ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.130 )
- 日時: 2015/03/10 21:31
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: o6EPdGyL)
「……あはっ」
そして全てを思い出した美咲は——
「あはははははははは……」
背負わされた絶望の重みに耐えかね、笑い出す。
もう、どうしようもなかった。
自分はこの世界でたった1人、生きていかなくてはならない。
そんな決意すらできないまま、美咲は笑い、笑い、笑い。
「あぁ……あぁああああ、ああ!!」
そして次第にそれは絶叫へと変化していった。
「っ!」「どうしましたか?」
その声はパトカーの外にも漏れ、すぐさまパトカーの近くで警備していた警官と、
家族への説明を終えた和田が美咲のもとへと駆け寄る。
「ぁ……ぅ、ぐ」
そのことに気が付いた美咲は、急いで口を手で抑え声を殺した。
これ以上怪しまれてはいけない。今は、どうにか正気を保たないと……。
そんな理性的な緊張感とそれ以上の絶望がその一瞬、美咲の中でせめぎ合った。
「……ぅ、ぁ、ぁあ、あ……あ」
だが、結局理性は数秒も持たずに決壊し、美咲は手に顔を埋めながらすすり泣く。
むしろ数秒間でも絶望を押しとどめた美咲はまだ理性を失っていないとも言えたが、それでも美咲は絶望に身を委ね、車内に嗚咽を響かせ続けた。
——が、数秒もしないうちに美咲は気付く。
あれ? ……何で入ってこないの?
警官が駆け寄ってくるのを見てから、もう1分が経過しようとしている。
だというのに警官は車内に入ってくる様子はない。
「…………?」
不可思議な展開に美咲は涙に濡れた目をこすりながら窓の外を見た。
「美咲ちゃん! 美咲ちゃんッ!!」
そこには真っ青になって窓ガラスを叩く、警官2人の顔があった。
「え……な、どうしたん……ですか?」
ただならぬ雰囲気に袖で涙を拭いながら、体を起こす美咲。
すると片方の警官が震えながらドア越しに訴えた。
「ドアが……パトカーのドアが開かないんだ!!」
「は……?」
予想斜め上の返答に口を開け、呆然とする美咲。
警官は続けて言う。
「和田が説明に行っている間、このパトカーには誰も近づいていないはずなんだけど……ナゼか鍵を差し込んでも全く反応が無くて。……ゴメンけど美咲ちゃん、内側から開けてくれない?」
「わ、分かりました」
くぐもった車外からの説明にひとまず納得した美咲はすぐさまドアを内側から開く。が、
「よし……」
(ガチャン……)
「……え?」
美咲が解錠した瞬間、まるで誰かがイタズラしているかのようにふたたび鍵がかかった。
「な、何で!?」
(ガチャン……ガチャン……ガチャン)
めげずに何度もドアを開こうとする美咲。
しかしそれを嘲笑うかのように何度やっても鍵がかかる。
そんな不毛な繰り返しの最中、
(ガ……コンッ)
突如、車体が小さく揺れた。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.131 )
- 日時: 2015/03/10 21:40
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: o6EPdGyL)
「何……? 今の……」
ストッパーが外れたような感覚に手を止める美咲。
警官2人も何かに気が付いたのか、窓越しに声を上げようとしたその直後、
(キィキキキキ……ブォォン! ブロロロロロロ……)
息を吐く間もないまま、パトカーから甲高い起動音が響いた。
「何……? 何なの?」
「嘘だろ……? 鍵も無いのに何でエンジンがかかるんだよ……」
意味不明の事態にその場に居た人間が呆然とする中。
和田はとっさの判断で声を上げる。
「美咲ちゃんっ!! 前にあるレバー分かるかい? それを——」
(ブゥン……ブオォォオオォォォォォォォォォオオオオオオオオ——)
——が、間に合わない。
