雰囲気も美咲の部屋とは似ても似つかない、全く別のものに変わっていた。
「……どういうこと? 何でいきなり部屋がこんな風に——」
「あぁあああぁあ!!」
予期せぬ事態に困惑する美咲。
しかし戸惑う暇など一切無く、今度は部屋の中から誰かが声を上げた。
「だ……誰だお前ッ!!」
——男の子だった。美咲よりいくつか幼い男の子の声。
美咲がいきなり部屋に入ってきたことに驚いたのか、ひどく怯えた様子で何度も何度も「来るな……! 来るなぁッ!!」と泣きじゃくるその男の子に対し、美咲は言葉を失う。
何……なの? この子はどうしてここにいるの……? 私の部屋は……?
疑問に次ぐ疑問に襲われ、そんな意味のない自問自答を繰り返しながら立ち尽くす美咲。
そんな美咲をあざ笑うように、部屋の中から響く声は大きくなっていった。
「お父さぁん!! お父さぁあん!!」
「違っ……あのね、私は……」
さすがにこのまま泣きじゃくられては困ると、条件反射的に男の子をなだめようとする美咲。
しかし、そんな最悪な状況下でさらに異なる声が美咲の後ろから響いた。
「建志! おい! 一体どうしたんだ、建志!!」
今度は野太い男性の声。野太く、どこか優しく、
そして……美咲が知っている声だった。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.116 )
- 日時: 2015/02/07 21:52
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
「お父さん……?」
美咲の父親、幾田秀。
男の子の声とは反対側、廊下にある両親の寝室から聞こえてきたのは父親の声だった。
記憶を失っている美咲はその声を聞いて安堵のため息を吐く。
よかった、少なくとも父親ならこの場を穏便に済ませてくれる。
そんな的外れな期待をしながら、美咲は声のした両親の寝室を凝視した。
「だ、誰だ……? アンタ……」
だが、美咲の期待を一身に受け、その扉から出てきた父親は美咲を見るなり目を見開き、数歩下がってから、訝しげに眉をひそめた。
「え? 何言ってるの……? 私っ! 美咲! 分かるでしょ? お父さん!」
予想外の反応に驚き、必死に説得を試みる美咲。
しかし父親はさらに顔をこわばらせ、美咲に向かって怒鳴り散らした。
「何なんだよアンタ! うちの建志に一体何をした!!」
「は……はぁ?」
美咲は理解できないとばかりに父親に悪態を吐くが、父親は美咲の話をきっぱり無視し、「退けッ!」と美咲を押しのけながら部屋の中に入っていった。
「建志!! おい建志! どうしたんだ? 何があった? お父さんに言ってごらん」
部屋に置いてあるベッドにそう話しかける父親。
するとベッドの中から先ほどまでの声の主と思われる小学生ぐらいの男の子が出てきた。
「お父さん!! ……ぁぁ、あのね、お姉ちゃんが、そこのお姉ちゃんが……」
「そこに居るお姉ちゃんがどうしたんだ!?」
「……お姉ちゃんが、いきなり部屋に入ってきたの!」
男の子は美咲の父親に向けて、涙声で必死にそう語った。
父親はその言葉を聞いて安心したのか「……そうか」と言うと、男の子の頭を撫でる。
「……分かった。父さんがきちんと話をつけてくるから、もう大丈夫だよ」
「う……うん!」
父親は男の子に何度も温かい言葉をかけて安心させると、
今度は鬼のような形相で美咲のいるドア付近まで歩み寄った。
「……どういうこと?」
父親がとった一連の行動に対して、美咲は率直にそう感想を述べる。
「どういうことはこっちのセリフなんですがね……」
対して父親は、男の子の無事を確認したことで若干物腰が柔らかくなったものの、相変わらず威圧的な口調でその言葉を返す。
「……何で? 何であんな子がいるの? うちの子供は私1人のはずでしょう?」
その態度に腹が立ったのか、美咲はさらに問い詰める。
が、それに対して父親は決定的なひとことを口にした。
「えぇ……うちには妻と私と、そして子供は建志。幾田建志だけですが?」
「…………は?」
「何度も言わせないで下さい。……要するにアンタは《部外者》だってことですよ」