ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.152 )
- 日時: 2015/04/26 20:18
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
タン、タタンと誰もいない商店街に突如、甲高い足音が響く。
傘を踏もうとしていた美咲がバランスを崩し、2、3歩後ずさりした音だった。
冷や汗を流し、必死に傘から目をそらそうとする美咲。
そんな美咲に対して傘は諭(さと)すように語りかけてくる。
『動揺するな。責めている訳じゃねぇ……ただの確認だ』
お前がここに来るまでやってきたことのな。
傘はそう言い含めると、『語ってみろ。それを聞くのが俺の仕事だ』と言って沈黙した。
「……」
気まずい沈黙の中、美咲はしばらく口を開かなかったものの、
ついに根負けしたのか、目を逸らしたまま今までの経緯を語り出した。
「もう昨日のことのようによく思い出せないけど……家出して、たしか黒髪の女の人からティッシュを渡されて、それで——」
と、その瞬間。
「——ッ!?」
美咲は既視感(デジャヴ)を覚え、鳥肌が立つほどに震え上がった。
黒い髪の女。
ショートヘアーで活発そうなのに、妙に暗く怪しい雰囲気を持つ女の人。
それが、真っ白な場所に立っている。
何もかも真っ白で、自分も真っ白で、ひたすらに静かな世界。
そこで彼女は私の方を向いている。私を瞳に映している。
アオク、青く、蒼く、瑠璃色に染まった眼球で私を飲み込もうと——
「……ッはぁ! はぁ……はぁ、はぁ……」
脳髄を突き抜けるような既視感。
気を失いかけるほどに強烈なそれからやっと開放された美咲は、ただただ息を荒らげた。
その様子を目の当たりにした傘はこう言葉をこぼす。
『まさか、お前。あの世界での記憶があるのか……?』
「あの……世界?」
おそらくつい口にしてしまったのだろう。
息を荒げながら聞き返した美咲に対して傘は、『いや、なんでもない』と早急に言葉を濁し、
腕もないくせに何度も咳払いをすると平静を装い、続ける。
『そうだな……黒髪の女だ』
「……はい」
その態度に思うところが無いわけでもなかったが、美咲はこれ以上聞いても答えてくれなさそうだと悟り、黙って傘の話を聞くことにする。
すると、傘はしばらく何かを考え込んでいるかのように沈黙したあと、
神妙な声色でこう美咲に告げた。
『そいつはな……紙代花っていう高位の付喪神。
もっと言えば俺のご主人。上司にあたる奴だ』
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.153 )
- 日時: 2015/05/01 18:46
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
カミヨ ハナ。
たしかさっきのビニール袋も『ハナ様が待っている』とその名を口にしていた。
だとするとかなり高位にいる付喪神なのだろうか……。と考える美咲。
——しかし、
「上司って……」
古来江戸時代の絵巻に出てくる妖怪から『ウチの上司』などという言葉が飛び出すことに違和感を覚えざるを得なかった。ハッキリ言って夢、壊さないでほしいと思った。
だが傘は、『付喪神だって組織団体なんだ。無茶言うなよ』とその不満を一蹴すると、また何事もなかったかのように話に戻る。
『で、そいつはとある理由でお前のことを気に入ってな……。
ティッシュ配りのバイトを装って、自分の分身であるポケットティッシュをお前に渡したんだ』
「ちょ、ちょっと待って……」
ここで理解が追いつかなくなったのか、美咲は傘の話をさえぎる。
「……気に入っていた? その人が私を?」
気に入っていた。つまりあの女性が自分に好意を抱いてくれていたという事実に耳を疑う美咲。ここまで自分を苦しめている犯人が、まさか自分好いてくれているとは夢にも思っていなかったからだ。
しかし傘は、ゆっくりと体をころころと振り『いや、おそらくお前が思っている好意とは違うだろう』と答えた。
『あいつはお前を観察するためにティッシュを渡したんだ』
「観察……?」
好意と言っていながらそれを否定し、なおかつ観察していたと言う傘の意図が分からないのか、眉をしかめる美咲。すると傘は『つまりな』とすぐに説明を再開する。
