ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.159 )
- 日時: 2015/05/16 18:34
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
美咲の声、叫びは商店街中に響き渡り、遠くから傍観していた付喪神達は赤い目もろとも「きゃっきゃ」と驚き慌てて暗闇の中へと逃げ惑う。
しかし目の前の傘は、白い傘化けは逃げないだろうと美咲は思った。
一体、どんな屁理屈を並べ立てて言いくるめるのだろう。
そう身構える美咲の頭上から、その声は響いた。
「誤魔化しているのはお前の方だろ?」
「……え?」
予想だにしていなかった声に、美咲はゆっくりと顔を上げる。
するとそこには——
「なぁ、嬢ちゃんよ……」
どこか悲しげな声を上げる、傘の姿があった。
誰も取っ手を持っていないのに、独りでに傘は美咲の頭上で浮いていた。
今となってはもう大概の怪奇現象には驚かない美咲だがいきなり自分の頭上に現れた意味が分からず「ナゼそんなことを」と思いながらも傘を凝視する。と
「雨……降ってたんだ……」
傘を覆っている布が細かく振動していることに気付く。
そう、このムカイにある商店街に雨が降り出したのだ。
まるで、父親と走ったあの商店街を思い出させるように、
雨はしだいに勢いを増し、美咲に覆いかぶさる傘と辺りの地面をめちゃくちゃに叩き始めた。
雨音。騒がしく荒っぽい、それでいてどこか物悲しい。
雨が奏でるそんな雨音に混じって、傘は美咲に語りかけて来た。
『なぁ嬢ちゃん。俺は所詮ガラクタだが……人と寄り添ってきた道具だからこそ、人の心が分かる。
お前が分からないと言い張ろうと、俺には……分かる』
優しく。ゆっくりと、最近咲いたタンポポのわた毛でも触るかのように、
傘は美咲に対して、1つ1つの単語を投げかけてゆく。
『お前が抱いた両親への『殺意』は、『憎しみ』は……気のせいなんかじゃねぇ』
「…………やめて」
しかし美咲は耳に手を当て、傘の言葉をかたくなに拒んだ。
聞きたくない。と、条件反射で拒絶した。
『理不尽な暴力の積み重ねによって生じた心の歪み。そこから生まれた暗く醜い感情は……抑圧されたまま、お前の心に根付き、ココロを蝕み続けていた』
「……聞きたくない」
しかし、いくら耳を塞いでも傘の言葉は美咲の耳の中で反響する。
雨音は傘の言葉をかき消すどころか、轟音となって美咲の心に突き刺さる。
『だからお前は、真実を知ったあの瞬間。自分の命をかけて両親に復讐しようとしたんだ』
「黙って」
美咲の口からは、氷のように冷たい言葉しか出なくなった。
『自己の利益のために自分と母親を地獄に突き落とした、父親に対して』
「聞こえないんですか、黙って下さい」
——だが、
『もはや憎しみを抱くことすらできなくなった、母親に対して』
「黙れ……っ」
真っ赤に血をたぎらせた美咲の目は——
『復讐をすることでしか、お前は自分の心を保てないほど……お前の心は壊れかけていたんだ』
「黙れ……っ!!」
——温かいナミダの上に浮いていた。
まるで赤子のように顔を真っ赤にしながら、
声を上げないよう、必死に歯を食い縛る美咲。
だが、傘はそんな美咲に最後まで語った。
『その感情を引き釣り出したのはたしかに俺達だ……だけどな、嬢ちゃん』
……語り尽くした。
『お前が母の操り人形であり、母が父親の操り人形であるという事実は何も変わりゃしないんだ』
幾田美咲という、壊れた少女の“ままならぬ運命”を……。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.160 )
- 日時: 2015/05/15 20:29
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
ドサッ、と何かが崩れ落ちる音がした。
「意味……。分かんない」
1つは美咲の体が。……何かに耐え切れずに。
もう1つは美咲の心が。
体とともに軋み、唸り、崩れ落ちた。
『お前はいつか自分の醜い感情と向き合わなくちゃぁいけなかった。
それがただ、今宵だったというだけの話……そう、それだけの話なんだ』
「…………」
傘の言葉に、崩れ落ちた美咲は黙って瞳を閉じる。
自分の心。
壊れそうな心。
美咲の瞼の裏に、小さかった頃の自分が映った。
まだ夢があった頃。まだ両親に微笑みかけていた頃。
まだ……人並みの幸せがあった頃の……記憶。
いつから自分はこうなったのだろう。
“いつから自分は、自分の人生に絶望しか感じなくなったのだろう”
そう問いかけても、目の前にいる幼い自分は答えてくれず。
美咲はゆっくりと目を開きながら悟った。
「あぁ……私ってこんなに汚れてたんだ」
思いを口にした瞬間、真っ赤に燃えている眼球が揺れ、ナミダが川となってこぼれ落ちた。
目尻を伝い、真っ赤になった頬を進み、静かに地面へと落ちて行く。
後から、後から落ちて行き、たった今足元にできた水たまりに波紋を描く。
傘はそんな美咲を静かに包みながら、せめて頬が涙以外で濡れぬよう、身を張りながら語りかけた。
『だから俺はお前に心から同情するよ……。俺だけじゃねぇ、お前のことはよくウワサになっていたからな、俺みたいなバケモノの中にも心配する奴は数えきれねぇほどいる』
自分達が化け“モノ”であるがゆえに、モノ扱いされた人間の心は痛いほど分かる。
そう言い含めると傘は呼吸を整えるように沈黙し、そして。
『だがな……』
元の厳格な声色で美咲を威圧した。
『たとえ人間的に真っ当な理由、切実な動機があろうと……『こっち側』に足を踏み入れ、人の道から外れた以上、お前をタダで帰すワケにはいかねぇ』
罪人を裁く裁判官としての態度。人間を忌み嫌う、妖怪としての態度。
いつの間にか戻ってきていた何十、何百という赤い目——「イヨイヨ、サバイテ、サバカレル」とザワつく付喪神達の前で——。まるで拍手喝采をしているかのような、激しい雨音が響くこのムカイで——。
『さぁ“奴が来た”。……選択の時だ、幾田美咲』
彼は……傘は。被告人である幾田美咲に対し、
今宵、一夜にわたる事件の審判開始を告げた。