ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.162 )
- 日時: 2015/05/22 19:52
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「こんにちは。幾田美咲ちゃん」
その女性はさも当たり前のように、うずくまる美咲の背後にいた。
「大丈夫? ずいぶん辛そうだけど」
優しくも怪しい。ハキハキとしているのに水底のような深さを感じさせる声。
「そんなトコに座ってたらずぶ濡れになるよ……?」
その声に美咲は聞き覚えがあった。
「あなた。私にティッシュをくれた人……ですよね?」
ティッシュ配りの女性。
あの時も声しか聞こえなかったが、何度も頭を反響したその声に美咲はそう確信する。
「うん、大正解!」
が、女性は何の言い訳もなく「大正解」と笑った。
「よく分かったね。まだ記憶が戻って間もないのに……。よっぽど私に怨みがあったのかな?」
「……自覚があるのは、良いことですね」
美咲はその態度の軽さに呆れながらも、何か馬鹿にされているような気がしたのか、涙を服の袖(そで)で拭いながら立ち上がった。
傘はそれに合わせてゆっくりと上昇し、美咲を雨から守る。
そんな傘と共に声のする方へと向き直った美咲は声の主、紙代花の姿を見据えた。
ショートヘアーでどこか活発的な、それでいて触った途端に呪われるような不気味さのある顔。闇に覆われたこのムカイに不釣合いなほどに真っ白なワンピース。
今自分の上に居るレースの傘を持ったら、まるでヒマワリ畑にでも居そうな佇まいだ、と思う美咲だったが、ハナと目が合った瞬間、まるでメドゥーサに睨まれたかのように硬直する。
目の色が——いや、目玉そのものが青い。
まるで青い絵の具を眼球全体に塗りたくったかのように、ハナの右目は白目も黒目も真っ青に染まっていたからである。
それと同時に、美咲はハナの服が全く濡れていないことに気付く。
それどころか轟々と降りつける雨水がハナに近付いた瞬間、軌道を変え、まるでベールのように、ハナの周りを回っている。
「…………」
言葉を失いながらも、美咲は確信した。
“やはりこの人も傘と同じかそれ以上のバケモノだ”と。
「うん、その通り。傘から聞いてるだろうけど……私もバケモノなんだ」
しかしハナは朗らかに笑いながら、聞こえるはずの無い美咲の思考を簡単に読み取ってみせた。
「どんな存在も、どんな現実も、まとめて消し去るバケモノ。
正解を導き出すまで過去を刈り取るバケモノ。……それが私、紙代花」
大人のような見た目で、子供のように無邪気な表情を浮かべながら、ハナはどこか自慢気に語る。だが、
「……おいおい上司様よ。余計なこと喋ってないでさっさと始めねぇか?」
今まで沈黙を貫いてきた傘が口を挟んできた。
どうやらいつまでも空気を読まない上司にしびれを切らしたらしい。
さっきにも増して荒っぽい口調でハナに突っかかった。
「……はいはい。分かった、分かった」
それに対してハナは「ちぇ」っと唇を尖らせながらしぶしぶ了解すると、
突然のことに、どう話題を切り出していいのか迷っている美咲へと視線を落とした。
「それじゃぁそろそろキミの行く末を決める審判。……始めようか」
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.163 )
- 日時: 2015/05/24 16:06
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「審判?」
「そう、罪人であるキミの行く末を決める審判」
そう明るく言い放つハナ。しかし美咲は「はぁ……」と溜息を吐く。
「つまり、今から私をそっちの事情で処理しようって、そういう魂胆ですか」
薄々感づいてはいた。
もし、話し合いで解決するならこんな——。
『gyぁいじぁいういぁぁ』
「…………」
こんな何百匹ものバケモノをこの場に集結させないだろう。
結局、傘もこの女性も……自分を処理してしまいたいだけなんだ。
そう考えるうちにうつむいてゆく美咲を、しかしハナが呼び止めた。
「ううん。違うよ」
「……違う?」
一体何が違うというのか。
結局自分はあなたの思惑通りに消えてゆくだけなんじゃないか。
そんな疑問とともに顔を上げた美咲の目を見据えながらハナは語る。
「キミはただ、選べばいいの」
悪魔に語りかける魔女のように。
「自分がどうなりたいのか。自分の行く末を自分自身で決めればいいの」
あるいは人を騙す、詐欺師にように。
「失態を犯した私達にキミを裁く権利はない。
君は。君自身でこの事件の結末を決めなければならないんだよ」
美咲の目に、耳に直接自分の思いを語りかけた後、ハナはワンピースのポケットを探り、中から見覚えのある物体を取り出した。
「このティッシュに見覚えはある?」
ティッシュ。それを見た瞬間、美咲はハッとした。
この世界に飛ばされたことで忘れていたが、美咲のボケっとにはもうあのティッシュが入っていなかったのだ。
もしかしてそのティッシュって、私が前の世界で落としたティッシュ……?
