ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.230 )
日時: 2019/04/24 18:43
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: vVtocYXo)

ともあれ、この笑顔の前で私達弱者に許された選択肢は謝る一択しかないのだ。涙を飲んでそう自分に言い聞かせつつ、頭を下げるトモエ、15歳。
しかし相変わらず行動の読めない母親は何事もなかったかのように立ち上がると、和室から出ていこうとする。
「ちょ、どこ行くの?」
「散歩に行ってくるー」
「迷子にならないようにね」「はーい」
 完全に普通の親子とは逆の会話を繰り広げたあと、母親はパタンと玄関のドアを閉めて何処かへ行ってしまった。

「……ふぅ」
 再び和室に静寂が訪れる。あの母親と話しているとどうしても騒がしくなってしまうので、無音の状態が異様に身にしみる。
「……ごはん。食べよ」
 私はとりあえず布団からもそもそと這いずり出し、和室を後にした。ペチペチと廊下を素足で叩いた後、リビングに辿り着く。テーブルにはクリーム色に焼かれた食パンとベーコン付き目玉焼きとサラダが置かれていた。
あんな母だが、家事は人並み以上にやる。
「ま、だからこそあの性格のまま今日もすこやかに暴走してるんだけどね」
 性格はどうあれ良き母。
価値がある以上、ママは天然記念物として親戚一同から暖かく観賞されている。
 娘である自分としてはとても複雑なその事情に苦笑いしながら、食パンにかぶり付く私。

 あ、言い忘れたが、私は食パンに何も塗らない派だ。
だってほら、マーガリンとかは体に悪いとかテレビで言ってるし、甘い炭酸飲料好きの私がジャム塗ると若年性糖尿病とか怖いし……なにより香ばしく焼けた小麦の匂いが口いっぱいに広がるこの風味以上に一体何を求めるというのか……否、何もいらない。
 というひとり食レポを繰り広げつつ朝食を食べ進めていると、突如としてそれは鳴り響いた。
——ピィーン、ポぉーン。
「あ! はーい」
 玄関の呼び出しベル。
お決まりのチャイムが家中に響き渡る。
 目玉焼きを頬張りかけていた私はすぐさま噛み切り、また廊下に繰り出した。
——ピンポン、ピンポーン。
「はいはーい。どちら様ですかー?」
 そう言いながら私は玄関の覗き穴を覗く。しかし、

「……あれ?」
 居ない。誰も居ない。
超反応で玄関に駆けつけたハズが後ろ姿さえ見えない。
とりあえず誰もいないようなのでそーっと玄関の扉を開く。が、案の定そこには誰も居ない。
「えぇー? なに? ピンポンダッシュ?」
 普段面倒見てやってるあいつだろうか? それともこの前ケンカしたあいつ?
日頃脅し……遊んでやっている近所のガキが多いこともあって心当たりが無いわけではないが、ともあれピンポンダッシュのようなので私は気だるい手つきで扉を閉める。と、

——ガッ。
「……へ?」
 今度は閉まらない。
開けた時はすんなり開いたのに、と振り返り視線を下ろす。
するとそこでは、一本の白い傘がドアのスキマに挟まっていた。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.231 )
日時: 2016/05/06 03:50
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)

「…………?」
 すぐにその傘を蹴り上げてドアを閉める。しかし、
——ガッ。
 外へと飛んでいったハズの傘がまたドアのすき間に挟まっていた。
数秒間。無表情のまま私は何かを考えかけたが、面倒くさくなってもう一度、外に向かって思いっきり傘を蹴飛ばす。
——結果。シューッと、まるでゴムでも付いているかのように玄関内へと逆戻りする、傘。

「…………」
私はあくまで冷静を装いつつ、玄関から“その傘”から後ずさりする。
——そして、

「うぇええええええぇえぇ!?」
 当然の大絶叫。
いや、いやいや! ナニコレ!? 戻ってきたんですけど?? 傘戻ってきたんですけど!? リータン・ジ・アンブレラですけども!?
「と、とにかく離れないと……! ワケワカンナイけど、とにかく危ない。何かが」
 すぐさま玄関近くの和室へと転がり込む。
玄関の扉は開けっ放しだがそんなことを気にしているヒマは無い。とにかくパパかママに連絡を……そう思って枕元に置いていたスマホを手にした私はあることに気が付いた。
「あれ? メッセージ来てる」
 SNSアプリ。いわゆるメッセージをやり取りするアプリに数件ほどメッセージが届いていた。
一体こんな時に何事かとそのアプリをタップしてメッセージを読む。するとそこには差出人不明のメッセージが数回に渡って連続送信されていた。