誰も居ないはずの運転席にあるアクセルが限界まで踏み込まれ、パトカーは警官2人を振りほどきながら急発進した。同時に美咲は急加速の衝撃に耐え切れず、後部座席の背もたれに叩きつけられる。
「ぁ……が……ッ」
幸い背中から叩きつけられたため腕や首に外傷は無かったものの、鉄砲玉のように自分を横切ってゆく景色を否応なしに見せつけられ、美咲の顔から一気に血の気が引いた。
なぜなら知っていたからだ、自分が進んでいるこの真っ直ぐな道の先が《行き止まり》だということを。
美咲の住んでいる住宅街は真っ直ぐな小道をはさんで右左に一軒家が建っているような場所で、今、パトカーはその小道を走っている。そのままこの小道が続けばパトカーは止まること無く進み続けるだろう。
しかし、美咲の家から進行方向800m先には、曲がり角があるのだ。
曲がり角。運転手が居ないこのパトカーにとってそれは紛うこと無き《行き止まり》だった。
「嫌ッ……そん、なッ——」
悲痛な声を上げながら美咲は必死に運転席のハンドルを握ろうとするが、
後部座席の背もたれから体を起こすことすらできない。
残り560m、480m、400m。
法的速度などとっくの昔にオーバーしているパトカーの中で、
美咲はその曲がり角と、そこに建っている一軒家を黙視した。
「…………」
もし曲がれなかったら、私はパトカーごとあの一軒家に突っ込む。
もしかしたらそれも悪くないのかもしれない。
このまま居なかった子供としてこの世界で生きるよりも、
むしろ今、ここで死んでしまえばそれはそれで楽なのかもしれない……。
残り160m、80m。
車が限界まで速度を上げたことで、徐々に体が楽になってゆく。
今、ここで闇雲に手を伸ばせば、まだ助かる《かも》しれない。
しかし、美咲は動かない。動く必要は《無い》と考えた。
「いいよ……もう、ここで」
最後にそう呟くと美咲はゆっくりと目を閉じ、
迫り来る《死》をただ黙って受け入れた。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.132 )
- 日時: 2015/05/16 19:04
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
——それから、どのくらいの時間が過ぎただろうか。
特に衝撃を感じなかったものの、美咲は目を閉じたまま自分の死を確信していた。
あれだけのスピードで民家に突っ込んだんだ、
痛みを感じないまま死んでもおかしくない。そう思い込んでいた。
しかし、ゆっくりと開かれた美咲の目に飛び込んできたのは——
「え……?」
今や遠い記憶となったあの家出の時に見た商店街だった。
道を照らしていたネオンは全て消灯し、どの店もシャッターを占めているが、
紛れも無くあの時美咲が見た商店街そのもの。
店と店が所狭しと並ぶその中心に、美咲が乗るパトカーが止まっていた。
「どういう……ことなの?」
美咲はパトカーの中でそう呟くと、ひとまず後部座席の扉を開く。
特に怪しい点はない。
扉の向こうには冷たい空気とアスファルトがあるだけで、また勝手に鍵が閉まることも無かった。
「…………」
美咲は恐る恐る開いたドアから足を出す。
もしかしたら目の前のこの景色すら偽物かもしれない。
足を出した瞬間に跡形もなく消え去って、私が足を踏み外すよう仕掛けられたトラップかもしれない。
超常現象の繰り返しに襲われ続けたせいかそんな通常ではありもしない危険に怯え、足を踏み出すだけでも疑心暗鬼に駆られる美咲。しかし予想とは裏腹にパトカーを出ても目の前の景色が消えることはなく、商店街の地面は美咲の両足をしっかりと支えていた。
「……ますます意味がわからない」
だが、だからと言ってこの怪奇現象に説明をつけることはできない。
むしろ、ここが夢でなく現実の商店街だという事実のほうが美咲には信じられなかった。
無論というか当たり前なのだが美咲の家と商店街が壁を隔ててお隣さんなんてことはない。
数時間前、美咲が家から徒歩で辿り着いた場所とはいえ、車で行ったとしても数分はかかる。
