ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.204 )
日時: 2016/03/16 22:11
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: ngsPdkiD)

◇2滴目 流れ込んできたお客様の話

 給食時間中。ふとした瞬間こう思うことがある。
なぜ中学生になってまで給食配膳をやらなければならないのか、と。
 いや、分かってる。そりゃ私立の中学だと普通に食堂とかあるの知ってる。
しかし公立のいわゆる普通の中学校だからと言って、15歳にもなった思春期の学生たちに給食配膳をやらせる意味が果たしてあるのだろうかと私は説いているのだ。

 そういうまどろっこしいことは小学校6年間やらせれば染み付くし、なにより人間関係が複雑な学生たちの一部に『食』という大切な行為を任せていいのかと私は常々つねづね思う。
 『給食』というシステムがあるせいでいじめられている生徒も居るというのだから、この制度は国としても早期に見直す必要があるのではないかと思っていた。なにより私の腹を早く満たせないことが1番嫌だった。だが、
「わっせ、わっせ……」
 こういうことがあるから、この歳になってもそういう訓練が必要なんだなと今、改めて思った。

 両手には木製の四角いトレー。その上におかゆと病院からもらった風邪薬。その他諸々が乗っかっている。重さが違うそれぞれのモノをこぼさぬようポスターだらけの階段を登り、一軒家の2階にある空き部屋へとやってきた。
「あ……ヤバ」
 と同時に両手がふさがっているため、ドアノブに手をかけられないことに気付く。
「せ、せぃやぁ〜」
 とりあえずドアノブを右足で握り、そのまま下におろす。
たまにバランスを崩して大惨事になるが、今回は大丈夫だった。足でドアを押すとすんなり開いてくれた。
 そのまま体でドアを押しながら、私は“元”空き部屋に居る友人を呼ぶ。
「ミサッキ〜。エサだよー」
「…………」
 布団で寝ていた友人が無言のまま、『マジで殺す』とガンを飛ばしてきた。
怖いね〜。……最近のキレる若者怖い。
「はいはいごめんごめん。悪ぅございやした美咲殿」
「……突っ込む余裕ないんだからこれ以上ボケるな」
 謝ったのに全然態度が軟化しない友人。
普段ならもう少しイジってやろうかと思うところだけれども、病床に伏している友人には酷(こく)なので素直に「ごめん」と言って、美咲の枕元にトレーを置いた。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.205 )
日時: 2015/11/07 17:09
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode

 幾田美咲。いや……今は母方(ははがた)の穂坂という苗字で呼んであげた方がイイのかもしれない。父親のDVが原因で起こった離婚問題で、今この家に避難している私の親友だ。
 国語以外からっきしダメな私とは違い成績優秀な子で、そのせいもあってかクラスでは孤立していた。私も彼女に対してはそういう孤高の天才的なイメージを持っていて、だからこそイジりがいがあったのだけれど……。話を聞いた今となっては、彼女が歪みに歪んだ天才だったことがよく分かる。

 だからというわけではないけど……父親のDVを告白され助けを求められた時、私は二つ返事でうなずいた。
もちろん。友人の家庭事情に首を突っ込まない方がいいことぐらい分かってる。でも私のパパは弁護士をやっている関係上、警察とも縁が深いし、なによりリスク覚悟で私がそうしたいとパパに泣きついた。みっともなかったけど「友人が困ってるのにそれを無視するなんて一生の恥だ」と言ったらパパもママも許してくれた。