『あーすまん。ちょっと家に入れ』
『くっそ、聞こえねえか……ってちょっと待て、閉めるな!』
『いや……ちょ、痛っ……』
『いいじゃねぇか傘の一本ぐらい入れてもよぉ!? ちょ、ま、蹴飛ばすなッ!』
『いい加減にしろや小娘がぁああああ!! こちとら防衛術式解除に数日かかって堪忍袋の緒と体力が切れそうだってんのによぉおぉ!? 今度同じことやったらその華奢(きゃしゃ)な首からお前の血啜ってやろうかぁ? あぁぁ!!?』

「……なんだ、これ」
 どっからどう見てもイタズラなその文章を見ながら、私は一応返事を返してみる。
「どーちーら、さまですか、っと」
 返事はすぐ来た。
『ぁ? どちら様じゃねぇよ。傘だよ。……お前んちの玄関に挟まってる傘だよッ! 聞こえてるのか何か特殊な方法で感知してるのかは知らんが早く引き抜け、動けん』

 あ、これ。イタズラだ。……タチの悪いストーカーか何かだ。
そう確信した私はいつもの冷静さ(?)を取り戻して、淡々とメッセージを打ち込む。
「ピ、ン、ポ、ン、ダッシュ、より。タチが悪いので、傘で遊ぶのはやーめーて、下さい。っと」

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.232 )
日時: 2016/05/22 20:25
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 11yHdxrc)

 するとまるでそのメッセージに面食らったかのように数秒返信が途絶えた後、どこか神妙さ漂う冷静なコメントが帰ってきた。
『あ〜。……うん、そっか知らねぇのかお前。こんな家に住んでるからてっきり知ってるもんだと……いや、ま。俺らを初めて見て信じろって言う方が無理な話だよな。すまん』
 そのメッセージが届いたのをキッカケに玄関のドアがパタンと閉まる。

 やれやれやっと帰ったか。
どこの誰か知らないけどこんな手の込んだイタズラを仕掛けるなんて……。
「かなりの暇人だな」
 先程まで寝ていた身でそんなことを呟きながらふすまを開けると——。
そこでは白い傘が直立不動のまま佇んでいた。
「は?」
 直立不動。文字通り、持つ人も傘立ても土台さえないのに白いフリフリレースのメルヘン傘が廊下に立っていた。それを確認したと同時にまた私の携帯が鳴る。
『ほう、一体どうやって言葉を理解しているかと思えばそんなキカイか……人間は実に様々なモノを作る』
 クルクルと、まるで周囲を見渡しているかのように回りながらナゾの誰かは——。
『自己紹介が遅れたな。俺の名はジャノメ、見た目通りの傘だ』
——否。目の前の傘は、言った。

 ……私。まだ、夢見てる?
 ゴクリと喉が鳴る。怯えるような鼓動が徐々に早くなる。
ヤバい、『何が?』とかそんなことを考える余裕さえないほどに……ヤバい。
『ぁ……やべぇ』
 そうそうヤバ……。
「え?」
 携帯に送信されてきた文字列に驚く。
まるで私の頭の中をそのまま反映させたかのようなその言葉はしかし、私のことではなく……。
『すまん……何か、何か食べさせてくれ……体力というか精神力がもう尽きた……』

 ドサッ。と、力無く倒れあるべき姿となった目の前の傘が、自分のことを指してそう言ったのだ。
『肉……あるか? ゴミでもなんでもいい』
「え……? あ。うん」
 つい条件反射でそう答える。
すぐに発言を取り消そうとするも『あ、あるのか……? た、頼む、台所まで……おれ、を……』と続いたメッセージに……なんというか1種の哀れみと安心感を抱いた私は、
怪奇現象でも単なるイタズラでも悪意はなさそうだし、オモシロそうだから……まいいか。
 という結論に達し、とりあえず携帯を服のポケットに仕舞い込んで傘を持ち上げる。

