ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ、水に流せます (本編 完) ( No.200 )
- 日時: 2015/09/03 20:50
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CjEXmc.2)
それを黙って見送った傘はどこにもない口で溜息を1つ吐くと、コロコロと振り返る。
「さて……どうしようもない上司様のために仕事するか」
そう言うと傘は一気に沈黙し、動かぬ“モノ”と成り果てる。
精神を中心に集中させ“彼”が作り出しているネットワークへと自分自身を接続する。
すると一斉に他の付喪神から寄せられた情報が傘へと流れ込んで来た。
『彼女、走り、家、出る。自分の存在、ついて行き、調べる』
『それ、深夜、南向き、走る』
要約してもその程度の意味しか無い、人間には到底理解できない言語が、信号が傘の頭の中を渦巻く。しかし慣れているのか傘はスグにその意味を理解し、顔をほころばせる。
「元の時間に帰って即行動とは驚いた。……さすがだな嬢ちゃん」
傘はそれぞれの“モノ”達が一体どこにいるかを把握し、美咲の行動を時間別に追ってゆく。
長い年月を生き、多くの付喪神との関係を持つ傘だからこそ出来る芸当である。
そうして最終的に美咲が家から出て行った経路を割り出し、美咲が無事電話で話していた友人の家に駆け込んだことを確認すると「ふぅ……」と胸(?)を撫で下ろした。
「なんだ。俺が手を下すまでもなかったか……。はは」
不満そうなセリフとは裏腹に、今にも笑い出しそうな傘。
「いやぁやっぱ嬉しくなるよな、こういう瞬間は……。だからこそ付喪神は止められねぇ」
ま、止めようと思っても止められねぇけどな! なんて誰も聞いていない。聞いていても笑わない冗談を心の中だけに留めながら、協力してくれた付喪神達に結果を報告しようともう一度精神を集中させると、突如として単なる情報ではない、明らかに意思疎通ができるレベルの情報が傘に流れ込む。
「アノ……ジャノメ、様」
要約しなくとも、そんな言葉だった。
そのたどたどしい人間語と口調から傘はすぐに相手が誰かを悟る。
「おうビニール袋、今回は色々とご苦労だったな!」
先ほど飛び去ったビニール袋だ。混乱状態にあり、暴動が起きそうだった群衆の中で美咲を守り通した今回の事件における功労者だった。
傘はその功績をねぎらいしばらくビニール袋に向けて感謝を述べていたが、そういえば用事を聞いていなかったと我に返り、「んで、どうした」と世間話を止める。
するとビニール袋は神妙な面持ちでこう切り出した。
『先ほど元の時間軸に帰った幾田美咲について……折り入って相談したいことが——』
「……聞こう」
人語と付喪神同士の信号を織り交ぜておおよそそんなことを伝えてきたビニール袋に、傘もまただらけきっていた体と心を引き締め、同時に他の付喪神のネットワークから自分とビニール袋を切り離す。
『ありがとうございます』
「連絡は部下に任す無口なお前が直接語りかけてきたんだ。……察しはつく」
なにか部下には言えない問題を抱え込んだな? と続けながら傘はどこからも盗聴されていないことを確認しながらビニール袋に話を進めるよう促した。
が、ビニール袋は何かを恐れるように何度も何度も言葉を詰まらせ、なかなか話し出そうとしない。次第に傘も不安を募らせる中、ようやく決心がついたのかビニール袋はうやうやしくこう告げた。
『端的に申し上げます。……私の仮説が正しければ、幾田美咲は——』
『彼女は……“人間ではない何か”になりかけています……!!』
- Re: このティッシュ、水に流せます (本編 完) ( No.201 )
- 日時: 2016/05/06 04:04
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)
「な……」
その報告を聞いた傘は一瞬言葉をつまらせたが、すぐに冷静さを取り戻すとぶかしげに尋ねる。
「何を根拠に……あいつは今の今まで俺の目の前にいたんだぞ? 仮に何かよからぬモノに取り憑かれていたとして、俺とチリ紙に感知できないはずが——」
『紙代様と居たからこそ……気付かなかったのではないでしょうか』
しかし、なおも思わせぶりな言葉を吐くビニール袋。
「何が言いたい」
その態度が癪にさわったのか傘は威圧的に聞き返した。
するとそれを察したのかビニール袋は『失礼』とだけ信号を流すと続けた。
『私は幾田美咲の手を引き、彼女をそこまで連れて行きました』
そうだろうな、と傘は思った。
それを頼んだのは自分だし、今さら何の話をし始めるのかと呆れ気味に話を聞いていた傘だったが、次に送られてきた信号に思わず無い耳を疑った。
『複雑な地形を駆けまわる中、私は見たのです……』
『真っ青に塗りつぶされた……彼女の左目を』
「ば、馬鹿な!!」
浴びせられればどんな付喪神でも怯むような怒気を込め、傘は叫ぶ。