 そういうわけで私は今、2階の空き部屋で美咲を飼っている。犬みたいに吠えるけど、今は借りてきた猫みたいにしおらしいので扱いは楽だ。
 ……というブラックジョークはさておいて。
なぜか今原因不明の熱病にかかり、病床に伏している友人にそろそろ話しかけるとしようか。
「どう? まだキツイ?」
「……うん。……頭痛は少し良くなったけど、やっぱり体温が40度から下がらない」
 チッ、と心の中で軽く舌を打つ。
やっぱ駄目か……少しはマシになったんじゃないかって思ってたんだけどなぁ……。
そう思いながら、私はトレーにのっている風邪薬をぼんやりと見つめた。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.206 )
日時: 2015/11/15 13:38
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 熱が上がり始めたのは1週間ほど前のこと。
罪滅ぼしのつもりか家事手伝いのために家中を飛び回っていたクソ真面目な友人が風呂場で気を失っていたのがコトの発端だ。
 ずぐにいくつかの病院を周り、検査してもらったが結果はどの病院でも“原因不明”。結局、「まぁ、様子を見ましょう」という頼りない言葉と適当な薬で追い返されたのだが……。
「そっか。薬も効いてない感じ?」
「……えっと、今の薬は飲み始めて2日目だけど——」
 効いてないな。
美咲の発言を待たずして、私はそう確信した。

「分かった。キツイなら無理に話さなくていい……」
 どうやら、私もふざけている場合ではなさそうだ。
心機一転。せめて強い視線と言葉で美咲を元気づけようと試みた。が、
「……話しかけてきたのはトモエでしょ?」
「そうでした」
 逆に怒られた。ぐうの音も出ない。
「でも、たしかにあんまり喋らない方がいいかもね……。感染うつったら大変だし」
 それどころか私を気遣い始めやがった真面目な病人になんかモヤモヤしたので、私はとびっきりの笑顔でこう言ってやった。
「私馬鹿だからダイジョォーブ! 問題ナッシング!」
 グッと親指を立て、ウインクする私のキメ顔を見た美咲は、しかし苦笑いしながら呆れたように続ける。
「……馬鹿なこと言ってないで少しは気をつけてよね。テスト期間終わってこの家で暇なのトモエぐらいなんでしょ? ……それに、あんたまで倒れたら、私も嫌だし……」
 熱で顔真っ赤なくせして色んなことを心配する友人に一瞬なんか腹が立ったが、美咲が微笑む姿はレアなのでやんわりと反論してみる。
「え〜せっかく元気づけてやったのに、ナニその反応は……そして人を暇人みたいに言うなッ。学生の本分は勉強だから学校行ってればいいの!」
「その勉強すらダメな人じゃないの? トモエは」
「そうでした」
 またしても言い負かされる。でも、そんなやりとりがなんだか私達らしかった。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.207 )
日時: 2015/12/12 17:14
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 そんな会話の最中。唐突に美咲がこう切り出した。
「ねぇトモエ……妖怪とかオカルトとか……そういうのって信じる?」

「へぇ……」
 ややあって、私がそう応答する。
するとその反応が気に食わなかったのか飼い犬が噛み付いてきた。
「何? そのへぇ……は」
「いや〜ミッサキ—ってそういうの信じてるんだなーって。そういうオカルトとか根拠の無いものを見ると、片っ端から潰しそうだと思ってたから意外だねぇ」
 本当に意外だった。意識の外と書いて意外だった。
「どこの嫌味キャラよ、私」
「ヒクツなネガティブキャラではあるっしょ?」
「……たしかに」
 またしても意外。美咲を言い負かしてしまった。

「で、それがどうしたの?」
 が、そんなことは今の私にとってどうでもいいので続きを促す。
「うーん……」
 疲れてきているのか、美咲はやや間を開けて突拍子もなく言った。
「八百万(やおよろず)の神、って言うじゃない?」
「え? あぁ、なんか小さい頃親から言われたなそれ。『モノには魂があるから粗末にしちゃダメ』って。……それでそれがどうしたの?」
「いや、なんか目には見えないけど自分を支えてくれる存在って居るもんだなーって。……それだけ」
 そう言い残すと美咲はぐるぐると布団に絡まって、そっぽを向くように寝返りをうった。