「……特に仕掛けはなし、か」
 モーターや磁石の類(だぐい)は付いていない。
どうやら冗談抜きで普通の傘のようだ……。
「肉……ねぇ」
 本人曰く、MPとHPがゼロらしいその傘を台所に運びながら考える。

 肉。というのは要するにナマニク、焼いていない肉のことだろうか。
そんなもの……いや、あるにはあるけど勝手に使うとママが怖いからなぁ……。
「ん? いや……待てよ? あれなら」
 と、そこで唐突に何かを思い出した私は早足で台所へと急ぐ。向かったのはゴミ箱、ではなく冷蔵庫……でもなく、勝手口に置いてある虫カゴの前に傘を置く。
「えっと、あの……ジャノメ、だっけ? ご飯ですよー」
 そう語りかけた瞬間、傘がひとりでに起き上がりポケットの携帯がブブブ…と震える。
おそらく『め、メシか!?』とでも言っているであろうその人(?)は、虫カゴに飛び付いた。
 その光景を見ながら、私は静かに傘と虫カゴから距離を取る。
本格的に怪奇現象説が濃厚になってきたこの事態を整理するため、ということもあるが、生理的にそう整理的ではなく本能的にこの後起こる事態を見ていたくはなかったのだ。
 なんせこの虫カゴの中に居るのは……。

「なぜに屋根裏のネズミを飼育してるんだろうね……あのマシュマロメンタル」
 生きたドブネズミなのだから。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.233 )
日時: 2016/06/12 21:28
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 11yHdxrc)

 考えるのもおぞましいのでダイジェストで思い返すは一ヶ月前。
屋根裏からの妙な足音を聞いたママは屋根裏への武力介入を開始。案の定そこに居たネズミ達は思いもよらない天敵の出現に屋根裏から脱出、散り散りになり家中のあらゆる所に潜伏。
 しかし逃げられたことを悟ったママはなぜか「コワクナイヨー。仲間ダヨー」とナゾの友好関係を築こうとしながら家中を駆けまわり、見事4匹のネズミたちを素手で捕獲。
結果。駆けまわる彼女がネズミよりも甚大な被害を家中にもたらしたのは……言うまでもない。
 そんな経緯で捕獲されたネズミたちは当然、佐々原家(母以外)に歓迎ざれるハズもなく。
パパから「ママが飽きたらすぐ捨ててくれ」と頼まれていたのだ……が。

「なんというかこれは……」
 クるものがある。精神的に……。
ぱさぱさと、人間で言えばガツガツと器用に体を開閉させながら何かを食べる傘化けを見ないようにしながら私はそっと台所から出る。
 あの傘もまだ完全に信用したわけじゃない。
血を啜るとかなにやら物騒なセリフを吐いてたし、目を離すのも不安だけど自分の身を守るためには厄介な場所から距離を取るのが先決だろう。

 とりあえず和室横の自分の部屋へ戻って落ち着こう……色々と。
そう考えながら廊下を後ずさりするうち、2階へと続く階段が目に入る。
そういえば2階の空き部屋にいる美咲は大丈夫だろうか?
母親の話では私と同じように薬を飲んで寝ているらしいけど……。『病み上がりだし、もう2階には“近づかないように”ね?』という発言から考えると、未だに完治はしていないようだ。
 私にも感染したからには2日前に直接顔を見てるんだろうけど……記憶にないし。
うぅ…ん。ちょっとだけでいいから様子見てこようかなー。
「……って」
 いやいやいや。ママの言う通り病み上がりだし、今日はやめておこう。
ママの逆鱗に触れてまでやることではないだろう。そう判断した私は階段から目を逸らそうとして——。
「あれ?」
 そのまま釘づけになる。
「階段にこんなカレンダー貼ってあったっけ?」
海や山。その他“世界の絶景“と称されたカレンダーが所狭しと並んでいることに気付き、私はわずかな違和感を覚えた。しかしずぐにその疑問は掻き消える。
「あぁ、そういえば4日前から貼られてたような……。2階とかめったに上がらないから気が付かなかったよ」
 誰が貼ったのかは知らないが、そういえば見た気がする。
そう結論付けてその場からまた後ずさりしようとする私を台所から声が引き戻す。
『で、小娘よ。実は一つ聞きたいことがあるんだが……』
 ネズミを食べるのにも飽きたのか、傘が話しかけてきたのだ。
「! え、あ、何?」
逃げようとしていたことを悟られないよう、動揺を押し殺しながら苦笑いで応答する私。
しかし帰ってきたのは、その笑みを凍り付かせるような答えだった。

