ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.182 )
日時: 2015/08/21 15:25
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 6/Iobdvc)

◇ ???

「——って都市伝説なわけよ。どうだ? すごいだろ?」
 午後12時。昼休みの暁矢東ときやひがし高校——学生食堂。
券売機の方でガヤガヤしている学生の声を掻き消すような大声で富山和人とみやまかずとが向かい側の席に座っている女子学生にそう言い放つ。
 しかし女子生徒はうんざりした目で和人を見ると、「へぇ……そぅ」と適当に言葉を返して、きつねうどんをずるずると啜(すす)った。
「なんだよ穂坂(ほさか)、つれねぇなぁ……」
 その反応が気に入らなかったのか、和人はテーブルを叩きながら熱弁し始める。
「過去を変えられるティッシュだぞ!? 人間には真似できない神秘的サムシングだぞ!? それを使った奴の噂もあるし! 掻き立てられるだろ!? 好奇心がッ!」
「うるさいッ! うどんがこぼれるでしょ!?」
 が、そんなことをすればテーブルは揺れるわけで。和人は穂坂と呼ばれた女子生徒から「いい加減にして!」と一括された。

「……ったく。夢もロマンもねぇやつだなぁ……」
 話の腰を折られて拗ねたのか、そうボヤく和人。
しかし以外にもその発言にカチンときたらしい穂坂は「あのねぇ……」と睨み返す。
「もう少し現実味のある都市伝説ならまだしも、ティッシュで過去を変えたとか……そんなあやふやな作り話、信じられるワケ無いでしょ?」
 すると和人は馬鹿にしたようにニヤニヤ笑った。
「ほーら。夢も希望もないじゃねぇか」
「……夢と妄想の区別もできないアナタよりはマ・シ! それに、朝から顔を合わせるたびにそんな話されたら、誰だって飽きるって分からないの?」
 そうして完膚なきまでに反論を並べ立てた穂坂に対し、和人はしばらく「う……ぐぐ……ぐ、ぐ」と唸っていたが、最後の最後に吹っ切れたのかテーブルに突っ伏し叫ぶ。

「くっそ……ッ! どうせお前のことだから何で俺がこんなことしてるか知ってるんだろ!?」
「あぁ。高校でオカルト研究会を正式に立ち上げるためでしょ? 人数が集まらないと学校から援助が受けられないもの」
 でも、私は協力する気は無いわヨー。
と無慈悲に和人を突き放し、ズルズルときつねうどんを啜る穂坂。
 その言葉を聞いた和人はガクッと力尽きたモーションを取り、死んだふりをしながら落胆する。が、回復したのか1分もしないうちに再び顔だけ上げ、真面目なトーンでこう切り出した。
「いや……まぁそれもそうなんだが、一応別の理由もある」
「別の理由?」
 なんだ、まだ生きてたのかと呆れながら適当に返事をする穂坂。
対して和人は「いや、なんとなくなんだけどさ」とめずらしく前置きをして話し出す。
「お前……無理してないか?」
 その瞬間、今まで冷静な態度を貫いてきた穂坂の顔が歪んだ。

「…………別に」
 だがそれも一瞬で、穂坂はまたうどんを啜ろうとして——。
「あっ……」
 箸をどんぶりの中に落としてしまった。
と同時に自分の手が震えていることに気付き、サッと手を隠すとうつむきながら低く唸る。
「アンタの……。妄想でしょ?」

 何かを悟られないように、恥をかかないように、
「無理って……何? そりゃ、学年トップ目指してるから勉強もかなり頑張ってるし、馬鹿なアンタから見たら無茶してるように見えたかもしれないけど、これは——」
 ひどく押し殺されたその声を、和人はテーブルの下で拳を握り締めながら穂坂の話を聞いていたが、ついに我慢できなくなったのか、テーブルの下に隠された穂坂の手を指さし言い放つ。

「それじゃぁ説明しろよ……その両手にある傷。それはさすがに勉強でできるような傷じゃねぇよな?」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.183 )
日時: 2015/07/20 21:48
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: Ib5HX0ru)

「…………」
 それでも穂坂は何も答えない。
ただ話題が移り変わるまでじっと身を縮めている。
 その態度を見た和人は一瞬、頭に血がのぼったのか奥歯を噛みしめるものの、相手が女子であることを思い出し、逆に冷静な態度を見せる。
「たしかにオレはお前の幼なじみでも無いどころか、中3の頃に何度か会ったぐらいで、今年同じクラスになるまでお前のことなんてほぼ知らなかったけどさ。……でも、何か無理してんな、って。やっぱお前見るとそう思うんだよ……」
「だから心配だった……。そう言いたいの?」
 しかし冷静さなら圧倒的に穂坂の方が上だった。
凍てつくような言葉で切り返された和人はその恐ろしさに身を引きながら慌てて取り繕う。