そう眉をひそめる美咲だが、それに気付いていないのかハナは取り出したティッシュをまじまじと見ながら続ける。
「まぁ、ティッシュに個性なんてないけど……」
「これはキミに渡したティッシュ」
やっぱり。
美咲は心のなかでそう呟く。と同時にある推測が美咲の頭を過った。
“だとしたらこの人はまさか……変える前と後の世界を行き来できるの?”
目の前に居るこのバケモノは元の世界に戻る方法を知っているかもしれない。
そんな希望が心の中に生まれ、虚ろだった美咲の目に力が込められる。
そんな意志を知ってか、知らずかハナは静かに目を閉じた。
「そして、このティッシュに願い事ができるのはこれが最後……」
「最後?」「……そう」
「あと1回だけ、キミの願いを叶えてあげる」
そう言うと、ハナはテイッシュをまるでチケットのように親指と人差し指ではさみ、
美咲に向けて差し出してきた。
「さぁ、幾田美咲」
そしてハナは——紙代花は囁く。
「……自分の命を賭けてまで現実を変えようとしたキミは」
「どうしようもない運命を変えようとした……キミは」
「最後に“何を”……流すの?」
——これが、あなたの行く末を決めるチケットだと。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.164 )
- 日時: 2015/06/29 15:00
- 名前: 猫又 (ID: CEzLXaxW)
「流す、って……」
長い沈黙の後、美咲がそう呟く。
訝しげな——信じられないと言わんばかりの顔でハナを睨む。
「そんなこと……もうどうでもいいから! 早く私を元の世界に戻して下さい!」
今さらなんでそんなことをする必要があるの?
そう表情で訴えるも、ハナは首を横に降った。
「そんな都合のいい話を期待されてもね。そもそも勝手に暴走したキミをこうして迎えに来ただけでもかなり譲歩しているんだよ? こっちも」
「……っ」
打って変わって冷静な対応を繰り返すハナに押されたのか、言葉に詰まる美咲。
どうにかしてその暴論を論破しようと考えを巡らすが、その間にハナは「それとも何かな?」と先手を打つ。
「キミは“あの何もない空間”がお気に入りだったのかな?」
「……!!」
あの空間という言葉からにじみ出る不快感に美咲は顔をしかめた。
正直、傘が何か言っていたようだが、美咲は“あの世界”での出来事をはっきりとは覚えていない。しかしそれでも、両親を消したあの瞬間、何か“死より恐ろしい体験をした”という後味の悪い感覚が残っていた。
「嫌だ、違う……違う!」
その感覚が美咲に叫ぶ。「これ以上、“アレ”を使ってはならない」と、
その先には恐ろしいものが待ち受けていると警笛を鳴らす。
「いいから早く帰して下さい……ッ。帰れるならどんな方法でもいいですから!」
だからこそ美咲は叫んだ。
帰してくれ、もうこんなのはうんざりだ。そう目の前にいるバケモノに訴えかける。
しかし美咲の叫びを聞いたバケモノはニヤリと口角を吊り上げた。
「まぁ、そんなに望むなら私の力で送り返してあげなくもないけどね……」
「……!!」
目尻に涙を浮かばせた美咲がハッと顔を起こす。
よかった……これで自分は救われる。
なぜかそんな安堵感に包まれた美咲は期待の眼差しでハナを見る。
だがハナは依然として不気味な笑顔を携えたまま、こう続けた。
「でも本当にいいの? 美咲ちゃん」
「え……?」
「キミは、一体何のためにここまで来たの?」
「それ、は……っ」
美咲の顔から笑顔が消える。
苦虫を噛み潰したように顔を歪ませながら、ハナを睨む。
「キミは何を変えたくて、ここまで来たの?」
「そんなこと、あなたには関係ない……!」