『幾多……いや、穂坂美咲という人間を知らないか?』

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.234 )
日時: 2016/06/12 21:51
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 11yHdxrc)

「…………」
 私の頬を冷たい液がツーっと流れる。
なるほど、これが冷や汗というものか、と。冷静を装ってそんなどうでも良いことを考えてみるがそれでも内心のざわつきは収まらない。

 穂坂……?
美咲のことを口にするだけでも怪しいのに、穂坂の姓を知っている……?
 それは最近、うちのパパが美咲のお家騒動を取り仕切ることで美咲自身が名乗り始めた母方の姓。クラスメイトですら『幾多』と呼ぶ美咲の名字を穂坂と断言できるということは……。
 つまり私達家族のことを嗅ぎまわっていることに他ならない。

 心臓の鼓動に押されるようにして臨戦態勢に入った私は、一歩前へ歩み出る。
第一に自分の安全を、第二に大切な誰かの安全を。
多くの事件を見てきたらしいパパの口癖を思い出しながら、自分がここから逃げる一手と美咲を救う一手を少ない頭で考え、目を離さぬようじっと傘を見つめる私。
 すると今までピクリとも動かなかった傘が突如動き出した。
『二階か……』「ッ!?」
 そこでようやく私は自分がやってしまった失態に気付く。
動揺し“一歩退く”ならまだしも、“一歩前へ出た”なら、つまりその場所に……。

 美咲が居るって言ってるようなものじゃんっ!!
不用意に階段の前へ身を乗り出してしまった私へと。
否、その奥にいる美咲(ターゲット)へと猪突猛進。カッ!ガッ!ガッ!と傘の先端、石突きを打ち鳴らしながら階段へ迫るジャノメを受け止めるべく、私は覚悟を決め両手を広げる。
『守らなきゃ……守らなきゃ、守りたい、守りたい……』
 はたしてこんなバケモノ、受け止めれるのか。
自分を守るべきじゃないのか。そのもそもなぜ守るのか。
 そんなことなど考える間もなく、ただ一心不乱に傘を見つめ二階の腐れ縁を『守りたい』と念じる。
瞬間。祈りで埋め尽くされてゆくココロのうちから、おぼろげな声が響いた。

 ——マモラナキャ……。
そうだ。守らないと……。
 ——ハヤク、ニカイ、へ。
二階? 二階に逃げろってこと?
 ——ハヤクシナイト……コロサレル。
殺される……?
 殺されるというのは、目の前の傘に……ということだろうか。そう思い、もう一度迫ってくる傘を見た。歩きにくそうな一本足ではあるものの、徐々に速度を速めてゆく化け傘。
 しかし、胸の奥の吹き溜まりから誰かが『チガウ』と叫んだ。
違う……“コレ”じゃない。『ダレカ』が二階で美咲を……コロス。
……ダレカ? いや。それ以前に……。

「私……誰と会話してるの?」
 そう呟いだ瞬間。圧倒的重圧が私の体を襲う。
——クスリ。クスリ。フダ、フダ、フダ……。
物理的にではなく、精神的に……耳鳴りとも地鳴りとも区別がつかない言葉という轟音(ごうおん)がすさまじい勢いで私の頭をシメアゲル。

——フダフダフダフダフダフダフダフダフダクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリクスリククスクスクスクスクスクスクスクスクフダクスリクルシィフダクスリオトゥs——。
「止めて‼ 痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイ‼」
 轟音、轟音。轟音に次ぐ轟音が反響し暴れ回る頭を抱え、私はその場に崩れ落ちる。
「な……っ」
 思いもよらぬ展開に前のめりになりがら止まる傘。
それに安堵する暇もなく、次から次へと言葉の濁流が私を襲ってゆく。
『これは……ハナの? ——いや、それだけじゃねぇ。コイツもしや……』