「なんじゃそりゃ」
 心底どうでもいい話じゃん。と呆れ果てた声を上げる私。
すると美咲はそっぽを向いたままこう付け加えた。
「……言わなきゃ分からない? 遠回しな感謝ってやつよ」
「……」
 呆れ果てて油断していたからだろうか、絶句した私をしかし美咲は気にすること無く続ける。
「なんだかんだ言っても、その……トモエは命の恩人だし……」
 矢継ぎ早に飛び出す言葉。どうやら言い慣れない言葉に動揺しているようだった。
「たしかに今までトモダチだとすら思ってなかったけど」「無かったんだ……」
 動揺していても失礼なヤツだった。
「だけど、泣きついてまで御両親を説得してくれた時……なんか、恥ずかしくなった」
「そんなに!?」
 たしかにかなり泣きわめいたけど。派手に泣きじゃくった記憶しかないけども。そこまで言うことは無いだろうと友を恨めしそうに睨むと、それを背中で察したのか「イヤ、違う。そっちじゃない」と冷静に切り返した後、今度は重く沈んだ声で語り出した。

「今までの私に呆れたのよ……。こんなにも心配してくれる人が居たのに、自分何やってたんだろう、って。……本当に恥ずかしかった」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.208 )
日時: 2015/12/23 18:58
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 竜頭蛇尾。
よほど気に病んでいたのか、それとも単に恥ずかしいのか。尻すぼみになっていく、掠れるような彼女の叫びに私は——。
「ウチに来てくれたじゃん」
私はあえて笑顔でそう言ってやった。
「…ぇ?」
 らしくなく、弱々しいかすれた声が返ってくる。
「誰かに助けてもらいたい。って美咲が家に来たでしょ? だから助けたの。それだけ」
 その声に私はスマートかつ、とてもカッコよくそう言い捨てた。
本音を言うと素で泣きそうな反応されたので、妙に気恥ずかしくなってザツに言い切った。
「とーにーかーくー! そんなことで悩んでたら症状重くなるよ? ほら、えっと。病(やまい)ワキからって言うし」
「病は気から、ね。私のワキから一体何が出るのよ……」
「汗?」「でしょうね」
 そのままの勢いで、あはははと笑う私。
今のは明らかにわざと間違えたでしょ? と何やら失笑する美咲。

 少々強引だったけど、少なくとも今はこういう関係で馬鹿げた会話をしていたかった。
ここ数週間、お互いずっとシリアスムードだったのだ。これ以上しんみりしているのは私も、きっと美咲だって耐えられない。背負っているものが重いだけに、今は笑って——。
(ヴヴヴヴヴヴヴ……ヴヴヴヴヴヴヴヴ……)
「ん、何?」
「あぁ、あぁごめん。私のスマホ」
 なんだか母親のような気分で友人のフトンミノムシを見つめていた私を、スマホのヴァイブレーターが現実に引き戻す。急いで起動させてみると、友人からの電話だった。
「ごめん。ちょぃ電話かかってきたから外出るね」
「そ。……いってらっしゃい」
 というわけで妙に冷たい友人のお見送りを背中で感じながら部屋の外に出る私。
ひとまず通話ボタンを押しながらスマホを耳に当てると聞き覚えのある声が耳をくすぐった。
「ぁ、おう。ササハラ? ササハラ……だよな?」
「お〜トミーじゃないか。久しぶり〜」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.209 )
日時: 2015/12/30 19:40
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0T0BadNT)

 富山和人(とみやま かずと)、略してトミー。小学生ぐらいからの付き合いで、ものごころついた時にはクラスのムードメーカー男子として私の相方を務めていた男子だ。
「あ、やっぱササハラか! ふぅーお前の携帯にかけるの始めてだから、ちょっと緊張したわ……」
 そんな彼が電話してくれたのでとりあえず私は最大限のサプライズでお迎えした。
「……うん。これで、もう誰にも邪魔されずに2人っきりで話せるね。——和人」
「ふざけるな」「あは」
 というわけで挨拶(おふざけ)終了。本題に入る。
「……で、今日もまた恋愛相談?」
「はぁ? 俺がいつお前に恋愛相談なんかしたよ。今日もあいつの——」
「そう。私みたいな偽物じゃなくて本当に惚れた人が心配で電話かけてきたんでしょ? 違う?」