「い、いやまぁ余計なお世話だってのは分かってるんだけどさ? ……いや、でも。お前いつも授業終わった途端に大急ぎで帰るだろ? なんか青春真っ盛りの高2だってんのに全然楽しそうじゃなかったから、その……それなら、ウチの部活に入らねぇかな〜。って……」
 最後の最後で自身が無くなったのか言葉が尻すぼみになり、結局小声でぶつぶつ言いながら反応をうかがう和人。そんな和人に対し穂坂はあくまで興味無げな声を上げながらも、どこか楽しそうに言う。
「ふーん。それでわざわざ気を回してくれたわけ……?」
「……あ、あぁ、そうだ。いや、たしかに余計なお世話だとは——」
「ありがと」

「……ぇ?」 
 投げ捨てるように投げ返されたその言葉に固まる和人。
しかし穂坂はもう一度繰り返す。
「ありがと。……その、まぁ。心配してくれたことに関しては嬉しいから。……ありがと」
「あ……。あぁ。そ、そっか」
 どこか不機嫌に、または照れくさそうに「ありがと」と繰り返す穂坂。
なぜだかそんな穂坂を直視できなくなった和人。
 2人の間に数秒間。妙な沈黙が訪れる。が、
「ま……まぁ、正直に言うとバイトで怪我したのよ。ちょっと……失敗しちゃって」
 なぜだか漂うムードに危機感を覚えた穂坂が、どんぶりの中からダシがよく染みた箸を取り出しながら会話を再開したので、和人もそれに乗っかった。
「そ、そうか。いや、でも……怪我って言うより、手の甲がアザとか傷だらけだったような——」
「そ、それは……見間違えでしょ? ただの怪我だって……。そう言ってるじゃない」
 しかしまたもや雲行きが怪しくなってくる。

「いや、オレもバイトしたことあるけど傷とかアザとかあんまできねぇし……」
「きっと体が丈夫なのよアンタは……! ほら、馬鹿は風邪ひかないって言うじゃない!」
「……おい。誰のこと言ってんだ?」
「……それすら分からないほど馬鹿なら言っても無駄でしょ?」
「あぁ?」「はぁ?」
 結果、一触即発状態。何のためらいもなく本気で睨み合う2人。テーブルを挟んで「ちょっと一発殴ってやろうか」と加熱していく両人の間で冷めてゆく、きつねうどん。
 その場に居る人間には誰も止められない言い争いの火蓋が切られるかと思われたその瞬間。

「おーい。かずと〜。かずと〜。おーい聞こえる〜?」
 誰かが食堂の入り口から2人の居る席に向かって大声で呼びかけてきた。
その場の雰囲気などまるで考えていないその脳天気な声に、頭に血が上りかけていた2人はほぼ同時に返答する。
『ち、千里ちゃん!?』
 そう、その場に居たのは2人のクラスメイトである白凪千里(しらなぎ ちさと)だった。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.184 )
日時: 2015/07/26 20:51
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

「お〜い。お〜い。おぉーい」
 食堂の入り口から響き渡る声に、食堂内に居る学生達の視線が千里に集まり始める。
それを肌で感じとった2人は必死に手招きをして『とにかくこっちに来い!』と合図を送る。すると千里は「あ、うん。わかったー」という声と共に走って来た。
眉をひそめていた学生たちも「なんだ、ただのノロケか」と食事に戻り、千里が美咲の隣に座ろうとしたところで、和人が顔を赤らめながら言う。

「ったく、あんな場所から大声で呼ぶなよ……。マジで恥ずかしい」
「ん……何で和人赤くなる? 名前呼んだだけなのに」
「いや。あのなぁ、そういう問題じゃ……その」
 だが千里に素で返され、さらに赤面する羽目になった和人は恥ずかしそうに顔を伏せた。
「……もういい。さっさと座れ」
「はーい」
 そんな和人の心を知ってか知らずか千里は元気よく返事をすると、さっきからニヤニヤ笑っている穂坂の隣に座った。と同時に、穂坂の黒いストレートヘヤーに千里のクセのある赤茶の毛が絡まる。
それを肌で感じた穂坂は先ほどまでのカタイ表情を崩し、にこーっと笑いながら千里に話しかけた。

「千里ちゃんこんにちはー」
 元気に手を上げながら、千里が「……ん!」と返事する。
「今日は教室じゃなくて学食なの?」
「……違う。これ、あるから」
 そう言って千里がゴソゴソと取り出したのはパンパンに膨らんだビニール袋だった。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.185 )
日時: 2015/07/28 21:42
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