『記憶を……?』
「あぁあああ‼ あ……が、ぁ、あ、ああああああ‼」
 喉を、頭を、耳を。
力なく掻き毟(むし)り、ひたすら悲鳴を上げる私の耳に傘の言葉が響く。

「やむなし、ってやつだな。……耐えろよ。小娘ッ!」
 次の瞬間。
——ズン! と、地面に叩きつけられるような衝撃が私の体を駆け巡り、私の意識がトんだ。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.235 )
日時: 2016/08/01 00:05
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: 11yHdxrc)

「ん……あ…ぁ?」
『大丈夫かー? 小娘』
 しかしそれも一瞬だったようで、私は仰向けになったまま駆け寄ってきた傘の姿を見上げる。
しばらくの間、状況が理解できない妙な感覚に襲われたが、すぐに自分が床に倒れたのだと悟る。
『相当錯乱してたな……一時はどうなることかと』
「助けて……くれたの?」
 傘がまだ何か言ってたが私は安全を確認するため、傘に手を伸ばす。
敵意がないなら触れさせてくれるはずだと、意図せずそう判断した私の手。
その手を見て、私はぎょっと目を見開いた。

「なにこれ……電気?」
 パチ…パチィッ、という物騒な音を奏でながら私の手の上を電撃のようなものが走る。
見るからに危ないその現象を危険と判断したのは私だけでは無いようで、傘もまた『うぉっと、危ねぇ』と私から距離を取る。
『ハナの呪い……か。消えかかってるってこたぁ、こりゃもしや……』
 なにやら熟考モードに入ったのかブツブツとつぶやく傘。
「……あのさぁ。何が言いたいの?」
 いいかげん知らないうちに話が進んでいることに嫌気がさした私は傘を手と言葉で押しのけつつ起き上がる。すると傘はちらっとこっちを見る(ような仕草をする)と、何か考える素振りを見せながら口を開いた。
『あーまーお前も無関係ってわけじゃねぇだろうが。……よし、この際だ、お互い腹を割ろうじゃねぇか』
 傘は『座れ』と自分の家でもないのに私を階段へ座らせると、自分は沿うようにして作られた階段の手すりにフックを引っ掛けて話を続ける。

『まず大前提として俺がこの家を訪れた理由は嬢ちゃん。……つまりはお前がかくまってる幾多美咲の呪いを解くためだ』
 振り子のように揺れる傘から気さくな声が飛ぶ。
「呪い?」
『あぁ、おおかたお前は“病気”だとでも説明されてるんだろう? だがな、実際お前の親友を蝕んでんのはそんじゃそこらの病原菌じゃぁねぇよ。……もっと単純かつ恐ろしい“呪い”だ』
 呪い。
その言葉に戦慄する暇もなく、傘はさらにとんでもない言葉を付け加えた。

『そしてお前もまた、その呪いに侵されていた』
「!?・・・」
 物騒な話題が自分に移ったことに驚き、息を飲む私。
しかし傘はあくまで話を続ける。
『そこらは病気と一緒だ。呪われた者に近づけば、そいつもまた呪いを受ける。お前がここ数日意識を失っていたのもそのせいだ』
「いや、でも結果的に私が回復したのはパ……お父さんが持ってきたクスリを飲んだからで、呪いとかそんな……」
 怖い話はやめてよ、と言いたくて。
それでも緊張のあまり言葉に詰まる私を、しかし傘はたしなめるでもなくただ、『あぁ……うぅ』と面倒くさそうにうなったかと思うと、一転。意を決したように宣言した。

『この際だ、はっきり言おう。……お前は妖術師の娘だ』
「………………は?」
『具体的に言えば俺みたいな付喪神を取り扱う陰陽師。オモテの肩書が何かは知らねぇがお前の父親の本職はそういう仕事だよ』
「ちょ。ちょ、ちょっと……待ってよ」
 ありえない方向に進む話についていけないと音を上げる。
すぐに口(?)をつぐみ私の言葉を待つ傘を凝視しながら、どうにか絞り出した言葉は疑問詞だった。
「パパが……?」
 不思議なことに否定的な気持ちはなく、ただ私はまるで“初めからその事実を知っていた”かのように事実を聞き返す。
「あぁ、ただの人間じゃねぇ……。あくまでも信じられないって言うなら、ほれ」