「つまりなにか!? あの嬢ちゃんは——」
『紙代様と同じ……体質になりかけているのでは。……ない、かと……』
対して、息切れでも起こしたかようにビニール袋からの信号が切れ切れになる。それはビニール袋もまた動揺していることを表していた。
嘘ではない。
無意識のうちにそう痛感した傘だったが、それでも乾いた笑いを口から出しながら譫言のように話す。
「……な。何かの間違えじゃないのか? あいつを。チリ紙を支配している力は土着神や妖怪なんてレベルじゃねぇ。下手すれば森羅万象をひっくり返すほどの力だ。……それがただの女子中学生にうつるなんてことは……考えられん」
その言葉は傘自身が長い人生ならぬモノ生を生き抜くうちに蓄えた知識から出た言葉でもあったが、なおかつその力に苛まれ続けるハナを思っての言葉だった。
『1つ聞いてよろしいですか?』「……何だ」
だが、ビニール袋はあくまでも冷静に傘を問いただす。
『彼女はあの場所に、名前すら無いあの場所に落ちた後、復帰したと聞いています』
「あぁ。……落ちたと知った時は本当に青ざめた。人間があの場所に堕ちるなんて事例、今まで無かったからな。無事帰って来た時は、めずらしく無い胸を撫で下ろしたよ……」
「で、それがどうしたんだ」と傘が続ける前にビニール袋は『やはり、そうでしたか……』と何かに納得し、『……では改めてお尋ねします』と前置きしてから恐る恐る、今までひた隠しにしてきた理論を信号として傘に飛ばしてきた。
『存在全てが消えてゆくその場所に落ちた人間が、“人間のまま”帰ってくる保証が……あるのでしょうか?』
- Re: このティッシュ、水に流せます (本編 完) ( No.202 )
- 日時: 2016/05/06 04:06
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)
「……!?」
それは核心を突く言葉だった。
返す言葉すら見つからず、ただ絶句をもって『想定外』と告げる傘にビニール袋はなおも続ける。
『先程、ジャノメ様は今回のような事例は初めてだとおっしゃいました。だとすれば落ちた人間を救い上げた場合どうなるか、知らない。ということですよね……?』
「あ……あぁ」
傘が特に肯定以外の意味を持たない返事をする。
『あの場所は……森羅万象いかなるモノも存在を許されません。ただひとつ存在できるものがあるとすればそれは紙代様だけ……』
『そんな世界から逃れたということは、それ自体が紙代様と同じ体質になった証拠だとは……考えられませんでしょうか?』
「…………」
ビニール袋の話が終わるまで、傘は黙ったままだった。
否。黙るほか方法がないほどに困惑しているのが、まだ人の感情をよく理解できないビニール袋にさえ分かった。
『……』
送る信号も、かける言葉も分からないまま。数秒が過ぎ、一体どうしたのかとビニール袋がコールしようとした瞬間。——傘が低く唸った。
「情報を……集めてくれ」
『……は、はい』
何のことか分からず傘の言葉を待つビニール袋。すると耐えかねたように傘が吠えた。
「あの時間軸だ! 嬢ちゃんがあの場所から帰ってきた直後に居た、嬢ちゃんの両親が出会っていない世界線での目撃情報を洗いざらし探せッ!!」
『は。……はいッ!』
それから傘とビニール袋は決して情報が漏れぬよう細心の注意を払いながら、美咲の目撃情報を付喪神達に聞いて回った。そしてあの時、男の子の部屋の中から罵り合う美咲と父親の姿を見ていたブリキ人形の証言にまでたどり着いた。
それは『美咲の真っ青に染まった左目を見て驚いた父親が、美咲をバケモノ呼ばわりしていた』という、ビニール袋の推測を裏付ける決定的な証拠だった。
『ジャノメ様。……どうすれば』
だが、もちろんビニール袋に笑顔などない。
『どうすれば、よいのですか……?』
ただ現実味を帯びてゆく自分の掲げた仮説に怯え、震えていた。
傘もまた、明らかになってゆく事実に震えながらも、部下の手前怯えているわけにもいかずあくまで冷静を装いながら支持を出す。
「お前はここに残れ。……俺はハンカチと連絡をとって幾田美咲のもとへ行く」
あいつはハナと一番の仲だった。なら“この現象”についても詳しいハズだ。
そう言い残すと焦っているのか通信を切ろうとする傘。しかしビニール袋は『待ってください!』という意味合いの信号を発し、傘を引き止めた。
『紙代様には何と……言えば……』
『ハナには絶対に知らせるな』
しばらく間を置いて、傘は念を押すように威圧を込めてそう言った。
「あいつはこの現象に関係があり過ぎる。もし事実を知れば事態が悪化しかねん」
くれぐれも、中立の立場である俺とお前意外に情報を漏らすな。と言う傘に、ビニール袋はしばらく沈黙した後に、『はい』と肯定を意味する信号を送り、立て続けにこう告げた。
『お気をつけて』
「あぁ。……そっちは。頼んだぞ」
傘はその信号に少し明るい声で答えると、近くにあった水たまりに飛び込み、ちゃぽん……という音を残して、このムカイから姿を消した。