ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.227 )
日時: 2016/04/19 21:02
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)

◇第9章 流れ込んできたオッサンの話 

「—————ッ!!」
 ガバッと布団を蹴りあげると、そこは和室だった。
タタミ特有の青臭い匂いでむせ返るその空間で私は首をかしげる。
「……?」
 一体何だったんだろう今の夢は……。
内容はよく覚えていない。ただ酷く怖い夢を見ていた気がする。
 とりえず重い体を動かして起き上がり、辺りを見渡す。
そこは何の変哲(へんてつ)もない和室。というかうちの家の和室だった。
 畳張りで掛け軸や仏壇が並ぶその部屋の真ん中で私は寝ていた。
「なんでこんな場所で……」
 私は重度のタタミフェチでも和室意外受け付けない純日本人でもない。
現に私の部屋は読めない英語が書かれた雑貨で溢れ返っている。

「……起きるか」 
 とはいえ悩んでいても仕方がない。
とりあえず自分の家だし、両親にでも聞けば原因も明らかになるだろう。
そう考え、左足に力を入れた瞬間——。
「……ッツ!」
 ふくろはぎに激痛が走る。
「ん? 寝違えたのかな……」
 思うようにカラダが動かないことに疑問を抱きつつ、それでも布団から這い出ようとする私。その背後から、突如としてゆるーい声が響いた。
「あら〜トモエ。やっと起きたのねー」

「あ、ママ。おはよ……」
 無駄にふわふわとした口調で布団から出る気力を吸い取るこの人は私のママ。
本名、佐々原恵美子。性格は……。
「すごーい。頭がギター振り回してるひとみたーい。あははは!」
「……ロック的な寝癖って言いたいの?」
 見ての通りの天然記念物だ。
佐々原家では別名マシュマロメンタルとも呼ばれ、彼女とマトモに会話しようものなら大抵のことがうやむやになるので、私は即急に話を変える。
「アタシ、どうしてたの……?」
 事情が分からない。眠った前後の記憶が無いのに加えて眠った覚えすら無いと訴える私に、ママは相変わらず私より眠たそうな声で応じる。
「う〜ん? えっと、トモエちゃんはね、2日間ぐらい起きなかったんだよー?」

「は? え……2日間!?」
 ふ、2日間って言ったらその、24時間……じゃない、倍の48時間!? 
「うん。土・日挟んで今日までずっと意識が戻らなくて……もーお母さん心配したんだよ〜?」
 あっけらかんとした母親の声が徐々にフェードアウトしてゆく。まるで竜宮城から帰ってきた浦島太郎のような現実とのギャップに苦しみながらも、私は続きを促した。
「意識が戻らなかった。って、そんな……何で」
「落ちたの、トモエが」
「高校受験に!?」
「え、階段からだけど?」
「な、なんだ……」
 ヤバい。本気で時間の感覚が狂ってる。
この前、期末テストの結果でパパにこっ酷く怒られたのが原因かもしれない。
さすがに数学17点はマズか——。

「で、階段から落ちたってどういうこと? まさか普通に転げ落ちたとか?」
 現実世界の非情さから逃げるように話を進める私にママが答える。
「うーんと、突然階段に穴があいてね? そこにスッポリ——」
「はいはい。そういうのいいから、ホントのこと言ってママ」
「も〜。ジョークの分からない子ね、トモエ」
 私の冷静なツッコミにほっぺを膨らませるママ。
パパはこの人と家族になろうとした時、不安はなかったのであろうか……。
子供の頃から抱いている疑問を目の前にいる天然記念物に重ねていると、ひとしきり駄々をこねた母がまた口をひらく。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.228 )
日時: 2016/04/20 02:11
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)

「えっと、ホントはね。……ただ単にトモエが足を滑らせて階段から落ちただけ」
「……マジ。ですか」「マジ、デス」
 どうやら私の予想は悪い意味で当たっていたらしい。
普通に落ちたって……。それで2日気絶したって、どれだけ私の体は貧弱なのだろうか。
これでも現陸上部の体育会系女子なんだけど……?
 顔をしかめて虚空を見詰めつつ、そこに居る神様的な存在に愚痴吐く。
が、居もしない人物から答えなど返ってくるはずもなく、私は黙ってママの話を聞く。
「パパによると美咲ちゃんの病気が感染ったみたいで、目眩が原因だろう〜って」
「あ〜なるほど。階段を降りてる時に目眩が、って……え?」
 美咲の病気が感染った?
え、何で美咲が……ぁ。……ぁ、あ!

「そっか美咲。病気だった……んだっけ?」
 思い出した。そうだ、美咲がウチの家に来て、それからしばらくして具合が悪くなったから、それで……私に感染った?
「え? でも美咲は2階の空き部屋に居て。パパに入るなって言われてたから……病気になってから美咲とは会って、ない……よ?」
 段々と言葉が尻すぼみになる。
あれ? よく思い出せない……。夢か現実かよく分からないけど、かすれた記憶の中に美咲の声があるような、ないような……。
「混乱してる? 高熱出してたし、記憶が曖昧になってるのかな」
取り乱す私を心配してくれているのか、めずらしく眉をひそめる母親。
どうやら事情を知っているようなので私は口をつぐんだ。

「金曜日。トモエはパパの言いつけを破って美咲ちゃんの看病をしたの。……よほど感染力が強いんだろうね〜。パパが重装備でやるぐらいの病気だからかあっという間に感染って、看病人のトモエが病人になっちゃったの」
「……それで、2日も?」
「そう。病院では特に異常は見つからなかったけど、謎の病気の方はなかなか難しいらしくて……でも何度かパパのお薬を飲ませたから元気になったみたいね。よかった〜」
 無邪気に笑うママの顔を見ながら、私はお薬という単語が気になって飴を舐めるように口内を舌で舐め回す。
 正直薬は好きではない。ママではなくパパが持ってきたというならまだ信用できるが、寝ている間に飲ませるとは、一体どうやったのかと口内を舐めること数秒。
『ぐ…ぐぇ……』
 妙な味が舌をシビレさせる。どうやら薬の一部が歯の裏にこびり付いていたらしい。

 ハッキリ言ってひどい味だった。なんというか、ゴーヤと瞬間接着剤とキシリトールを一気に食べたような、罰ゲーム意外では絶対口にしないような味。そんな味に顔をしかめていると母親がニコーっと笑いながら私に顔を近づけて来る。
「それで〜? トモエちゃん私に言うこと無いかな? ん?」
 思わせぶりなセリフと表情。他人が見れば単に笑っているだけだと思われるその表情も佐々原家内では別の意味に変わる。それはすなわち——。
 うわ〜。かなり怒ってるよ、これ。
笑顔の圧力。脅迫行為。とりあえず頭を下げなければ実力行使と笑顔で告げているのだ。
しかしこの佐々原友恵、売られた喧嘩は買う性分。
母親だろうとこの反抗期真っ只中の私が恐れるはずもない。
「勝手なことして、ごめんなさい」
「うん。よろしい」
 ——そう言えたらどんなによかっただろうか。

「病み上がりだし、もう2階には近づかないようにね?」
「あい。了解っす……ういっす」
 この母が——このマシュマロメンタルが、“柔道黒帯”という謎のハイスペックでなければどんなに反抗しやすいだろうか。そうパパと語り合った夜もあった……結果。むしろ心身共に受け流しに特化しているのではという結論が出た。無駄な議論だった。