ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.49 )
- 日時: 2014/12/06 21:41
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: pnk09Ew0)
「…………」
下から両親の楽しそうな談笑が聞こえる。
お腹がすいているからだろうか? おいしそうなカレーの匂いが美咲の鼻をくすぐる。
美咲は一瞬それらに気を取られそうになったものの、必死に振り払いとにかく社会の問題に集中した。
□問題3
図1は我々国民が納めている税金がどのように使われているかを示す円グラフである。
その種類と割合、円グラフ中心に書かれている歳出総額から、今後の日本が——
「……カラフルなバームクーヘンにしか見えない」
ついに問題集に書いてある円グラフまで食べ物に見え出してしまった美咲は、問題集を枕にうなだれる。
昼に学校で給食を食べてから10時間半。
もはや勉強どころではなかった。
今まで母親を憎んで来た美咲だったが、今までは朝昼晩にきちんとご飯を作ってくれていただけまだマシだったのだと痛感する。
結果、機能停止に陥った美咲は問題集に顔をうずめたまま動かなくなってしまった。
(ヴゥウウウ……ヴゥゥウウ……)
すると、今まで気付かなかった小さな音が美咲の耳に入って来る。
「……ん?」
美咲は初め、一体それが何なんなのか分からなかった。
(ヴゥウウウ……ヴゥゥウウ……)
しかし、何度も繰り返されるその音を聞いて、ようやくその正体に気付く。
「携帯か……」
それはさっき机の横に置いたカバンから聞こえてくる、ケータイのバイブレータ音だった。
「一体、こんな時間に誰よ……」
何の電話か分からない以上放っておくわけにもいかない。
美咲はしぶしぶ問題集から顔を上げると決して席を立つこと無くイスに座ったままカバンを引き寄せ、そのままGPS付きのガラケーをカバンから引っぱり出した。
まだヴゥウウウ……ヴゥゥウウ……と震えるその通信端末の画面には、発信者の名前。
美咲はその名前に心当たりがあった。
「佐々原友恵……友恵か……」
佐々原友恵。
それは塾でも学校でも孤立している美咲にしつこく話しかけてくる空気の読めない女子の名前だった。
特に友達というわけでもなかったが、たまにこうして電話をかけてくる。
そういうわけで、特に珍しい相手でもなかったらしく、美咲は震える携帯電話の通話ボタンを押す。
——と同時に、まるで元気をそのまま声にしたような威勢のいい声が電話口から轟いた。
「んもぉお! 出るの遅いよみさっき—ぃい!! 私ずっと電話掛けつづけてたんだよ!?」
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.50 )
- 日時: 2014/12/13 18:46
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
「…………」
あまりの大声に美咲は無言のままケータイを机に置く。
そのあと1分ほど騒音をまき散らす携帯端末を放置し、徐々に音が小さくなったところでもう一度耳に当ててみると、さっきとは打って変わってケータイは泣き言を吐いていた。
「お願いシカトしないで……。何考えてるか分からないぶん余計に怖いから……」
おどけながらも悲痛な声でそう懇願するケータイ改め、トモエ。
あまりの必死さに、少し冷静になった美咲は嘆息しながら受話器に向かって呟いた。
「夜なんだからもう少し声抑えなさいよ、馬鹿……」
「あ、みさっきーだ! おーい、みっさきー聞こえる?」
「…………」
前言撤回、こいつに反省なんて求めた私が馬鹿だった。
そう心の中で再びため息を吐きながらも、とりあえず美咲は早く通話を終わらせようと端的に用件を尋ねた。
「それで……? 一体何の用なわけ?」
「いやぁ実は塾の宿題全然分からなくて……みさっきーなら分かるだろうって電話した!」
「……あぁ。はいはい、いつものパターンね」
言い忘れていたが、トモエは美咲と同じ路地裏の小さな塾に通っている。
あいにくというか幸いというか美咲が住んでいる地区には大きな塾がなかったために、母親のブランド志向も塾には適応されなかったのだ。
そういう経緯があるので、美咲にとってトモエからこの手の電話がかかってくることはめずらしくなかった。
むしろ『宿題見せて—』とか『問題教えてー』とか、そんな電話が九割を占めている。
それなのに縁が切れないのは美咲にとってトモエが、親友ではないにしろ大切な人だからだろうか?