 一体何が入っているのかと目を凝らしてみると梅干し、鮭、高菜といった各種おにぎりがつめ込まれている。
「今日はお弁当がなかった。から、買った。……おにぎり22個」
「に……22個かぁ」
 少々苦笑いで答える穂坂。しかし気付いていないのか千里は続ける。
「ん。……レジ、持って行ったら。店員さん……この世の終わりを見たような目、してた」
「そか〜。大変だったね〜」
 最終的に思考を放棄したのか、癒やされたような表情で千里を撫でる穂坂。
普通の人間なら引くか軽蔑するレベルの会話なのだが、千里と穂坂は中3からの付き合いとはいえ親友なので、この奇妙な会話にもお互い慣れている。

 しかし、そんな会話に一番慣れているであろう和人が口を尖らせた。
「まったく。……お前よくそれで太らねぇよなぁ。って、痛ったぁああああ!!」
 おそらく女子2人に振り回された当てつけだったのだろうが、もう少し小さな声でやるべきだったと言えよう。
なぜならその瞬間、千里の悪口を敏感に察知した地獄耳の穂坂が思いっきり和人の足を踏みにじったからだ。
「……ってぇぇ! 何すんだ穂坂ぁあ!!」
色んな意味で涙を流す和人。 しかし穂坂はわざとらしくそっぽを向きながら「なんのことやら」とばかりにしらを切る。
「え、何? いきなり叫ばないでよ鬱陶しい」
「てっめぇ……女じゃなかったら殴ってるとこだぞ……マジで」
 そう言ってぎりぎりと歯ぎしりをする和人。
しかし穂坂はそれを全く気に留めず千里の赤茶のくせっ毛を撫でながら自愛に満ちた表情で言う。

「千里ちゃんは太らないよね〜? そういう生き物だもん」
「……ん」
「ん、じゃねぇよ。お前の体どうなってんだよ!」
「馬鹿には分からない構造なのよねー」
「……穂坂。そろそろ俺、キレていいか?」
 そんな流れでまたいつもの口喧嘩が始まりそうになったので、しぶしぶ「はいはい、ごめんなさいね。言い過ぎましたー」と適当に謝罪する穂坂。
 だが、和人の言葉に反応したのは穂坂だけではなかった。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.186 )
日時: 2015/07/28 21:51
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

「……? ほさ、か……?」
 2人のやりとりを聞いていた千里がそう言って首をかしげる。
「穂坂って……だぁれ?」

 数秒、その場の空気が凍りついた。
その場にいた穂坂と和人。2人共が言葉を失い、ただ千里を見つめる。
「……は?」

 そんな中やっとのことで口を開いたのは和人だった。
「な、何言ってんだお前。穂坂は、ほら、千里の隣にいるじゃねぇか……」
 戸惑いつつ、千里の隣にいる女子生徒を指す和人。
「は…はは。いきなり何の冗談だよ、マジで焦っ——」
「違う」
 が、千里は首を振りそして、
「ね……そうでしょ?」
 自分の隣で“必死に顔を伏せている人間”に対して、何も考えず、ただ純粋に微笑んだ。
「美咲ちゃん」

「美…咲…?」
 今まで驚懼(きょうく)に顔を歪ませていた和人に笑顔が戻る。
「へ……へぇ。お前の下の名前美咲って言うんだな」
 やっと状況がつかめたとばかりに千里、そして“美咲”へと笑顔を振りまく。

「なんだよ……。つまり千里はこいつを名前で呼んでて、俺はこいつを『穂坂』って苗字で呼んでるってだけで、結局は同じことじゃ——」
「ん? 何で……? 違う」
 しかしまともや千里がその余裕に満ちた笑みを凍りつかせる。
「美咲ちゃんの苗字、『幾田』。……『穂坂』じゃ、ない」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.187 )
日時: 2015/07/30 21:36
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

 その瞬間、千里の隣からガタン! と大きな音がしたかと思うと、突如として美咲が立ち上がり、そのまま何も言わずに踵を返してこの場から去ろうと走りだす。
「……おい! 穂坂、どこに——」
「ちょ〜っと待った」
 だがその逃走は、安っぽいセリフを吐く女子生徒によって押し止められた。