それでも必死に言葉を返そうとする美咲……だが、
「関係あるよ〜? だってすっと見てたんだもの!」
またしてもハナは言葉巧みに美咲を惑わし始める。
「傘から聞いてない? 私はそのティッシュを通してキミの行動をずっと観察してたんだよ……?」
「本当に見ていて面白かったよ。偽善者の父親にただ怨みをぶちまけることしかできない母親……。随分と面白い家庭に生まれたんだね、キミ」
「ふざけるなッ!!」
ハナの心無い言葉に激怒した美咲が、立ち上がりハナを組み伏せようとする。だがナゼか足を動かすことができなくなり、そのまま仰向けに倒れる。
一体、何ごとかと足もとを見る美咲。すると
「……!?」
今まで美咲の靴を濡らしていた水たまりが、靴を飲み込んだまま一瞬にして凍っていた。
「人の話は座って聞いてほしいな〜」
驚く美咲。それに対しハナは依然として笑顔を顔に張り付かせ、
パチンと指を鳴らして水たまりを元に戻すと、何事も無かったかのように話を続けた。
「ま、そんな感じであなたの人生をちょっとだけ覗かせてもらったお礼と言っては何だけど、これはキミに対する私なりのアドバイス……」
そう言った瞬間、美咲の視界からハナの姿が消える。
どこに行った?
突然のことに動揺し、辺りを見回す美咲。
するとハナの声が、それも超至近距離から聞こえてきた。
「……ねぇ、本当に“あんなトコロ”に帰りたいの?」
「ひッ……!」
全身に悪寒が走る。腕に鳥肌が立つ。
生々しい息遣いと、吐息の感触が全身を駆け巡る。
そう、いつの間にかハナは美咲の背後から顔を近付け、耳打ちで言葉を囁いていたのだ。
「嫌ッ!」
その奇怪さに美咲は条件反射に腕を、背後にいるであろうハナに向けて振るうが、その腕は虚しく空を切る。
「〜〜っ」
いつの間にかハナは、また美咲の目の前に戻っていた。
その事実に気付いた美咲は悔しそうに唸る。
が、ハナはそれすら愉悦だと言わんばかりに顔をほころばせ、話を続けた。
「あんなミジメで絶望しか無い自分の人生がそんなに大事なの?」
親しげな口調。目の前にいる人間を憐れむような目線。
それらを一身に受けながら、美咲はぐぅの音も出ないほどに黙り込んだ。
だがそれでもハナは止まらない。
「理解に苦しむなぁ」と美咲を舐めるように見つめると、さらに持論を並べ立てる。
「さっきキミは決心したはずだよ? “前に進むしか無い”って。今までの自分を捨てて、新しい可能性を掴み取るしか無い、って。……だからさ」
そしてとびっきりの笑顔のまま、まるで美咲を抱きかかえるかのように手を前に突き出し、
全てを無に還すバケモノは声を張り上げる。
「キミの勇気……私に見せてよ!」
- Re: このティッシュ、水に流せます ( No.165 )
- 日時: 2015/06/06 19:05
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「そこまでだ、チリ紙」
しかし美咲の頭上にいた傘がハナの言葉を遮った。
「口を閉じろ。……むやみに人間を惑わすんじゃねぇ」
厳格……というより率直な“殺意”が込められたその声に、ハナはおろか美咲さえ言葉を詰まらせた。それでもハナは慣れているのか「チリ紙ってひどーい」と空気を読まずに茶々を入れてきたものの、傘は「黙れ」とその言葉を一蹴し、棒立ちになっている美咲に頭上から声をかける。
「嬢ちゃん。俺達の勝手な言い草だと思うかもしれねぇが、これは正当な裁きなんだ……」
「…………」
美咲は何も答えない。
沈黙し、必死に何かを拒むようにして耳を手で覆っている。
「お前は“他人の人生を捻じ曲げるような願い”を叶えようとして、失敗した」