『噛み砕いて説明すると、自分の分身であるポケットティッシュを盗聴器がわりにして、
ずっとお前の行動を観察していたわけよ』
ったく、あいつも面倒なことをやってくれたもんだ。とため気を吐く傘。
さっきから上司、つまりあの女性に対してタメ口を利いている所をみると、上司ではあっても面倒を見ているのはこの傘らしかった。
とにかくおおよそ傘の言いたいことがつかめた美咲は少し不満げに口を開く。
「……原理はよくわかりませんが、言いたいことは分かりました。
それで、彼女はナゼそんなことを……?」
『ん?』
それに対し傘は意外そうな声を上げると、当たり前だと言いたげにこう呟いた。
『そりゃ、お前の不幸を傍から見て嘲笑うためだろ』
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.154 )
- 日時: 2015/05/03 17:13
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「……は?」
今まで傘に対してよそよそしい態度をとっていた美咲が、心の底から怒りを込めて傘を睨む。
「それで、そんな理由でよくも『気に入った』なんて言葉を吐けますね。あなたは……」
低く、ひどく落ち着いた声——殺気すら込められた冷静な声で淡々と吠える。
しかし化け物である傘に対してそんな叫びなど子守唄に等しいらしい。
傘は特に気分を害した様子もなく、冷静に美咲をなだめた。
『人間世界でどうかは知らんが、これはどんな付喪神でもやっているごく一般的な道楽、遊びだ』
「何が遊びですか!! こんな行為、嫌がらせ以外の——」
『笑われている本人が気づいてなければ何の問題もない。腑に落ちんだろうが諦めろ……』
激高する美咲の言葉を遮って、ひたすら言い聞かせる傘。
「…………ギィッ」
その態度を見て少し冷静になったのか、
美咲は奥歯を噛み締め、ひとまず怒りを抑えた。
やったのは目の前の傘ではなくあの女性だ。
ここで怒鳴ったところでどうしようもない。
そう自分に言い聞かせる美咲を無視する形で、傘は『話を続けるぞ』とまた口を開いた。
『で、そこまでならよかった……ん、だ、が』
『……なぁお前、そのティッシュをあろうことかトイレに流しただろ?』
——瞬間。場の空気が一瞬にして凍る。
今までとは明らかに違う、全てを見透かしたように研ぎ澄まされた声。
ほんの数秒前まで優勢だった美咲が青ざめるほどに冷静なその声で傘はなおも続ける。
『いやぁ……あいつに事情を聞いた時、素で驚いたよ。
まさかティッシュに字を書いてトイレに流す奴がいるとは…………なぁ? 幾田美咲』
おそらく美咲を睨んでいるのだろう、開かれた傘の先端——石突きの部分を美咲に向け、
まるで『今からお前を刺す』とでも言いたげな様子で威圧的な態度をとる傘。
対して美咲は、まるで傘の威圧から逃げるようにして1、2歩後退する。
それでもなお、傘は続けた。
『カミヨハナ。俺の上司は過去を水に流せる』
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.155 )
- 日時: 2015/05/05 21:04
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
『お前はもう知ってるだろ? 過去にあった出来事を“なかったこと”にする能力だ……』
1回目、成績が悪かったテストをなかったことにした。
2回目、母親に追い詰められて過去を消した。
3回目……全てに絶望して、死のうと思った。
たった一晩のこととは思えないほどに重い、重い、思い出。
それらが頭をよぎった美咲は苦しそうに顔を歪めながらうつむく。
同じように傘も何か思い出しているのか数秒沈黙した後、
本を読み聞かせるかのように、柔らかな声で語りだした。
『古来、付喪神を含めた妖怪が起こしていた“百鬼夜行”ってのはな、過去を水に流す儀式でもあったんだ』
傘に目があるのかは分からなかったが、傘はその情景が目に浮かぶかのように語る。
『怒り、悲しみ、憎しみ……いやそれだけじゃねぇ、どんなに純粋な愛も数百年の時が過ぎれば朽ち果て、呪いと化す。だから俺達付喪神が人間達の町を練り歩いて、そんな“この世に残っちゃいけねぇモノ”を祓い清め。流す……』