「どこに行こうってんの? みっさきー」
 茶髪で制服を着崩している、明らかに真面目とは程遠い彼女は、美咲の前に立ちはだかるとそれを真正面から受け止める。結果的に美咲が倒れこむ形になったものの、美咲よりかなり背が高い彼女は何ともなさそうに「おっとっと」、と体制を立て直すと席から動けなかった和人と千里に向けて微笑む。
「佐々原……!」
「よっ、トミー。こんなトコで何してんの? ま、大体想像つくけどね」
 富山和人をトミーと呼ぶ彼女——佐々原友恵(ささはらともえ)は2人を一瞥(いちべつ)すると今度は自分の胸元でぶつけた鼻を抑えて、ヴーヴー唸っている小動物に目を向けた。
「は……っ、な、しなっさいッ……! トモエっ!」
「はいはい落ち着きなー美咲。……頭に血が登ってたら何も考えられないよー」
 ふぅーっと、力の抜けた態度で美咲をなだめる友恵。
「まずは席に戻ろ。……逃げたって状況が悪化するだけでしょ?」
「くっ、バカのくせに正論を……」
「誰がバカだっ! ……ま、バカだけどさ」

「って! 私のことはいいから……早く座りなよ?」
 友恵は美咲の肩をポンポンと叩きながらそう言うとそのまま通り過ぎ、今度は席に座っている2人に歩み寄る。
「ふ〜ん。……おおよそ、ち〜ちゃんが口滑らしたんでしょ? トミーはそんなプライベートまで踏み込む度胸ないだろうし〜」
「な……どういう意味だよ」
 意味深な友恵の言葉に突っかかる和人。
しかし友恵はその言葉をケロッとした顔で返す。
「いや、単にトミーがビビリだって話」「おい」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.188 )
日時: 2015/08/03 15:33
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)

「と、まぁそれは冗談としてもさ……」
 と、ここで友恵は和人の席を離れ、千里の座っていた椅子をガシっと掴む。
「そんなこと言っちゃダメだよ〜ちーちゃん。美咲の事情についてはちーちゃんも聞かされてるでしょ?」
 まるで母親かなにかのように千里をたしなめる友恵。

「……私。また……」
 しかし千里は反省しているというより困惑した様子で友恵、和人そして美咲を見る。
「また、変なこと……言った?」
「あれ?」
 やっとそこで友恵がその違和感に気付き、後ろにいるであろう美咲に吠えた。
「え? もしかして美咲、注意すらしてなかったの!?」
「それは……だって——」
 対する美咲は文字通り吠えられて尻尾を巻いて逃げる犬のように縮こまる。
「もー。口止めぐらいやっときなよ……。バレて当然じゃん」

「ごめっ……私、わかんなくて、だから」
 一方その反対側で千里が目を潤ませる。
「あ〜あぁ〜どうすんのこれ……。私、子供の相手とかムリなんだよねぇ」
 友恵は見るからに年下の世話をしたことのないような呆れ顔でその惨状をただ眺めていた。
が、千里の涙声を聞いたその他の2人、美咲と和人が顔色を変えて千里に近づき、矢継ぎ早に言葉を並べ立てる。

「ち、違うから!! 千里ちゃんのせいじゃないから!」
「そ、そうだ! お前が謝ることなんて何も無いだろ!?」
 必死だった。理由も根拠も特に無く、ただ力技で納得させようとするその暴挙に友恵が「おいおい……」とツッコミを入れる。
「夫婦かあんたら……」
『だって罪悪感が——』
「……2人共お人好しだね〜。そんなんじゃ誰かに騙されるよ?」
 ま、ちーちゃんはホントに素だから、罪は無いんだろうけどね。
なんて呟きつつ、友恵は開いていた和人の隣に座り、向かい側の美咲に弁解を促す。
「それじゃ、そろそろ話してあげなよ美咲。中3だった、あの夜からのイキサツをさ……」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.189 )
日時: 2015/08/05 19:50
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

 だが美咲は顔をしかめる。
「……でも」「デモも抗議も無い。……美咲が言えないなら私が言うよ?」
「やめてよ……。誰かに聞かれたら——」「周り見てごらんよ」
 友恵が体をねじり、椅子の背もたれに手を掛け言う。
「昼休みも終わりかけだからね、人も少ない。これなら聞かれる心配無いでしょ?」
 友恵の言う通り、昼休みも後半に入ったからか周囲から人が消えていた。
「……」
何も言い返せなくなった美咲はしばらく顔を伏せ何か考える素振りを見せていたが、きりが無いと判断したのか美咲自身から友恵に言う。
「ごめん、トモエ。……アナタの口から話してくれる? 2人に」
 少し息を荒げながら告げる美咲。
「ちょっと急だったから、まだ話せそうにないの……」
「……そっか」
 その様子に何かを感じたのか、友恵はにっこりとうなずいた。

