ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます ( No.18 )
- 日時: 2014/10/20 21:29
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pnk09Ew0)
「……ぃっ」
突然のことに顔を強張らせる美咲。
もちろん、自分がずっと黙っていたら几帳面な父親が痺れを切らしてしまうことぐらい分かっていた。
……分かっていたが、それでも美咲の体は条件反射にその手を払いのける。
——パァン!
その結果、父親の手を払いのけた拍子に自分の手がどこに行ったのかを美咲が知ったのは、ファミレス中に甲高い音が響き渡った後だった。
「美咲、お前っ……」
「ぇ……?」
美咲の手は……父親の——あくまで手に向けて振り下ろしたハズの美咲の手は、
父親の頬に寸分の狂いなく、真っ赤な跡を付けていた。
- Re: このティッシュ水に流せます ( No.19 )
- 日時: 2014/10/23 20:58
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pnk09Ew0)
「あ……ぁぁ……ち、違っ」
驚きのあまりに立ち上がり、必死に首を振りながら言葉を紡ぐ美咲。
しかし父親は何も言わないまま、まるで狐につままれたような顔をして美咲を飲み込みそうなまでに見つめていた。
「違うの……! ただ、急に来たからびっくり、して……」
その表情に恐怖を覚えたのか、舌が回らないまま早口でまくし立てる美咲。
「————」
だがよほど驚いているのか、父親は何も言葉を発さない。
それどころかファミレスにいた何人かの客さえ、無言のまま固唾を飲んで、美咲と父親を凝視し始めていた。
「…………っ」
異常事態に持っているコップがカタカタと震えるほど恐怖する美咲。
しかしこのままでは埒が明かないと、どうにか震える口を動かしながら父親に告げた。
「……ゴメン。私、ちょっとトイレに行って来る、ね……」
相変わらず父親は何も言わない。
しかしもとより父親の答えなど期待していない美咲は、静かに席を立つとトイレへと駆け出した。
とにかくこの場を離れたい、落ち着きたいという一心で父親から逃げ出したのだった。
- Re: このティッシュ水に流せます ( No.20 )
- 日時: 2014/11/01 20:25
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pnk09Ew0)
トイレはレジカウンターの横にあった。
「——はぁっ……はぁっ」
急に走ったからか、それとも父親から離れたことで吹っ切れたのか、美咲は息を荒げながらトイレのドアを開く。
幸い中には誰もおらず、美咲は臆すること無く1番奥に設置されている個室のドアを開き、倒れこむようにして便器に座って鍵をかけた。
「はぁ……っ、はぁはぁ——」
そうして、やっとのことで1人っきりになれた美咲は息を荒げながら頭を抱え込む。
「嘘でしょ……? そんな、私はただ……」
「嫌だと言いたかっただけなのに」という言葉さえ、治まらない息切れに飲み込まれ、美咲はとうとう実際に痛み出した頭を支えるために、がっくりと肩を落とした。
「どうしよう」という簡単な言葉で埋め尽くされた頭が、ひどく重い。
女子トイレのはずなのに、父親が追って来るのではないかと、ありえない被害妄想を繰り返す。
美咲は、完全に混乱していた。
「違う……っ! あんなことするハズじゃなくて……」
しばらく外の景色を見て落ち着いたら、父親の言う通り家に帰って、
まぁ父親は助けてくれないにしろ、母親と話し合った後、
父親の知らない所で拷問を受けるつもりだったのに……。
実際には誰も居ない個室で小さく叫びつつ、そう頭の中で後悔してみる美咲だったが、もう、後の祭りだった。
状況は何も変わらず、それどころか美咲の思考は徐々に奈落へと落ちてゆく。
普段自分と接点のない父親は今の行動で自分に対して不快感を抱いただろう。
もしかしたら、もう自分を置き去りにして帰っているかも知れない。
そしてさっきの出来事を母親に言いつけているかも知れない。
そうなれば今までの拷問など比較にもならない、恐ろしい仕打ちが待っているのでは——
「……っ」
ブンブンと頭を振って、美咲は悪い方向に進みかけていた思考を振り払った。
「落ち込んでいても仕方ない……今はとにかく落ち着かないと」
しかし、そう自分に言い聞かせたもののこの個室には便器と数個のトイレットペーパーしかないことに気付き、
美咲は再びごちゃごちゃした思考の中に引き戻される。
——かと思った瞬間。美咲はその錯乱する頭の中から、ある言葉を引っぱり出した。
「エモーショナル・ディスクロージャー……」