 前言撤回。ちょっと遊び足りなかったので少しトミーをからかってやると数秒後、受話器からしどろもどろな解答が流れてきた。
「……いや。あの。まぁ、そう、なのかは分からくもないような……そうじゃ、無い気も」
 そう。トミーには好きな人がいる。
好きで、なにより心配で、違う区域の中学にわざわざ転校するほど好きな女の子が富山和人にはいる。
「ハッキリ好きって言っちゃいないよ〜。ちーちゃんにはナイショにしとくよ?」
 だけどこの馬鹿、態度は大きいクセしてどうしようもなく気が小さいから。
「い……いや、違う。俺は、善意でだな……?」
 告白もできなければ、彼女との間に問題があると1人で大きくして私に泣き付いてくる。
「はいはーい。トミーの気持ちとかどうでもいいから、さっさと要件言え。切るぞ〜?」
「ちょ、お前の方から聞き出しといて俺の気持ちザツに放り投げるのかよ! あーはいはい言うから、切るなッ!」
「相変わらず気が小さいね〜冗談だって。あはは!」
「て、てめぇ……くっそ」
 ま。そんなわけでひとしきり遊んだので閑話休題。というか、今度こそ本題に入る。

「千里の病気について話したいことがある」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.210 )
日時: 2016/01/23 18:55
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pKTCdvWc)

 トミーがそう切り出すと同時に私は「だろうね」と答えた。
今まで家の固定電話にかけてきた相談10個のうち9個がその質問だった、驚くはずもない。
まるっきり予想の範囲内と内心ほくそ笑む私は、とりあえずお決まりの確認をしてみた。
「で、具体的にはどうしたの? 千里さん、は」

 白凪千里(しらなぎ ちさと)それがトミーの彼女の本名だ。
何度か会ったことがあるがとにかく不思議な子で、何も無い空間を見ていたり、かと思えばいきなり無邪気に笑い出したり……と、つまりは『そういう系の病気を持っている子』らしい。
 だからと言って嫌いではない。すれ違いはあるものの普通に言葉は通じるし、会話できる人間は誰でも無条件で好きになるのが私という人間だ。が、
「悪化した? それともまた問題起こしたの?」
 そうは思わない人もいる。

 どうやっても周囲から白い目で見られてしまうし、どうしても人間関係で問題が起こる。
「うーん。それもあるんだが……」
 だからコイツは中学を転校してでも自分だけは彼女味方であろうとし続けているのだ。そしてそのバカさに免じて、少しでもコイツに協力しようとしている馬鹿が、つまり私だったりするわけで。
「ハッキリしないなー。マジで何があったの?」
 でもそんな背景は今関係無いので、私はとりあえずあやふやな発言しかしないトミーをもう一度だけ問い正したりしてみた。
 すると彼は私にとって、予想斜め上な答えを“うれしそうに”吐いた。
「それがな? この頃。あいつ、不機嫌そうなんだよ」

「へぇ……それは“よかったね”」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.211 )
日時: 2016/01/25 23:53
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pKTCdvWc)

 何の皮肉でもなく、私は本心からそう言った。
彼女が不機嫌になったそうだ。そりゃよかったよかった……めでたしめでたし。

「……シュールだね、この会話」
「……だな」
 お互い苦笑交じりの皮肉を吐いたところで、思いつめるようにお互い黙る。
おそらくトミーも白凪千里のその人となりを思い浮かべ、そしていたたまれない気持ちになったのだろう。
なぜなら彼女は——ちーちゃんは精神にとある障害を抱えているからだ。