「お、おい。……聞いちゃいけない話なら別に無理やり——」
 一方、美咲の苦しそうな姿を目撃した和人は恐る恐る友恵に耳打ちをする。
だがその問いに友恵は首を降った。
「ううん、違う。実は前々から2人には話そうって思ってたことだから」
 「ぇ? でもコイツ……」と意外そうな顔をしている和人に友恵は「あはは」と笑って続ける。
「美咲って1人で厄介なもの抱え込むからさ。美咲と仲良くしてもらってる2人にも知ってて欲しいんだ。せめてこんな大昔の話を抱え込まずないで水に流せるようにさ……」

「……!」
 水に流すという言葉が出た瞬間、いつの間にか持ってきたおにぎりをモグモグと咀嚼していた千里の毛が1本、ピーンと逆立つ。が、「ん? 一体何だ」と和人が千里を向いたスキを突いて、友恵はなにか気付いた様子の千里に向かってこっそり「しーっ」と人差し指を立て、何事もなかったかのように仕切り直す。
「それじゃ2人共、ちょっと長話に付き合ってもらうね」

「まずは幾田って苗字のことだけど。それ、美咲の旧姓なんだよ」 
「旧、姓……って」
 サラリと吐かれた事実に和人が息を呑んだ。
が、友恵はまったく気にすることなく続ける。
「もともと父方の苗字で、美咲も中3まではその苗字だったんだけど、高校からは母方の『穂坂』って苗字になったんだ。……だから千里ちゃんは知っていた。2年前、中3の頃に美咲のフルネームを聞いていたハズだからね」
「おい、ちょ。ちょっと待てよ……!」
 と、やっとここで何かに感付いたのか、和人が声を上げる。
「千里が知ってたことは置いておくとして、旧姓……ってことはつまり……」
 つまり。それは……。
そこまで和人が言いかけた瞬間、「ふぅ……ぅ……」と、何かを覚悟したような長いため息を吐き、今まで沈黙を貫いていた美咲が口を開いた。

「そう、私の両親は色々と問題を抱えて離婚しちゃったのよ。……今から2年前の冬にね」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.190 )
日時: 2015/08/07 19:13
名前: 猫又 (ID: CEzLXaxW)

「知ってる、かも……」

 美咲の発言に、千里が依然としておにぎりを頬張りながら答える。
「たしか、美咲ちゃん。2年前の6月に……」
「そう、私の家に転がり込んできた」
 そんな千里と目配せをしながら、さらに友恵が言葉を継ぐ。
「雨が降ったり止んだりする夜だったな〜。いきなりうちの玄関を叩いて『すみません! 入れて下さい! すみませーん!!』って叫んだ時はびっくりしたよ〜ほんと」
 すると美咲は頬を赤く染めながら、冷えてしまったキツネうどんをすする。
「ちょっと気が動転してたのよ、あの時は……」
ドンブリで顔を隠すようにして出汁を飲み干す美咲を、しかし友恵はさらに囃(はや)し立てた。
「『家に帰りたくない! 助けて!』ってさ〜。あんな大きな声初めて聞いたよ〜」
「そういう話はいいからさっさと進めなさい!」
 はいはい、ゴメンゴメン。と口だけの反省を吐き、友恵は続ける。

「それで。普通の家なら気味悪がって追い返すかもだけど、その日電話越しでもなんか話してることおかしくて心配してた私の家だったし、なにより……」
「そう……偶然だったんだけど、トモエのお父さん。実は弁護士なのよ」
『ぇ……えぇ〜!?』
 予想外だったらしく、声を上げる一同と「失礼な!」と自分のバカさ加減を認める友恵。
そんな両名を無視して美咲は続ける。
「だから話を聞いてもらって、警察関係者に繋いでもらえたわけ。……色々と厄介な問題もあって大変だったけど、トモエの家で良くしてもらったから平気だった……」
 と、ここで美咲は一度言葉を切り、余韻を残しながら友恵の方を見るが、そこに居たバカ丸出しのお怒りガールを見て馬鹿らしくなったのか「こほん」と咳払いを1つしてその場を仕切り直した。
「ま、理由としてはそんなところよ」

「もう問題自体は解決してて、今はお母さんと2人暮らし。……どこかのグス男がこっそり逃げたせいで金銭的には厳しいけど、私もバイトで少しだけ援助してるし……それになり幸せな生活だと思——」

「だから、あんなに傷だらけになるまでバイトやってんのかよ……」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.191 )
日時: 2015/08/12 17:35
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vuXCwYqs)

 美咲がひと通りの説明を終えようとした所で、今まで沈黙を貫いてきた和人がドスの利いた声を上げる。
「ありえねぇよ……。なんでおまえそんな顔できるんだ……?」
 今まで話の内容はともかくとして、明るい雰囲気を保っていた美咲達が一斉に押し黙る中、和人はうつむいたまま右手を握り締め、向かいで冷静な表情を崩さない美咲に吠えた。
「両親の都合で振り回されて、なんで笑ってられんだよ!!」 