なつかしいなぁ、ホント。
と本心を口にしながら、傘は笑い。『だからってわけじゃねぇけどよ』と続ける。
『あの女はその力を、“過去を水に流す力”をそのまま受け継いでいる。だからこそあの女は俺達付喪神を従えることができるってわけよ……』
「何が……言いたいんですか?」
突然昔話を始めた傘の意図が分からず、顔をしかめたまま美咲は言う。
すると傘は『なぜお前に渡されたティッシュ——あの女の分身が過去を流す力を持っているのかって話だ』と長ったらしい前置きをして語る。
『突然変異……とでも言おうか。お前を観察する“ダケ”だったはずのポケットティッシュが、文字を書き、水に流すという一連の行為によって、あいつの分身としての力『過去を変える力』を取り戻しちまったわけだ』
ふたたび冷静な声で語る傘。
それに対して美咲はこの事件がいかに曖昧であったのかを悟った。
つまり美咲が巻き込まれたこの事件は、“美咲がティッシュに文字を書いた上でトイレに流さなければ起こらなかった”事件であり、例の女性にとっても美咲にとっても予想外の展開だったということなのだ。
あの女性がやろうとしたことはあくまでイタズラで、自分をここまで苦しめるつもりは無かった。そう考えるとたしかに仕方の無い部分もあるのかな……。
そう思いかけていた美咲に対し、傘が吐いたのは美咲の精神を逆なでするような言葉だった。
『その結果、力を使ってお前は3度も過去を書き換え、そのせいで今回に事件が起きたわけだな』
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.156 )
- 日時: 2015/05/10 19:47
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「私に責任があるって……。そう言いたいんですか?」
まるで責任を自分に押し付けるかのような発言をした傘に、美咲は静かに唸る。
だが傘は美咲の怒りなど、どうでも良さそうに答えた。
『まぁ、自業自得だと……言えなくも』「でも原因を作ったのはあなた達ですよね?」
頭に血が登り始めたのか、傘の言葉を押しのけて吠える美咲。
丁寧な言葉づかいとは裏腹に、その唇は怒りに震えている。
それに感づいた傘は「むぅ……」と言葉を飲んだ後、投げやりに吠え返した。
『……たしかに。こっちの管理能力不足も原因の1つではある……だがな、そんな危険なモノを使い、事態を悪化させたのは紛れもなくお前だ』
「使わせたのはアナタ達じゃないですか!」『それなら、なぜ3回も使用した!』
——瞬間。不満が頂点に達したのか声を荒げる美咲を、傘がらしくない大声で押し返す。
『お前は少なくとも2回目の改変で『あれ』が持つ力の大きさを理解したはずだ。
それでもなお……ナゼ両親を消すために使用したんだ?』
「……っ」
2回目の過去流し。
ほぼ妄想に等しいティッシュの力を確認できたあの後、たしかに美咲はその力の大きさを理解したはずだった。
しかし、さっきまで居たパトカーの中で味わったのは想像を超える絶望。
過去を少し変えただけで、自分の生きる場所も生きる意味も失ってしまうという現実。
「それは……過去を書き換えることの恐ろしさがよく分かっていなかったからで——」
傘の言う通り、たしかに自分は軽々しく強大な力を使いすぎたのかもしれない。
そう感じた美咲は、素直に自分の非を認めた。が、
『いいや。おそらくあの女から渡されたのがピストルだったとしても、
お前は容赦なく両親を撃っただろうよ……』
傘はゆっくりと体を振る。——「違う」と、否定する。
その態度に美咲は、「何が」などと考える前に絶叫した。
「チガアァァアァウゥッ!!」
もはや言葉ですら無い。獣の咆哮としか思えない声量で美咲は文字通り吠えた。
理性を吹き飛ばすほどヒステリックに、目の前のバケモノを寄せ付けぬほど恐ろしく。
そして——自分の中にある何かに怯える子猫のように、美咲は吠え散らかす。
「そんナ詭弁で……! 屁理屈で! 誤魔化されるわけないでしょ!?
ワタシは……あなた達のせいで全部を、そう全部を失った!!
今さら責任転嫁なんて……許されるわけ無いッ!!」