「それで? どこらへんが分からないの?」
「全部!」「切るよ?」
「ちょ、冗談だって!!」
そこら辺の真偽は美咲にしか分からないが、とりあえずこのまま母親に押し付けられた問題集をやり続けるよりもやりがいがありそうだと考えた美咲は、トモエに塾の宿題を教えることにした。
「で、ホントにどこが分からないわけ?」
「数学なんだけど……テキスト152ページの上から——」
「あぁ……連立方程式の文章題でしょ?」
「何で分かるの!? まだ言ってないのに! てかテキスト開くの早いね!」
「いや……これだけ勉強教えてたらあんたの間違えそうな問題なんて大体分かるし、いつも使ってるテキストなんだから問題を丸暗記するぐらいやってるのが常識でしょ?」
「……みさっきーの常識は色々とおかしいと思うんだ、私」
「はいはい、もう夜10時過ぎてるんだから手短に終わらせるよ」
「はぁい……」
美咲はトモエとそんなバカバカしいやりとりをしながら、念入りに母親の様子をうかがい、
大丈夫だと判断してから、本当はテキストを取り出したくても取り出せない体に鞭を打つ。
母親にかき回された知識を受話器に向かって吐き出し続ける。
なぜこんな状況でこんなことをしているのか、美咲自身にも分からなかった。
ただ理由もなく、トモエと話していた。……いや、話していたかった。
他愛もない会話、普通の中学生がするような会話、しつこく話しかけてくる友人。
それがなんとなく、自分を——美咲を日常・平穏に繋ぎ止めてくれている気がしたのだ。
それに美咲自身、人に勉強を教えるのは嫌いではなかった。
特にトモエは——
「おぉ……そっか〜! よし、また1つ賢くなった!」
「うっさい、切るよ?」「うぅ……みさっきーの鬼ぃ」
問題が解けるたびに喜ぶ、やる気のある馬鹿なので教えがいがある。
「で、問2が——」
「あ、ごめん! さっきの所もう一回説明してもらってイイ?」
「……あんたの脳は鳥並の記憶力しかないの?」
「うん!」「あぁ…そう……」
まぁ、その分忘れるのも早いので、手応えは全くないわけなのだが……。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.51 )
- 日時: 2014/12/14 21:10
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
何はともあれ質問と解答とボケとツッコミが飛び交うマシンガントークを始めてから30分後、美咲はどうにかトモエに知識を叩き込むことに成功した。
「よし、これで明後日までの宿題終わり! ホントありがとうね〜みさっきー」
「あぁ……はいはい」
正直、やりがいとか安心とかそんな綺麗な理想論が吹っ飛ぶほど、美咲は疲れていた。本音をそのまま露呈〈ろてい〉するなら、早く切れやクソ野郎と思っていた。
しかし、トモエの独り言は続く。
「いやホントすごいよ〜普通こんな短時間で人に勉強なんて教えられないって!」
「トモエの間違いは全部計算間違いだからよ……小学生からやり直したら?」
あぁ、これはあと何分か話が続くな……。
そう判断した美咲は、トモエの独り言を断ち切るために一方的な別れの言葉を吐く。
「とにかく、次から宿題は自分でやりなさいよ? ……まぁどうせやらないんだろうけど」
「あ……うん! できたらやってみる!」
ここで、さすがのトモエも美咲が疲れていることを悟ったようで、会話を締めくくるように感謝の言葉を述べた。
「とにかくホントにありがと〜! これで明後日のテストもギリギリ合格できそうだよ!」
「は〜い、はいは…………は?」
——その瞬間。適当に相槌を打って通話を終わらせようとしたその瞬間。
美咲はまたしても、とてつもなく嫌な感覚に襲われた。
「トモエ! ちょ、ちょっと待って!!」
「ふ、ふわぁい!? な、なに?」
突然の大声に驚くトモエ。しかし美咲はそれどころではなかった。
トモエの反応など一切気にせず、自分の感じた『記憶のズレ』をどうにか言葉にして、震える唇から漏らす。
「今……『明後日のテスト』って言ったよね? テストって、先週で終わりじゃ、ない…の……?」
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.52 )
- 日時: 2014/12/17 20:37
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
背中を嫌な汗が伝い、携帯電話を持つ手が震え始める。
それでも美咲は必死に携帯電話を握りトモエの返答を待った。
すると状況が理解できなかったのか、しばらく沈黙した後にトモエは「えぇ?」と驚嘆した。
「みさっきーともあろう人が塾でやってるまとめテストの日程を忘れちゃったの!? え? 何? みさっきーだけ特別なの?」
「いやいや、私だけ特別なんてことはないはずよ? だって、同じクラスでしょ? 私達……」
「だ……だよね? え? じゃぁなんで間違えたの?」
「間違え、た……?」
違う、そんなことがあるわけない……。
口には出さなかったものの、美咲は心の中でそう呟いた。
なぜならそのテストは——そのまとめテストこそが、さっきまで家出をしていた原因だからだ。
先ほどファミレスで父親にも話していたが、美咲の通っている塾で『先週』、
そう『1週間前』に中学二年までの全教科まとめテストが行われ、その結果が悪かったがために母親と口ゲンカをし、その果てに美咲は家出をしたのだ。
当然そのまとめテストは2、3日前に返却されており、だからこそ母親に取り上げられたの、だが……。
「いや、だからさ! テストは明後日でしょ? え? もしかして明後日って言葉が分からないの? 次の日の次の日のことだよ?」
「それくらい分かってる……っ!」
だというのに、この馬鹿な友人はそれが明後日に行われることだと言っているのだ。
とうとう美咲は我慢できなくなり自分が置かれている状況も忘れて大声で叫んだ。
「だって……だって塾のまとめテストって1週間前に終わったじゃない……ッ!!」
塾のテストは明後日ではなく1週間前に終わっている。
美咲にとって、それは絶対に揺るがない真実である。
今、話しているこの頭の中がお花畑の友人が何を言おうが、過去が書き換わりでもしない限りそんなことは絶対に起こりえない。
そんな内心をぶちまけたような大声にしかしトモエは、反論するどころか美咲を気遣うような声で返答した。
「み、美咲? だ、大丈夫……?」
「はぁ? なにその反応……」
「いや、えっとだから……」
そこでしばらく沈黙したあと、トモエは申し訳無さそうに言った。
「たしかに塾のまとめテストは1週間前に行われるハズ……だったけど。
英語のリスニング問題用のテープが届かなかったからって中止になった……じゃん?」