「後ろを見てみろよ」
 そう言われて、急に嫌な汗が背筋を伝う。
何か得体の知れないものでもいるのかと振り返った2階への階段では、想像とは裏腹に幻想的な風景が広がっていた。
「……電……流?」
 私の手に巻き付いているのと同じような青い電撃が、階段の壁を走っている。
そして、禍々しくも美しいそれが走るたび細長い紙のようなモノがぽぅっと現れ、思い出したかのようにまた消えてゆく。
『たいした知覚妨害だよなぁ……。効果が出る直前まで見えやしねぇ』
 傘が何か言っている。
『お前の呪いに反応してんだよ』
私にその意味までは理解できない。
『さっきの発狂で術が消し飛んだからな』
 でも。
『理由は分からねえが、お前のカラダから呪いが放出されてんだ』
 でも。さっき頭を駆け巡った“何か”が告げている。
『まったく』
 “急げ”と。……ハヤクシナケレバ。
『クスリといい、この階段の仕掛けといい……お前のオヤジ。嬢ちゃんを使って一体何を企んでやがるんだろうな』
「…………ッ!!」
 美咲が危ないッ!
そう口に出さずに叫んだ時には、私は無我夢中で階段を駆け上がっていた。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.236 )
日時: 2016/09/12 23:37
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: Iqcykxw8)

『ちょっと待て!! むやみに駆け上がって罠があったらどう——』
『知らないッ!』
『知らッ!? いや、これだけ札が貼ってある階段を駆け上がるとか、無計画にも程があるぞ! おい! 止まれッ!』
 必死で私を制止しようとする傘の声が背後から聞こえる。それでも私は階段を駆け上がり、美咲のいる空き部屋へと急いだ。
 幸い、傘の警告とは裏腹に怪しげな罠も呪いも無く、数十分にも思えた一瞬のあと私は空き部屋の前に立っていた。
「ハァ……ッ。ハァ……ッ」
 普段はなんてことのない階段。
それでも緊張から息を切らす私の脳裏についさっき投げかけられた言葉が響く。

『もう2階には近づかないようにね?』
「……ごめんねママ。約束は守れそうにないや」
 危険かもしれない。……何が?
知りたくない真実を知るかもしれない。……どんな?
 恐怖から、自問自答を繰り返す自分を「分からない」と投げやりに押し込め、私はドアノブに手をかける。

 階段下からコンッ、コンッと音が響くものの、一本足で階段を上るのは時間がかかるのか、傘はまだ上がって来ない。それでも確実に自分を止めに来る足音に押される形で、私は部屋の中へと突入した。

 真っ先に目に飛び込んできたのは記憶通りの風景だった。
特にお札が張り巡らされているとか、怪しい儀式が行われているとかそういうことは無く。ただ単に、雑然と段ボールが置かれている中に布団が敷かれ、その上には当然のように美咲が居た。
「みさき……。美咲っ! 無事なの!?」
 安堵と恐怖から声を張り上げ、美咲に駆け寄る私。
仮に誰かから監視されていたり、部屋にトラップでもあれば自殺行為に等しいその行動を、しかし私は嬉しさから何のためらいもなくやってしまった。
 そして、馬鹿丸出しで部屋に踏み入った私に反応したのは罠でも、もちろん怪しげな術でも無く——。
「ひ……っ!!」
 ——美咲本人だった。

「…………え?」
 まるでバケモノにでも会ったかのように目を見開き、立ち上がる暇もなく手の力だけで後ずさりするその様子に……いや、もっと言えば——。
「いやだ!! こないで! ……おねぇちゃんだれなのッ!?」
——虚ろに開いた眼ゆがませ、子供のように喚き散らす『ダレカ』を目撃し……私の抱えていたいくつもの決心は、一瞬で崩れ去った。
「ドコなのここ!? なんで? ……おとうさんは? おかあさんどこにかくしたの!?」
「お……落ち着いて美咲。気が動転してるの?」
 何をすべきか。一体何が起こっているのかは分からなかった。
それでも条件反射で美咲をなだめるも、美咲は泣き叫びながら距離を取る。
「なんで……? なんでわたしのなまえしってるの……?」
「まずは冷静になろ!? ね?」
「いや。イヤだ……こない……でッ!!」
 そう言って立ち上がろうとする美咲。
慌てて追いかけようと身を乗り出した私は、しかし。さらに信じられないものを見た。

