ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.60 )
- 日時: 2014/12/26 19:12
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: eWyMq8UN)
当然の結果だ。
美咲は心の中でそう思った。
理由はどうあれだけ喚いたんだ。母親が気付かないはずがない。
だからこれは当然なんだ。
そう心の中で言い訳をしてみるも突然のことに判断力が無くなり、
美咲はとにかく母親から逃げるようにして席を立った。
が、途中であしがもつれ机の上にあった筆記用具やテキストを巻き込み、派手に転ぶ。
机の上、頭の上からシャーペンや筆ペン、鉛筆や消しゴムが降ってくる中、
美咲はそれでも弱々しく後退し、壁まで下がったところで力無く崩れ落ちた。
「はぁ…っ、はぁはぁはぁ……」
「どうしたの? いきなり立ち上がったりして……」
目線が低くなったことで、そう言葉を吐く母親の顔を美咲ははっきりと目視する。
その顔は、上辺だけは綺麗な言葉を吐くその顔は……怒りに歪んでいた。
父親がまた何か余計なことを言ったのか、それとも騒いでいた美咲に対してただ単純に怒っているのか。理由は定かではないが、とにかく母親はあと少しで獣の様に吠え出すと美咲は確信した。
と同時に、どこにも逃げ場のないこの状況に絶句する。
あぁ、結局自分はこいつから——この地獄から開放されることはないんだ、と絶望する。
思えば、感情が高ぶってつい大声を出してしまったとはいえ、さっきの叫びは自分の本心だった。本心のままに憂い、悲しんだというのに、それすら……自分には許されない。
もう……どうでもいい。
このまま、何の抵抗もせずに死んでしまおうか。
そんな泣き言で心を染めながら。美咲は目の前の現実を——自分の首根っこを掴もうと伸びてくる母親の手を見ないように目を閉じ、見えない現実を冗談交じりに楽観視してみた。
あーぁ、今日は本当に運が悪い。家出していつもより余計に怒られるし、
不安になって叫んだのはいいけど、結果はこんな感じだし……。
あぁ、そういえば……こんな不毛な虚無感。今日2回目な気がするわね……。1回目は何だったかじら……。あ、そうだ。エモーショナルディスクロージャー。あれで自分のストレスを静めようとして失敗したんだっけ。
あはは……今思うと私馬鹿だよね。
あんなちっぽけな紙にこんなどうしようもない絶望を書き綴ろうだなんて。
こんなちっぽけな部屋で泣きじゃくろうだなんて……。
……まだ掴まない。
迷ってるのかな? ……いや、あいつにそんな優しさ無いか。
あ……そういえばあの時ティッシュになんて書いたんだっけ?
お母さんのこと? いや違う。……たしかあの時悩んでたことを——
『塾で受けたテストの結果について言い合いになって——』
「え……?」
その瞬間、唐突にあのファミレスで父親に言った言葉を思い出し、美咲は閉じていた目を見開いた。
「な……っ」
と同時に、驚いた母親が美咲の首元から手を引っ込めた。
しかしそんなことなど見えていても眼中に無い美咲はさらに思考を加速させてゆく。
そうだ、たしかあのトイレで私は……。
『エモーショナル・ディスクロージャー』
そう、そして私は自分の不満をあろうことかあのポケットティッシュに書き込もうとして——
『破れた』『……で、でも重ねれば書けないかな?』
無理やり書いた結果……。
『「塾のテスト」という文字だけでもう書く場所がなくなった』
そう、あの不思議な女性から渡されたティッシュに私は『塾のテスト』と書いた。そして——
『『塾のテスト』と書かれた一番上の紙だけを便器に落とし——』
そして私は、そのティッシュを便器に流した。
これだけ見れば、私はただ自分の黒歴史を水に流しただけ。でも……もし、この行為が、
私が『塾のテスト』と書かれたティッシュを流したことで、塾のテストが消えたとしたら?
正確に言うなら、
あの瞬間に私が『一週間前にテストが行われた』という過去を、中止に書き換えたとしたら……?
もし、そうだとしたら……。
ティッシュを流す前にテストの答案があったことも、
帰ってきてから吐き捨てられたあの母親の言葉も、
さっき電話越しに伝えられた友人の忠告も、
そしてなにより、あの女性が言っていた言葉も含めて、全部説明できる……!
「ちょっと……美咲? 一体どうし——」
「過去」
「…………は?」
「過去だったんだ……」
急変した娘に戸惑い、声をかけてきた母親の言葉を遮って、美咲はそう呟く。
「あのティッシュは水に流しても大丈夫なポケットティッシュじゃなくて……」
最初からあの女性はこう言っていた。
『あぁ……そのティッシュ。十分考えてから使って下さいね』
そう、それは当然の注意だったんだ。
なんて犯人を追い詰めた探偵のように、または数学の難問が解けた受験生のように。美咲は心の中で前置きし、自分の導き出した解答を口にする。
「『過去を』水に流せるポケットティッシュ……。つまり——」
「『あったこと』を『無かったことにする』ティッシュ……。
それが、あのポケットティッシュの正体だったんだ」
『そのティッシュ、水に流せますから……』
空耳だろうか? 美咲の耳に、あの女性の言葉がはっきりと聞こえた。