ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ、水に流せます (本編 完) ( No.197 )
- 日時: 2015/08/23 22:15
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 6/Iobdvc)
○蛇足〜水を差す話
◇1滴目 流れたはずの物語
「行っちまったな……」
美咲が消えた水たまりをじっと見つめるハナに傘がそう声をかける。
「……ぇ? あぁ。……そうね」
美咲が消えてからどのくらいの時間が経ったのか定かではないものの、ハナは今まで寝ていたかのように気の抜けた返事を返した。
「ったく。統率者がそんなショボくれた顔するんじゃねぇ……!」
「ごめんなさい……」
「はぁ…」
人を小馬鹿にしたようないつもの饒舌はどこへやら。
すっかり意気消沈するハナに傘は溜息を1つ吐くと、人間で言えば背中に当たるであろう取っ手をハナに向け。適当に報告を済ます。
「夜明けも近いから野次馬連中は帰らせた。時間も元通りに流れ始めた」
「そっか……ありがと」
だがハナは素っ気ない返事をしただけで依然として水たまりから目を離さない。
「だからもう泣き喚いても構わんぞ。……泣きたいなら泣け」
「いい。涙枯れたし、眠い。なんでかあの子が帰った途端に目眩と頭痛がひどいの……」
そんな態度にもどかしさを覚えハナを茶化す傘、しかしハナはまるで感情を込めずに作業的な会話をし始めた。
「申し訳ないけど後処理お願い。各付喪神から情報集めて、あの子に関する時系列がきちんと定まってるのかを……確認。しないと……」
頭に手を当て、苦しそうに顔を歪めるハナ。
いつもなら何も言わずにハナを休ませるべき状況だと傘は思った。しかし、その時傘はなぜかその態度にすら苛立ちを覚え、さらにハナを煽る。
「傲慢な重罪人だなぁ、オイ! 自分で引き起こした事件を部下に丸投げかよ……」
「ごめん。限界なの……。申し訳ないけど“彼”には見つからない程度まで隠蔽しておいて……」
それでも態度を変えないハナに更に苛立ちを覚える傘。と同時に“なぜ俺はこんなにもムキになっているのだろう”と現実には無い首をかしげる。
「それじゃあね……」
その間にハナはそう言い残してムカイの闇の中へ消えようとしていた。
その瞬間、ハナの後ろ姿を見た傘は焦燥感に駆られた。
このままではいけない。何か何か良い忘れている気がする。とても大切で言いにくい何かを今ここで言わなければならない気がする。
そんな骨董無形な焦りから出たのはあらかじめ決まっていたかのようにシンプルな言葉だった。
「自殺。……するつもりなのか?」
- Re: このティッシュ、水に流せます (本編 完) ( No.198 )
- 日時: 2015/08/26 21:16
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 6/Iobdvc)
「何のこと?」
少し間を置いてからハナがそう呟く。その反応を見た傘は考えるより先に口が動いた。
「何のこと。だぁ? お前が一番知ってることだろうが……」
形がないもやもやした感情が怒りとなり、言葉となって自分の中から抜けていくのが傘自身にも分かった。怒りすらかすれる今宵の一件からひと息ついたところで、飲み込んでいた怒りがふたたび沸き上がってくるのを感じた。
「これで最後だの、心置きなく死ねるだの……。さっきはよくもまぁそんな物騒なセリフを俺の前で吐けたもんだ、まったく」
「死なせやしねぇ……。お前が消えた瞬間、一体何人の人間が死ぬと思ってるんだ……」
部下としてではなく、ハナの師として。「ふざけるな!」と檄を飛ばす傘に対して、ハナは気まずそうに振り返ったものの、表情を一切動かさずにややあって「知らない」と答えた。
「そんなこと知りたくもない……」
「貴様ッ——」
ただ平坦に、何の感情も込められずに吐かれたそれは、かえって傘の怒りに火を付けた。
だがハナはなおも力の無い声で、まるで言わされているかのように語る。
「全ては“彼”が決めたこと。……私じゃどうにもならない」
「……っ」
傘の怒りがその言葉を経て戸惑いに変わる。
なにか言おうと意味のない呼吸を繰り返し、ただ傘は思考を巡らせこう言った。
「まだ……絶望的な状況じゃない。希望は、ある……」
希望——そう言った傘の声は明らかに絶望していた。希望を切望し、希望にすがるような弱々しい声だった。それを察してか、それとも元より聞く気すらなかったのか、ハナは弱々しく縮こまる傘をありったけの怒りを込めて睨むと右手で自分自身の中指を掴み、そのまま勢いよく引きちぎった。
「希望って何よ!! こんな運命のどこに希望があるっていうの!?」
引きちぎられた中指の根本から牛乳のような、または水で溶かした紙粘土のような白く、独特の粘性と光沢を持った液体が吹き出す。しかしそれも一瞬で、ハナの中指はまるで“何事もなかったかのように”根本から不気味な音を立てながら骨が、筋肉が、血管と皮膚が再生された。
それを傘にまじまじと見せつけたハナはダランと力無く再生した左腕を下げ、にやりと嗤って傘を見る。暗く、光の無い青い目で呪ってやろうかと言わんばかりに傘を見る。
「私は“あの人”に、この青い目を何度も、何個も潰されてきた……。そいつに今から会いに行くって言われて。……ねぇ、どうやって正気を保てって言うの!? 彼は死ぬぐらいじゃ済まないってことが何で分からないの!? ねぇッ!! 答えてよッ!! 答えなさいよジャノメッ!!!」
「…………………!!」
ハナの鬼気迫る表情に本名を言われた傘は、ジャノメは絶句したままコロコロと後ずさりする。
反論は……無い。ハナの苦労は……分からない。
その言葉を頭の中で回すのが精一杯なのかひと言も言葉を発さなくなったジャノメを見てやっと我に返ったのか、ハナは怒るでもなく悲しむでもなくただ1つため息を吐くと、傘に背を向けて再び歩き始めた。
「もういい。おやすみ。そして……ごめんなさい」
ひどく疲れきった声でそう告げるハナに、傘はやけくそ気味に声を張り上げる。
「あぁ……また明日な!」
また明日——。あの小娘に「またね」と言えないなら、俺にくらい言ってもいいだろう? と勝手な理屈を頭に巡らせながら、傘はハナに向けてそんな言葉を投げつけた。
「…………」
当然。沈黙するハナ。
「また明日な!?」
しかし、それでも傘は諦めない。ここで諦めちゃぁ男がすたる。そんな古臭い江戸っ子根性でやけっぱちにそう言い放つ。その熱意に負けたのか、はたまた単に面倒くさくなったのか。ハナは一瞬だけ傘を振り返ると「また。……明日、ね」と小さな声で呟いて、闇の中へと消えていった。