ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.120 )
日時: 2015/02/13 17:44
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)

「部外…者?」
 部外者。という言葉に美咲は眉をひそめる。
部外者、つまり美咲は今父親から赤の他人だと宣言されたのだ。冷静でいられるはずがない。
しかし父親は美咲に対して「ふぅ……」とため息を吐くと、あきれたような声で言った。
「……いい加減にしてくれませんか? 住居侵入ぐらい目をつぶりますから、さっさと出て行って下さい」
 そう言うなり父親は美咲の手を引き、1階玄関へと歩き始める。
その足取りは早く、さっさと出て行けとあんに告げていた。
その強引な行動に対して、美咲は手を引かれながらも父親に向けて怒鳴る。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お父さん! 本当に私を覚えてないの!? ねぇ!」
 今まで一緒に——何の疑いもなく一緒に過ごしてきた。それなのに一体何を言い出すの?
そんな強い主張を込めて大声を発した美咲に対し、父親は呼応するかのように立ち止まった。
「! 私のこと何か思いだしてくれたの?」
 やっと自分の話を聞いてくれた。
その反応に希望を見出し、声のトーンを上げて再びそう叫ぶ美咲。
だが父親はそんな美咲を一瞥いちべつすると「はぁ……」と溜息を吐いた。
「ダメだ……。このガキ頭が狂ってやがる」

「……は?」
 あの時と同じ父親の素の態度に二重の意味で驚き、言葉を無くす美咲。
しかし目と口を開けただ呆然とする美咲をよそに、父親は自分が出てきた寝室に向かって言葉を吐いた。
佳美よしみ、警察に連絡してくれ。保護してもらおう。僕らには手に負えない子だよ、これ」
「は……はい」
 すると両親の寝室から見知らぬ女性が顔を出した。大人しく気が弱そうなその女性は父親の支持に従い、すぐに寝室に戻ると震え声で警察に通報し始める。それに対し、普通なら無理矢理にでも通報するのを止めそうなものだが、そんなことより美咲は佳美と呼ばれている女性の登場に動揺した。
「ちょっと待って……その人いったい誰なの?」
「チッ」
 もう隠す気も無いのか父親はあからさまに舌打ちをする。
「君には関係の無いことだろう?」
 それでも紳士的な態度を崩すことはプライドが許さないらしく、あくまで紳士的な口調で美咲を睨んだ。
その態度に、記憶を失っているとはいえそれが父親の素の態度だと把握した美咲は掴みかかる勢いで父親に迫る。
「関係ある……ッ! うちのお母さんは……幾田真澄はどこに行ったの?」
 だがそれは父親にとって獣が吠えている程度の罵声でしかないらしく、
父親もまた本性をチラつかせつつ押し返した。
「幾田真澄? 知るかそんな奴。もしかして君、家を間違えたんじゃないのかい? ん?」
 強く、しかし明らかに美咲を憐れむような口調。
その言い方に堪忍袋の緒が切れた美咲は、なけなしの言葉を吐き捨てながら父親に向かって腕を振るった。
「間違えてないッ! お父さんが——幾田秀すぐるが結婚したのはお母さんでしょ!? ……このっ——」
 次の瞬間。廊下に甲高いパァン! という破裂音が響き渡った。

Re:  このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.121 )
日時: 2015/02/13 17:47
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)

 それから数秒後。
誰も何も言葉を発さなくなった廊下に、再び声を響かせたのは父親だった。
「気持ち悪い……本当に不愉快だ」
 侮蔑を込めた視線を《頬を張った》美咲に向けながら低い声でそう呟く父親。
「どこの馬の骨とも分からない父親と誤解するのは君の勝手だ……だがね! 赤の他人が気安く僕の名前を口にしないでもらおうか」
「ぁ……ぁぁ……」
美咲はそんな父親の暴言に突き刺されながら張られた方の頬を抑え、地べたに崩れ落ちたままうつむき続けていた。
「それとも何かい? 君は僕に親しみが湧くほど僕の周囲を嗅ぎまわっているのかい? ん?」
「……」
 父親の理不尽な質問に答える気力は、もはや美咲には無かった。
もう何を言っても無駄な気がしたし、何を言っていのか分からなかった。
 だが沈黙する美咲を見て父親は憐れむように鼻で笑った。
「返答なし……か。これはストーカー行為も視野に入れないと——」
「あなた、やりすぎると……」
 父親と違い、さすがに良心があるのか佳美と呼ばれている女性が父親を制止する。
父親は1つため息を吐くと「分かってるよ……」と渋々口を閉じた。
——と同時に外から独特のサイレンが響く。

 警察だ。通報して数分でこの家の前まで警察が駆けつけたのだ。
「来たか……さすがここら辺は見回りが厳重なぶん、到着が早いな」
おそらく見回り中に駆けつけたであろうそのパトカーに父親は少し驚きながら、また寝室に向かって言葉を吐く。
「ともかく、警察に保護してもらって余罪を調べてもらおう……佳美、警察の方を案内してくれ」
「ぁ……はい」
 女性——佳美はそう言い終わると寝室から飛び出し階段下の闇へと消えた。
残された父親は「まぁ」と呟くと、未だに立ち上がらない美咲を見下しながら独り言を口走る。
「個人的にはその前に、精神病院での治療が必要だと思うけどね。
こんな気が狂った娘の証言があてになるはずが——」
「……ッ!!」

 そう父親が言いかけた瞬間、突如美咲は父親に掴みかかった。
理由は分からない。ただ衝動的に——獣のように父親の顔へと手を伸ばす。
「なッ……クソっ」
が、直前で気付いた父親に手で払われた。
 勢い余って床に落ちる美咲だったが、
「ぁぁ……ああああああ!!」
それでも父親の腕にしがみ付き、爪を食い込ませる。

「クソッ! 離せッ……離せ糞ガキがァッ!!」
 痛さのあまりに悶絶しながら、父親は美咲を自分の腕から無理やり引き剥がした。
またしても床に叩きつけられた美咲は、しかしそれでも立ち上がる。

 本人の記憶にはないだろうが今日1日、通常ではありえないほどに疲労したはずの体がなぜか軽い。
それどころか普通なら悶絶するほどの勢いで叩きつけられたというのに、全く痛みを感じなかった。
「ぅっ……くっ」
 だがそれと同時に、美咲の頭に激痛が走る。
打ち付けてもいないのに、頭の左半分と左目に異様な痛が走る。
 まるで左目から左脳までを1本の針が貫いているかのような鋭い痛み。
その痛みに耐えながら、美咲はキッと父親を睨んだ。

「ひぃ……ッ」
 瞬間、父親は化け物でもみたかのように青ざめた。が、すぐに父親は美咲の背後に視線を移すと、かすれた声で力の限り叫ぶ。
「そいつです! そいつを連れて行って下さいっ!!」
 いきなり声を上げた父親の視線を追って、美咲も後ろを振り返った。
するとそこには、おそらく佳美に招き入れられたのであろう警官2人が立っていた。

「あぁあああ!! 嫌ぁあああああ!! 離して!! 離してッ!!」
 そのうち片方の警官に両腕を捕まれ、美咲は狂ったように絶叫する。
無茶苦茶に腕を振り上げ、大声を上げ、ただひたすらに抵抗した。
 しかし父親をなだめていた警官が1人では無理だと判断して美咲の腕を拘束し、
その結果、美咲は警官2名に腕や肩を掴まれながら、階段下の闇へと消えて行った。