「……あれっ? あれ? あし……たてない……っ」
 まるで歩き方を知らない生まれたての小鹿のように、地べたで足をバタつかせながら困惑する美咲の姿に。……あくまで、あくまでカン。想像でしかないものの……私はその答えを確信をもって口にした。
「幼児……退行……?」
 いや。というより、まるで……。
“成長したことを忘れた”かのように、美咲はその長い手足を不器用に振り回す。
どちらにしろ、今の美咲は壊れているようだ。

 ……いや。何を甘っちょろいことを言っているんだ佐々原友恵。
壊れた? ……違う、“壊された”んだ。
誰に……? 心の中でそんな“分かりきった”問いかけをする。
当然……と続ける私の思考、しかしそれよりも早く、“答え”はやってきた。

「……トモぇエッ!」
 背後からダンッ! と床を踏みしめる音が響いたかと思うとそこには息を切らし、目を見開く“奴”が居た。
「見た…のか……ッ」
 声を荒げ、ひどく焦燥した様子で語るそれを、私はただ見つめる。
反応すら出来ず、ただ立ちすくむ。
「見て、しまったのか……」
 怒り、そして失意。
そんな感情を湛えた目を向ける彼の——パパの顔を私は……私は、私は——。
「…………トモエ。まずは落ち着いてパパの話を」
「う……ぅあああああああああああああああああああ゛あ゛あぁああああああ!!」
 渾身の力を込めてぶん殴った。
訳もわからず奇声を上げ、ただひたすらに右手を、右腕を振り抜いた。

——ハズだった。
「ほいっと」「……へ?」
 しかし一瞬後、宙を舞っていたのはパパではなく、私だった。
振り上げた右手を軸として、器用に体を回されその場に倒される。
それはそう、相手の勢いを曲げるヤワラの技。つまり私は……。
「もー、やんちゃが過ぎるよー? トモエちゃん」
 まるで当然のように現れたママに放り投げられていた。

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.237 )
日時: 2016/09/12 23:46
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: Iqcykxw8)

「……っぅッ!」
 そう思ったのも束の間、私は畳張りの床に打ち付けられる私。
少しだけ体に響いたものの痛みはない。すぐに体制を立て直し、突進する。
 本来、抱くはずの疑問や違和感は恐怖と狂気ですでに掻き消えていた。
ただ、目の前の“恐怖”を消す。
生物共通の殺戮衝動とも呼べるそんな理由で、私は声にならない叫びを上げながらママに特攻をかける。
 何も考えていない。流されても流されても喰らい付かんばかりの衝動を、しかしママは——。

「……………。……え?」
 真っ向から受け止めた。

「大丈夫……大丈夫よ。トモエ」
 私の爪が抉ったのか、右頬にできた傷から血が滲み出す。
どこか痛めたのか、私の勢いを殺した左半身から徐々に崩れ落ちる。
 技も技術もなく単に踏ん張り私を受け止めたママは、決して無傷ではなかった。
しかし、それでも……。
「怖かったの? ……もう怖くないよ。もう誰も怖いことしないからね……」
 それでも彼女は“私を抱いたまま”、離そうとはしなかった。
崩れ落ちても、それでもまるで私を包み込む様に丸まって、抱き続けていた。
「あ………ぁ……」
 その温かさで、私の喉から何かが溢れ出す。
押し殺していた何かが、溶け始める。
「あぁ……あぁ……」
 恐怖。孤独。不安。絶望。
そんなものが溶けて……ただ、ただ。
誰かに“大丈夫”と言ってほしかっただけの私に、素の私に戻っていくのを感じた。


 それからは……書くのも恥ずかしいほど幼稚に私は泣いた。
顔中涙と鼻水でぐしゃぐしゃになるほどみっともなく私は泣いた。
 途中、階段下から傘(ジャノメ)が上がって来て、パパと一緒に“一体何が起きたんだ”とばかりに呆然としていたけど、ママが「出て行きなさい」と睨みをきかせた結果、パパと2人(?)でずこずこと1階へ退散していった。
 不思議と1人と1匹は友好的だった。
何かヒトコト、フタコト話し合っていたようだが、ママに脅さ……怒られた後は、まるで親友のように談笑しながら階段を下りて行った。
後から思えば、この時すでに、『誤解』は解けていたのだろう。