だというのにこのパトカーはその距離をたった数秒ですっ飛ばしてここまで辿り着いたというのだろうか。
そう考えるとむしろ化け物じみているのは私が乗ってきたパトカーの方なんじゃ——。
と、思考を巡らせていた美咲は条件反射的に後ろを振り返り、自分が乗ってきたパトカーへと視線を移した。
——瞬間、顔を引きつらせる。
さっきまでパトカーがあったその場所には、不自然に途絶えたブレーキの跡しか残っていなかったのだ。
つまり……ブレーキの跡だけを残し、車体が消えた。
いや、それだけでは無い。
消えた車体のそばに美咲の靴が、
この『書き換えた』世界には存在しないはずの靴が、
まるで「不便でしょう?」と言いたげに置いてあったのである。
「…………」
美咲は一瞬戸惑ったものの、靴下で道を歩くわけにもいかないと思い、置いてあった靴を履く。
過去を書き換える前となんら変わらないその靴のかかとに足をねじ込みながら1人、美咲は呟いた。
「なるほど。ここもマトモじゃないってわけね……」
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.133 )
- 日時: 2015/03/22 19:50
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: o6EPdGyL)
この商店街そっくりな場所は自分の知っている商店街とは全くの別物である。
そう考えて周りを見るとおかしな点がいくつかあった。
まず人が居ないどころか、物音1つしないこと。
深夜とはいえ、街中にある商店街。住民の生活音はともかくゴミ収集車を含めた機械類の音が全くしないというのはどう考えてもおかしい。
もう1つは自分の周りだけが奇妙に明るいこと。
深夜なら街灯ぐらい点いているはずなのに、自分がいる場所だけが奇妙な光に照らされ、それ以外はまるで切り取られたかのように見えないのだ。
「まるで、劇か何かのステージに立っているみたい」
作られた舞台のような空間。
まだ確信には至らなかったものの、美咲は辺りを見回してそう感想を述べた。
——と同時に美咲は奇妙な不快感に襲われる。
「……何だろう。ナゼかは分からないけど、なんだか誘い込まれているような、嫌な予感がする」
まるで自分がステージに吊るし上げられているような、あるいは晒し者にされているような、そんな雰囲気を肌で感じとる美咲。まだ鮮明に思い出せないとはいえ、『あの世界』で黒髪の女性に言われた言葉を意識しているのか、その視線は鋭かった。
しかし、車が消えて約5分後。
その間必死に周囲を警戒していた美咲だが、一向に何も起こる気配がない。
そうなると徐々に緊張感が薄れてくるのか、美咲はこわばっていた体から力を抜いた。
「私が動かない限り、何も起こらない訳か……」
とは言っても、この場所を動くことが正解だとも思えない。
結局美咲はその場に立ち尽くし、もう少し待ってみようかと腕を組んだその時——
——ガサッ
「な! ……誰!?」
背後から怪しげな物音が響き、気が抜けていた美咲はワンテンポ遅れて振り返る。
が、そこにあったのは、スーパーやコンビニでもらえる、よくあるビニール袋だった。
「……なんだ、ビニール袋じゃない。驚かせないでよ……」
おそらく風にでも煽られて道に出てきたのだろう。
すぐにそう判断すると、美咲はふたたび周囲を警戒し始めた。
「ん? ぁぁ……」
するとそのビニール袋は風に煽られ宙を舞い、運悪く美咲の右腕にひっついた。
「邪魔しないでよ、鬱陶しい……」
特に邪魔というわけでもなかったが、鬱陶しいことに変わりは無く。
美咲はハエでも払うように右腕を振るわせ、ビニール袋を振りほどいた。——ハズだった。
「……え?」
ビニールを振りほどいたはずの右腕に違和感。
というより束縛感を覚えた美咲は条件反射的に自分の右腕を凝視する。
そこには縄のように——あるいはこちらを狙う蛇のように身をよじり、
ヒモ状となって美咲の右腕をズルズルと這い上がって行くビニール袋の姿があった。