 それが、“負の感情を抱かない”という奇病。
悲しみ。憎しみ。怒り。寂しさ。後悔から体の痛みに至るまで。あの子のアタマで全て、『幸せなこと』に変えられてしまう。らしい。詳しくは知らない。ただ私の知る限り、彼女は傷だらけでもニコニコと笑っているような子だとは言っておこう。

 そういう訳でちーちゃんが不機嫌になるということは私達にとって喜ばしいことだった。それはすなわち彼女の症状が軽くなっている証だろうと察し、私は率直な感想を述べる。
「そっか。……うん、トミーの頑張りのお陰だろうね」
「ぇ? いや……そうか?」
 ナゼか照れるトミー。
まったく。普段カッコつけてるクセして真面目な話題になると謙虚な奴である。
……だからこそ、いじりがいがあるというものだ。
「つまりはトミーを助けてる私のお陰ってことだね。この恩は一生忘れないでもらいたい」
「……忘れるまで覚えとく。それより、その不機嫌ってんのがクラスメイトに対してみたいで、ダチの話によるとなんか教室で問題起こしたらしいんだよ」
「あ、あたしのボケを何だと……」
 普通にスルーされた。ちくしょう。
「お前のボケに突っ込んでたら話進まねぇんだよ! ともかくウチの教員共も頭固いからなんか学校全体が千里に対して険悪なムードになっててさ、あいつ自覚ないし俺どうするべきなのかな……って」
 どうやらシリアスモードになっているらしいトミーに、仕方ないので私は何の冗談でもなく真面目にこう言った。

「どうするべきか、ってことなら。これ以上、何もしなくていいよ」
「え?」
 ナゼか驚くトミー。
一体何に驚いているのか分からないうえに、なんかこういう真面目な話は体力を使うので私は壁にもたれかかりながらあっけらかんと受話器に向かって続ける。
「だってさ、トミーのことだから私に相談する前に色々やってんでしょ? ちーちゃんの相談に乗るとか、味方してくれる生徒探すとか。そりゃ何かあったら私手伝うけど……」

「ちーちゃんを一番大切に思ってるのはトミーなんだから、トミーのやりたいようにやればいいんじゃない?」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.212 )
日時: 2016/01/30 22:54
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pKTCdvWc)

「そ、そうだよな! あぁ、うん。分かった、出来る限りやってみるよ千里のためにもな」
 消え入りそうだったトミーの声に覇気が戻る。どうやら迷いは晴れたようだった。

 それからしばらく言葉を交わし、お互いに「またねー」と別れを告げた後でふと思い出したようにトミーはこう付け足した。
「あ、“今度こそ”マジメに会話できることを祈っとくぜ?」
 その忠告を私は「へっ」と鼻で笑って蹴り飛ばす。
「無理だね。私はトミーと漫才してるこの時間が好きだから、今電話を切ったその瞬間からネタを考えてんの! ……次、電話かけてくる時は覚悟しなよ?」
「はぁ? なんだよそれ……こっちは真剣に千里のことを考えて相談してるんだぞ? あぁ、もういい! そっちこそ覚悟しろよ、絶対お前のペースには飲まれねぇからなッ!」
 私の冗談を真に受けて吠えるトミー。
そんな親友のツッコミを受けて私は「あはは」と愉快そうに笑う。
「…………」
——ことができなかった。

 少しだけ、肺の奥が重い。
さっきまで飛び跳ねていた心が急におとなしくなる。
 彼に怒られたからだろうか? そうかも。
それとも、楽しかった時間終わる寂しさだろうか? それもあるかも。
もっともらしい答えはいくらでもあった。でも……。
 でも本当の答えはすぐに分かった。
“まだ、言いたいことが言えていないからだ。”