 また寝てしまったのか、それとも私の大声で気絶してしまったのか、気づいた時には美咲は意識を失っていた。
すぅ…すぅ…と寝息を立てる親友の胸に手を置きながら、私は泣き腫らした顔で何度も確認するように頷いたあと、頬をゆるめた。
 まだ不安も恐怖も完全には消えてはいなかった。
それでも自分の親友はここに居て、私の大切な日常は何も変わってないんだと思い込んで。ただ『大丈夫』と自分に言い聞かせる。
 すると私をなだめていたママの口から、満を持して謝罪の言葉が飛び出した。

「ごめんねートモエ。……ママもパパも、たぶん美咲ちゃんもだと思うけど……こんなことになるなんて思ってなかったの」

Re:  このティッシュ水に流せます (後日譚執筆中) ( No.238 )
日時: 2016/10/03 06:19
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: dFf7cdwn)

「…………こんなことって?」
「こんなこと、よ」
 泣き腫らした喉からたずねると、ママは美咲の顔を見ながらただそう言う。
その顔はあまりに真剣で、私は顔が徐々に強張ってゆくのを感じた。
「大丈夫。美咲ちゃんはすぐ元に戻るから心配しないでいいよー」
 が、そんな一抹(いちまつ)の不安も勘違いだったようで、ママはいつもののほーんとした笑顔で続ける。

「さて、何から話したらいいかな〜。うーん……あ。じゃぁ、トモエは神様とか信じてる?」
「え……いきなり何を」「信じてる?」
「いや、まぁ。何かあるとすぐ『神様—!』って頼ったりするけど……」
 いきなりの質問に困惑するも、どうやら話を変える気は無いようなので素直に応じる。
その答えに納得がいったのか、それとも元より答えなんてどうでもいいのか話を進める母。

「うん! その神様。願い事を叶えてくれたり、嫌なことを消してくれたりする神様! ……でね? 美咲ちゃんはその神様の力に触れちゃって、反動で呪いを受けちゃったの」
「はぁ?」
 神様、呪いと信じられないワードが飛び出す突拍子のない話に思わず声を上げる。
しかしママはそんな私の顔を見て「すごいでしょー?」と笑う。
その反応を見て『ママの話が突拍子もないのは今に始まったことじゃないか』と苦笑いを浮かべつつ、とりあえず今は冗談半分にその話を聞くことにした。

「神様が願いを叶えてくれるかどうかは分からないけど、神様はね? 色んなものを消してくれてるの」
「消す?」
「誰かを憎んだり、恨んだり……そういう“ヨクナイモノ”を神様は掃除してくれているの」
「ふーん」
 よく意味は分からなかったが、それでも作り話だと思って適当に返事を返す。
しかし続いた言葉に私はもう一度間を見開いた。
「だからね。そんな途方もない力に触れたら……ましてや人間が利用しようとしたら。とてつもない呪いが来るの。触れた人間が消えてしまうほどのね」
「…………美咲が、そんなことを?」
 あの気丈そうな友人が、真面目そうな親友が、なにより努力の天才であるコイツが……神様とか呪いとかそんな怪しい力に手を染めるとは考えられなかった。
 それでも…それが本当なら結局美咲の自業自得なのかな?
そう心の中で問う私に、しかし母は「違うよ」と続ける。

「だって仮にトモエが犬のフンを踏んだとして、それが全部トモエのせいじゃないでしょ?」
「どういうことなの……」「そういうことー」
 つまりは色々と複雑な理由があったんだ、と言いたかったらしい母は相変わらずの笑顔でまた口を開く。
「でもね。どんな理由でも今の美咲ちゃんはその“とてつもないモノ”に憑りつかれちゃってるの。だからね? 実はこの下。こんな風になってたんだよ?」
 そう言いながら、美咲の寝ているかけ布団をめくるママ。
今度は一体何だ? と内心呆れながらその“布団の下”とやらを見る私。
 しかし、それを見た瞬間。私は何のリアクションもできなかった。

「ねー? すごいでしょ?」
 美咲が寝ていた掛布団の下、そこにはまるで“何かにエグられた”かのような大きな穴が開いていた。