『…………』
 だが美咲を含め、女子3人は揃って沈黙したまま和人を見る。
千里はおにぎりを咥えて首をかしげながら。友恵はニヤニヤと口角を上げながら。
そして美咲はキツネうどんを食べ終わったのか、トレーに箸を置きながら片目で和人を何の感情も込めずに見る。
「あ……いや、その」
 その迫力に気圧され正気に戻ったのか、急いで自分の発言を訂正しようとする和人。
しかしそれより先に箸を置き終わった美咲が口を開いた。
「たしかに……こんな話されて笑えって言われたら、困るのは当然ね」
 少し呆れたような、それでいて優しい声。
いつも自分に向けられる声とは全く違うそれに和人は息を呑みながら、なんともいえない顔で美咲の顔を見る。
「両親が離婚して? その上、入りたかった高校を諦めてまでバイトして生活費稼ぎ? そうね、絶対に笑える話じゃない……」
そこで一度言葉を切り、少しうつむきがちだった顔を起こしながら美咲は「でもね」と続ける。
「なぜか……今となっては“そんなこと”どうでもいいって思えるようになったのよ」

「そりゃ毎日辛いし、どんなに頑張っても足掻いても変わらない現実はあるけど……」
 心底嬉しそうな苦笑を浮かべながら。
「でも、変わったこともある。変えることができたモノがある。……お母さんとは喧嘩しながらも上手くやれてるし、それに——」
 目の前で各々おのおのの表情を浮かべる、“一緒にいてほしい存在”に向けて宣言する。
「それに、こうやって話せる友達ができた。それだけで、なんだか……“いいな”って。何の根拠も無いけどそう思えるの」

 変なハナシよね、と笑顔を浮かべる美咲。
それに対して、その場にいた一同は……。
『…………』
 ニヤニヤと笑う友恵。心が傷んだのか顔を真っ赤にする和人。どうしたらいいのかと困惑する千里とそれそれ表情は違うものの、全員が何と声をかけていいのか分からず沈黙する。

「あ、あれ? 私なんか変なコト言った?」
 その反応に素で驚いているのか、キョロキョロと一同を見回す美咲。
すると、あやふやな空気に耐えかねたのか友恵が声をうわずらせながらボケた。
「も〜。なにいいセリフ吐いてんのさー。惚れるよ?」
「やめて」「うっわ……そんなマジトーンで言わないでよ。怖いわ〜マジで怖いわー」
 結果。冷たい目で睨み返されたが、それも計算のうちとさらにボケを重ね、空気改善を図る友恵。
「……」
「……和人。ダイジョブ?」
 一方で、まだ腑に落ちない部分があるらしく沈黙する和人とそれを心配する千里が取り残されていた。
 あぁ、どうしよう。このままだとトミーが……。
内心、そんな不安を抱えながら2人の様子を見ていた友恵だったが、その時突然千里が眠たげな目をカッ! と見開いたかと思うと突然席から立ち上がった。

『……!?』
 突然のことに困惑する一同。
その困惑を代弁するように隣の席にいた美咲が声をかける。
「ど、どうしたの千里ちゃ——」「帰る」
 帰ってきた返答は単純明快だった。
「教室帰る。もうすぐ授業始まる」
 帰る。
そう言うと千里は席を立ち、向かい側の席にいた和人の手をぎゅっと握った。
当然、和人は突然の奇行を止めようと声を上げる。
「いやいやいや! 授業までまだ15分ぐらい時間あるだろ? そんなに急ぐ必要……あれ?」
 しかし千里の奇行を戒めようとしていた和人の言葉が、止まる。
「何で……“誰も居なくなってるんだ?”」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.192 )
日時: 2015/08/14 13:19
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vHoeV39I)

 和人の言葉に友恵、そして美咲も同時に顔を引きつらせた。
さっきまで食堂には大勢の人が居たというのに、今は美咲達4人以外の人影がどこにも見当たらなかったのである。だが千里は「そんなこと当たり前だ、何をそんなところで突っ立っている」とばかりに和人を叱責した。
「和人! 今日、時間割変更で早いの!」
「ま、マジか!? クソっ、穂坂の話にのめり込み過ぎた……」
「いや、何で私のせいに——」「はいはい二人共、ケンカは後でね!」
 いつになく大きな声を張り上げる千里を見て、慌てふためく一同。
「早くっ! 早く行くの!!」
そんな中、千里はドサクサに紛れて腕の付け根までがっちりと和人の左腕を掴むと、そのまま猛スピードで食堂の出入り口へと駆け出した。
「ちょッ! おまっ」
 和人が言葉を発せたのはそこまでだった。
左腕をハンマー投げ選手並の力で引き回され、どうにか地面に足が付いているものの何度も空回りし引きずり回されるその姿はとても女子生徒に手を引かれる男子には見えない。
 が、それでも走るのをやめる気はないらしく、食堂の出入口を過ぎても千里は走り続けた。