 でもソレは言えない。
だから私は——嫌気がさすほどバカな自分は、ソレの代りに意地の悪い言葉を吐き出した。
「あ、そうそう、私気付いたんだけどさ」
「ぁ? 何だよ」
「本人が居ない時は“千里”って下の名前呼ぶんだね」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.213 )
日時: 2016/02/05 20:54
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pKTCdvWc)

「…………」
 トッシー側の音が……消える。
おそらく赤面したまま必死に存在を消そうとしているのであろう彼のことを思いながら、「じゃ、またね〜」と私はテキトーに電話を切った。
途中、言葉にならない言い訳みたいな単語が聞こえたけど空耳だろう。うん。
そういうわけで私はスマホの電源を切って、部屋には戻らずそのまま立ちつくした。

「諦めたはずだったのになぁ……」
 誰もいない2階廊下で小さく呟く。
「気持ち、打ち明けようとしたその日に『大切な人を守りたいから転校する』なんて、冗談にもならない冗談でスッキリ粉々にされたハズなのになぁ……」
 まるで昔の自分がそこに居るように語りかける。
「なんで今さら言っちゃったんだろ……あんなこと」
 私はトミーと漫才してるこの時間が好きだから。
だからもっと、もっと……もっと。……少しでも長く“彼と話していたかった。”
「そっか、カズトじゃなかったら。……楽しくないもんね」
 その気持ちは嘘じゃない。
まだ彼を『カズト』と呼んでいたあの日に、自分の気持ちを言えなかった後悔はある。
「でも、もういい」
 始まってもいない恋に泣いたのはずっと前。
もうそれは関係のないことだ。

「と、思ってたんだけど。……やっぱ初恋相手と好きな人の話題とか無理だわ〜正直……辛すぎ」
 今さら自分の思いを伝える気は無い。
ただ、好きとかそうじゃないとかそういう問題じゃなく。
「過去のキズ掘り返すなよ〜。そっとしておいてよマジで……」
 そっとしておいて欲しかった。
電話が鳴るたびに嬉しくて。話し終わったら苦しくて。
電話のたびに覚悟するのはいつも自分で……でも。
「まぁ。それも心地いいけどね」
 彼とちーちゃんが感謝してるなら、むしろその痛みが逆にありがたい。だって、
「この痛みを嘘で隠したら。きっとあの2人を心から応援できないだろうから……」
 自分に嘘ついたら、もうそれは自分ではないだろうから。

だからこの痛みは……きっと……。

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.214 )
日時: 2016/02/19 21:30
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: LtMVL/Tf)

「って、何シリアスやってんだ私……」
 唐突にやって来る、馬鹿馬鹿しさ。
ふと現実に戻ってみると、なんいというか“何やってるんだ私”感が半端無かった。
 というか、1人呟いたところで誰も聞いてねぇんだよこんちくしょう。
あれか? 少女漫画のヒロイン気取りか? 甘酸っぱい青春ラブストーリーじゃねぇんだぞ? 
 という、ひとりボケツッコミ状態になりつつ、とりあえずジメっぽい空気が嫌いな私は気合を入れなおす。
「あぁーも〜やめやめ。感傷にひたってもメシがマズくなるだけだ!」
 両手で自分の頬をピシピシと叩き、そのまま両手を上げて背伸びする。
「…っしゃぁー! らしく行こうぜ!」
 自分らしくと自分を鼓舞し、とりあえずいつもの私に戻る。
そのまま出た時と同じ顔でまた部屋に戻ろうとしたところで、私は後ろから呼び止められた。

