ダーク・ファンタジー小説

Re:  このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.55 )
日時: 2014/12/21 01:23
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)

「え……?」
「だぁーかぁーらぁ! 1週間前にあるはずだったのが中止になって、今週の明後日になったんでしょ? 
塾の先生も何回も言ってたし、入り口の掲示板にも書いてあったじゃん!」
「……」
 何を……言ってるの? この友人は……いったい何を——
考えられる範疇を超えた展開に、美咲の頭の中で意味の無い「何を」という問いかけがぐるぐる回る。
 すぐに反論しようとして舌がもつれ、結局受話器からは荒い息遣いだけが漏れる。
 美咲は完全に混乱していた。
「は、はは…………。何言ってんの? 中止って……そんな……」
 やっと出たのは気味の悪い笑い声と、意味の無い言葉。
それでも美咲はそんなハズはない、そんなハズはないと何度も自分に言い聞かせ、携帯電話を握りしめたまま自分の部屋にある押入れの中を引っ掻き回し始めた。

 なぜならそこにあるはずだからだ、自分が一週間前に受けたテストの答案用紙が……。

「美咲……!?」「うるさいッ!!」
 まさに一心不乱。
心配して声をかけるトモエすら黙らせる勢いで美咲は家出をする際母親から奪い、
これ以上見られないよう隠したテストの答案を必死に探した。
「どうし……」「黙って!」
 必死に探す、探す。
「ねぇ、話だけでも——」「……」
 探す、探す、探し続ける。
「ねぇ、みさっきぃ……」「はぁ……はぁ……」
 探す……探す。

「ねぇ美咲ってば!!」
「っ!」
 ——そしてトモエのらしくない冷静な大声に呼び戻され、美咲は探すのを止めた。
 結局、家出する前に母親から奪い隠したはずの答案用紙は見つからなかった。
「なんで? 何でみつから……ないの?」
「美咲……」
 母親が散らかした本と、美咲が押し入れから引っぱり出した布団や小さいころアルバムが散乱する美咲の部屋に、友人の静かな声が受話器を通して入って来る。
「ゴメンね、美咲……。疲れてるん、でしょ……? 早く寝た方がいいよ……。間違いなんて誰でもあるからさ、寝て忘れよ? ね?」
「ち、ちがっ」
 痛いほどの気遣いに美咲はすぐに反論しようとするが、トモエはそのまま続けた。
「……うん、分かってる。私馬鹿だし、みさっきーみたいに記憶力ないし……。だから私の考えを押し付けるつもりはないんだけど……。なんか、いつもの美咲より疲れてる感じしたから……その、あくまで勘だから、あんまり気を悪くしないで……。んじゃ……ゴメンね」

「まっ……」
(ツー、ツー、ツー)
 美咲の制止もむなしく、その言葉を最後にトモエは電話を切ってしまった。

Re:  このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.56 )
日時: 2014/12/23 00:25
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)

「何よ……コレ……」
 携帯電話を握りしめ、美咲はそう呟いた。
「何なのよこの食い違いは……ッ!」
 渾身の怒りを込め、今度は誰も居ないはずの天井に向けて美咲は吠えた。
「……いや、違う。怒ってる場合じゃない。トモエにもあんな風な態度取っちゃったし……」
 しかし、正体不明の現象にどうストレスをぶつけていいのか分からず、また混乱する。
「……とにかく、考えないと……考えないと……っ」
 悪気のない友人を傷つけた罪悪感からか、焦る美咲はただ単純に今起こっている現状を整理し始めた。

「まず、トモエの話を整理しよう。……つまり私が先週受けたはずのテストは延期されていて、実際には明後日に行われる。つまり一週間前にテストなんてなかった、ってことよね」

 でも、それはおかしい。
美咲は即座にそう呟く。

「もしテストが明後日なら、今日そのテストの成績について言い合いになるはずがない。つまりトモエの言ってることが本当なら、母親あいつと喧嘩せずに私が勝手に家出をしたなんていう、馬鹿げた展開になるハズ……」

 それだけは絶対にありえない。
そう確信して、ふたたび思考を進めようとする美咲。
だが、その瞬間——

『もう二度と、お母さんに黙って勝手に外を出歩かないでね?』

「——っ!?」
——美咲の脳裏にあの母親の言葉がよぎった。

「嘘……っ。何でトモエとあいつの言ってたことが繋がるの……?」

 そう、繋がる。
トモエの言う通り一週間前にテストなどなく、
結果として今日、テストの成績について母親と喧嘩しなかったとしたら。
さらにそれでも今まで家出していたことが事実だと言うなら。
 母親が言った通り、確実に美咲は勝手に家出したとしか考えられない。が、
「違ッ!!」
 それでも美咲は拳を机に叩きつけて異議を唱える。
「そんなわけ、無い……っ。まだ罵声残ってるもん……あいつの、テストの成績がたった数点下がっただけで浴びせられたあいつの罵声が……まだ消えてないもん……」
 幼児退行した口調で叫び、崩壊寸前の理性を保つ美咲。
もはや冷静な思考ができなくなった彼女の考えは突飛な方向へ向かった。

「そうだよ……みんながダマしてるんだ。みんなが私をダマして、面白がってるだけなんだよ……多分。ホントは一週間前にテストがあったのに、まるで無かったみたいな態度取って……そうだよ、それしか考えられない……」
 言葉を吐くたび、涙が落ちるたび、何度も何度も机を叩く美咲。
「だって、だって私はどこもおかしくないもん……記憶も! 頭だって悪くないっ!! カラダだってアザできてるけどおかしくないっ! 変じゃないっ! 間違ってないっ……!!」

 今まで平気だと思ってきた。何があってもすまし顔を貫いてきた。
そんな美咲の顔が、徐々に崩れ始める。
 他人にとっては、なんてことない。ただテストの日程を勘違いしただけに過ぎないことも、母親によって極限状態にまで追い詰められた美咲にとっては、自制心を崩壊させるには十分すぎる怪奇現象だったのだ。
「違う……違うっ……違っ! 違ッ!! 私はオカシクなんて無いッ!!」
 今まで押し込めてきたヘドロのような叫びが、美咲の喉を伝い、大声となって部屋中に響き渡る。
 その声は皮肉にもあの母親に似た、獣の咆哮のような荒々しい叫びだった。
 しかし……その突拍子もない行動は、すぐに最悪の結果を生むこととなる。

いや、違う。もうすでに最悪の状況『だった』と表現するのが正しいのだろうか。

「ねぇ……美咲ぃ? なにしてるの……?」

「——ひぃ……ッ!!」
 その声は……問答無用で美咲を現実に引き戻すその声は、
ドアの向こうからなどではなく、美咲の耳元から発せられた。

「……ねぇ、さっきからやけに楽しそうじゃない?」
 一体いつ開いたのだろうか……入り口のドアから廊下の冷たい空気が入って来る。
だというのに美咲の頬には、生暖かい吐息が振りかかる。

 その瞬間、美咲はいったい自分が何をしてしまったのかを知り、ゆっくりと後ろを振り返った。
「——ぁあ———ぁ——」

そこには……あいつが——母親が、居た。