「ちーちゃん……ちょ。早い、早い」「千里ちゃん。そのスピードはついて行けないよ……」
 その後ろでゼイゼイと呼吸を乱しながら走る女子2人はそんな泣き言を目の前にいる韋駄天いだてんに語りかけるが、千里は全くスピードを緩めず前を向いたまま返答した。
「ごめん……もし、授業。“来れなかった”ら、私が言い訳する……から!」
『え!?』
 その言葉の意図が分からず頭に疑問符を浮かべる2人。
しかしそんなことなど文字通り眼中に無い千里は、曲がり角を曲がったのかそのまま見えなくなってしまった。
それと同時に美咲達も食堂の出入口まで辿り着き、千里の後を追うべく食堂を飛び出した。

『…………ぇ?』
 飛び出した——ハズだった。
だが、美咲と友恵の目に飛び込んできたのは食堂。
いくつも椅子があり、テーブルがあるにも関わらず“どこにも人がいない”。学生どころか、いつも働いている学食の従業員さえ全く居ない食堂が、2人の目の前に広がっていた。
「……ちょっと待ちなよ。これってまさか!」
 当然のことに放心状態になる美咲と友恵だったが、気の切り替えが早い友恵がそう叫ぶとすぐさま自分の“うしろ”にあった出入口に飛び込む。
だが結果は同じだった。外に向かって飛び込んだたハズの友恵はなんら変わらない相方が——美咲がいる元の食堂に帰ってきてしまった。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.193 )
日時: 2015/08/16 14:37
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 6/Iobdvc)

「……うそー。マジなやつじゃんコレ……」
 食堂から出られないという怪奇現象に巻き込まれ途方に暮れる友恵。
一方、頭の整理ができたらしい美咲は入り口近くにあったイスに腰掛け、テーブルに肘をつきながら今の状況を冷静に分析した。
「マヨイガ? それとも蚊帳吊りだぬき? ……どちらにしろその扉。もしくは食堂全体に“何か良くないモノ”が取り付いてるみたい……」
「……随分と余裕だね」
 我関せずと体全体で表現する美咲に友恵がジト目で皮肉を吐く。
「そりゃ“あれ”から色々あったし……。正直もう慣れた」
 対する美咲も皮肉を吐き返し、おそらくギリギリでこの難を逃れたであろう和人と千里が走って行った渡り廊下を見る。
「『授業に来れなかったら、私が言い訳する』か。……つまり千里ちゃんはあのバカだけを助けたわけね。ま、一般人だから仕方ないけ、どっ」
 そんなかけ声と共にガタンと向かい側の椅子を蹴ると、美咲はまだ出入口から動こうとしない友恵を呼んだ。
「トモエも座りなよ。……そこで何してるの?」
「あ……えと」
 すると友恵はどこかバツの悪そうな笑みを浮かべながら、振り返った。
父親に買ってもらったのだろうか、その手には高価そうな皮財布が握られている。
 それを見た美咲は「ふーん……」と何の感情も入れずに声を出すと続けた。

「下手に“そんなこと”しないほうがいいと思う。怪異に意思があったら喰われるよ?」
「こ、怖いこと言わないでよ……。マジで洒落にならない状況なんだから」
 そう笑いながらも友恵は墨が塗りたくられた真っ白なお札を素直に財布へと戻し、美咲の向かい側に座った。
「大丈夫。千里ちゃんが私達を置き去りにしたってことは大したモノじゃないんだろうし……。どちらにしろ私達みたいな素人シロウトはヘタに動かないのが最善策よ」
「そんな落ち着いてるシロウトが居てたまるか……っ」
 冗談キツイよ……ホント、と苦笑いしながらも少し元気が出てきたのか、友恵は座ったまま足を崩して身を乗り出し、わざとらしく声を張り上げた。
「ま、ミサッキーがそう言うなら間違いないか! ……よし、それなら授業休めてラッキー! ミサッキー! イヤッホー!!」
「見苦しいほどに無理矢理なテンションの上げ方ね……」
 とにかく叫んで恐怖を吹き飛ばそうとする相方に美咲がそう突っ込むと、現実に引き戻されたのか「はぁ……ダメだ」と頭を抱えて机に突っ伏す友恵。美咲も「勝手に自滅しないでよ……」と一応突っ込むが、それ以上かける言葉が見つからず沈黙した。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第六章 完) ( No.194 )
日時: 2015/08/18 23:21
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 6/Iobdvc)