「……」
しかし傘の声にはさほど抵抗がないのか、こくんとうなずく。
傘はそれを確かめるように数秒間を開けると続けた。
「もちろん今回だって、身に過ぎた願いをすれば地獄よりひどい仕打ちを受けるだろう」
美咲の反応は無かった。
何か深く考えこんでいるようだったが、傘はむしろその迷いを断ち切るよう大声で続ける。
「だが、だからこそ……! 全てを知った今、お前が本当に“あの場所”に堕ちるべきなのかをここで見極めなくちゃぁならねぇんだ……」
- Re: このティッシュ、水に流せます ( No.166 )
- 日時: 2015/06/06 19:11
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
「……分かった」
数秒の沈黙を経て、美咲はあくまで信頼できる傘に向けてそう言う。
「そうしないと……終わらないんだね」
声はすでに涙声だった。
理不尽だと思った。横暴だと思ったし、苦しんだのはこっちだとも言いたかった。
しかし自分の犯した罪に対しては美咲もまた——簡単に済ますべきでないと思っていた。
その点においてだけは、傘、そしてハナと意見を同じくしていたからこそ、美咲はこの理不尽な選択に真正面から立ち向かう決意を、固めた。
「恨むなよ嬢ちゃん。俺達にできるのはお前にもう一度チャンスを与えることだけなんだ」
傘の低い声が雨音に混じって聞こえてくる。
その声を頼りに、美咲は問いかけた。
一体何を流せばいいのか、一体何を消せばいいのか。自分自信に問いかけた。
例えば母親から受けた暴力を全てなかったことにすれば、自分は幸せに暮らせるかもしれない。
あるいは父親の行ってきた卑劣な行いを全て水に流せば自分はもちろん母親も幸せになるだろう。
少し考えて願いを叶えれば、自分の夢が……幸せな人生が手に入る。
「…………」
しかし、美咲はその願いを口にはしなかった。
それどころか願いが浮かべば浮かぶだけ、“ある思い”が美咲の心に降り積もる。
アスファルトを叩く雨のように、心の底を暗く、悲しみに満ちた感情が何度も何度も叩く。
「……そっか。そうだよね」
そんな心身ともに冷え、徐々に感覚を失ってゆく自分を見つめ。美咲はそう呟いた。
「そうだ」と、自分の導き出した答えを自分自身で肯定し、降り積もった感情を眺めてゆっくりとうなずいた。
それを雰囲気で感じ取ったのか、
しばらくのあいだ沈黙していたハナがいよいよもって口を開く。
「じゃぁ。…………聞こうか」
今宵。道に迷った人の子に問いかける。
「美咲ちゃん。キミは一体……何を流すの?」
あなたの行く道はいったいどこかと問いかける。
「————————て、ください」
しかし……彼女は——美咲の行く末を想像し、にやりと嗤う化け物は知らなかった。
「ん? なになに? よく聞こえないんだけど」
目の前にいる少女を動かしているのは、夢でも希望でも欲望でもないということを……。
行く道を問われ、美咲の頭には様々な願いが過った。
たった1回とはいえ、願えば学校での問題も家庭での問題も解決する。
しかし、願えば願うほど美咲の中に強い思いが生まれた。
仮に……その思いを言葉にするとすればそれは“絶望”。
希望を、夢を、全て捨て消し去るほどに暗く、重い、思い。
それでも、美咲は傘とハナが見守る中、美咲はその絶望に自分の全てを委ね。
大きく息を吸ったあと、それを答えとして……解き放った。
「私を元の世界に戻してください」
そして、同時にそれは。
自分の命を賭け。人並みの幸せを手に入れるために夜の闇を駆けた少女が、
立ち止まり、うずくまり……夢を諦めた瞬間でもあった。