「と、友恵!? おま……え、一体何を……」
「チッ」
 振り向くまでもなく、察した。
父親だ。私のパパが、おそらくワナワナと震えながら階段に立ち尽くしているのだろう。
 厄介なことになったなぁ、と内心不機嫌になる私。そしてそれがそのまま態度に反映されて、リアルに舌打ちする私。我ながら裏表のない単純人間だな、と嫌悪を通り越して感心する。
「お前……美咲ちゃんの看病は僕達大人がやると言ったじゃないか」
 そんな感心に水を差してくるバカ。……失礼、パパ。
仕事帰りだからかキチッとした背広を着込み、それにしては不釣り合いなぽけ〜とした顔をしているこの男をどうやり過ごそうかとアタマをフル回転させるが、元々アタマの中身が無い私はそのまま駄々をこねる。
「ママ、晩ごはんで忙しかったし、パパは居なかったじゃん……」
 ぶすぅっとした顔で不機嫌そうにそう言ってやるとパパは一瞬面食らったように沈黙したがずぐに口を開く。
「なら仕事場に電話くれれば——」「やだ」
 が、間髪入れずにそれを私がねじ伏せる。

 出鼻をくじかれ「な……」と絶句するオヤジ様。
だが私は一度駄々をこねたら止まらない。なによりパパごときに口喧嘩で負けるのが気に食わないのでそのまま追い打ちをかける。
「私の友達なんだから私が看病したっていいじゃん! 何でダメなの?」
「それは……。あれだ、お前に病気が伝染らないようにだな——」
「弁護士だって人と話すお仕事だから病気になったらダメじゃん! なに? そんなに美咲の看病がしたいの?」
「い、いや。別にしたいというわけじゃ……なくて、だな」
 徐々に弱腰になり始めるパパ。必死なフリしてほくそ笑む私。
 しめしめ、だいぶ弱ってきた。パパのお小言は、怒ると長いからなぁ……こうやって気力を削いでおかないと1時間近く時間が潰れるんだよね〜。さて、それじゃもうひと押ししておきますか。
「ハッ……まさか」
 わざとらしく口に手を当て目を見開く私。
頭上に?マークを浮かばせるパパを尻目に、トドメを放つためたっぷりと時間を置いた後、私は満を持してその言葉を放った。

「まさか、パパって……“そっち”、なの……?」

Re:  このティッシュ、水に流せます (第7章 完) ( No.215 )
日時: 2016/02/27 17:42
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: LtMVL/Tf)

「は?」

「なるほど……なるほど。全部分かったよ。そっか、パパは女の子の看病をしたい人だったんだね……そういう人の娘だったんだね。私」
 唖然とする父に背を向け、泣き出しそうな笑顔(嘘)を浮かべる私。
対してパパはやっと思考が追いついたのか、父親としての顔を崩し、早口でまくし立ててくる。
「な。おま。……馬鹿ッ!! 何を言い出すんだッ!! 違う! 違うぞ!? 断じてそういうアレでは——」
「うんうん、はいはい。言い訳は法廷で聞くよー? 元弁護士さん♪」
 ツッコミ役と化したパパの肩をポンポンと叩きながら、にっこりと悟りきった笑みを浮かべる私。
「大丈夫だよパパ……。妻子持ちで子供に手を出したとはいえ、まだ未遂だから。すぐ……帰ってこれるよ……きっと」
 指先で出てもいない涙を拭う動作をしながら、事件解決な雰囲気を醸し出す私。
「何の未遂だ、どこに連れてくつもりだーッ! しかも元ってなんだ……元弁護士って!」
 そんな私を見てこれが漫才であることを察したらしい父が息を荒げながらツッコんでくるので、私はなに喰わぬ顔で返す。
「容疑者のがよかった? それとも被告人?」
「両方却下だ……我が娘よ」
 無駄なイケボで断る父。
相変わらずノリの良い大人である。
「じゃぁ、ロ○コンかセクハラ弁護士の2つからお選びいただくカタチに——」
「容疑者で」「かしこまりました」
 前言撤回。やっぱりパパはパパだった。
「オーダー。容疑者ひとつ入りまーす」とエア厨房に勝利宣言をしつつクルクル回る私。
対してパパは漫才熱が冷めたのかそれはそうと、と切り出した。
「で、一体何がしたかったんだ? トモエ」