『…………』
 結果、救助を待つ2人の間に気まずい空気が立ちこめる。
パニックになるような状態ではないが、かといって気は抜けない。そんなグレーな状態にむしろ何を言っていいのかお互い分からずにいた。が、
 いやいや、そんな張り詰めた状態の方が一番危険じゃない?
グルグルと回る思考がそんな結論に辿り着いたところで、友恵が口を開く。

「ねぇ……」「何?」
 美咲もちょうど同じ結論に辿り着いたのか、視線は出入口に向けたまま友恵の声に耳を澄ます。
「なんの脈略もないんだけどさ……」「うん」
 いつも通りの素っ気ない応答のあと、友恵はなんとなく気になっていた疑問を口にした。
「ねぇ美咲……。本当にあの2人に美咲の過去を話してよかったのかな」

 一瞬沈黙した後、理解が追いついたのか「いやいや……」と苦笑する美咲。
「トモエが強引に話せって脅したくせに、今さら何言って——」「だからだよ」
 すると友恵から低く、小さな声が飛んで来た。
「私はイイと思ったんだけど。もしかして、悪いことしたかな……って、さ」
 口を閉じ、下を向き、ぼそぼそと言葉を吐く。
そんならしくない相方を見た美咲は、しかし首を傾げる。
「いきなり女子みたいにしおらしくなって、どうしたの?」
「女子だよ!」
 今まで何だと思ってたの!? と憤る友恵。それを見て口を押さえて苦笑する美咲。 
お互いが辛くなるたびにやってきた定番のやりとりを交わしながら、美咲は冗談めかして言う。
「あの2人には前々から言おうと思っていたのに、私からは言い出せなかった。それを後押ししてくれたんだから不満なんて無いに決まってるでしょ?」
「でも」
 友恵はまだ納得がいかないのか肩を落とすと、この誰もいない空間でしか聞こえないほどに小さな声で呟いた。

「だって、あんなに嫌がってたのに……」
「……」
 あぁそうか。コイツはそういう奴だったな……。
和人に「プライベートまで踏み込む度胸はない」と言うくせして、普段馬鹿を演じているくせして、こういうことまで気に病むお人好しなんだよね。全く……。とため息を吐きながら美咲は珍しく笑っているようで焦っているような、そんなぎこちない表情で言葉を返した。
「ためらいはあった。でも、話したら気が楽になった。……なんか2人との距離がぐっと縮まった気がして、それで——」
「ほんと?」
 その困惑が伝わったのだろうか、友恵が食い気味に言葉を吐く。
驚いた美咲は否応なしにその顔を見て……そして、もう一度大きなため息を吐いた。
「——ったく、なんて顔してるの」

 友恵のすがりつくような目から流れている“それ”に気付いた美咲は「そんな顔、見たくない」と反射的に目を逸らす。嫌悪感では無く、罪悪感から目を逸らす。
「だって。私がっ……なことしたから」
 しかし追い打ちを掛けるように制服の袖で目元を拭いながら、友恵が言い訳を口走り始めた。
「……私が、そんなことしたから……バチが当たって閉じ込められたんじゃないか、って」
「馬鹿ね!」
 らしくない友恵に何も言えない歯がゆさからか、美咲が声を張り上げる。
「馬鹿のくせに考えずぎ。……バカはバカらしくしてなさい」
 さらに感極まったのか立ち上がり、友恵の方をぐわんぐわんとゆする美咲に友恵はすこし驚きながらも苦笑いを浮かべて「バカバカ言うな……。馬鹿だけど」とお決まりのセリフを吐いた。

「ほらハンカチ」「……ありがと」
 美咲はポケットに入れていたハンカチを手渡すと、少し照れくさそうに言い含めた。
「友恵のおかげで私はここまで来れたから……友恵のおかげで明日を——自分変えることができたから。……だからもう、友恵に心配されるような私じゃないよ……」 
 なんだかんだで腐れ縁。素直に言えない「元気出してよ」の代わりに“心配されるような私じゃない”なんて自画自賛をする美咲の真意を、腐れ縁だからこそ汲み取った友恵は「……そっか」とその言葉を噛みくだくように何度もうなずいた後、こう言った。

「それなら、あの日のことはもう……」
 だから美咲はこう答える。
「うん。だって私はもう……」
そして顔を突き合わせた2人はほぼ同時に微笑むと、声をそろえてこう言った。

『もう。水に流しちゃったから……!』



  エピローグ  流れ着いた交じり合う海で 〜END〜