ダーク・ファンタジー小説
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.83 )
- 日時: 2015/02/16 16:10
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)
「すごい……本当に過去を書き換えれるんだ……!」
過去を変えるティッシュ。あったことを無かったことにするティッシュ。
美咲が立てた仮説はみごとに的中したのだ。
「え? どうしよう……ど、ど……どうしたらいいのかな?」
ある程度は確信があったとはいえ、実際にその絶対的な効果を目の当たりにした美咲は、大声を出してさっきの二の舞いにならないように注意しながら、静かに興奮した。
「こ……このティッシュ使えば、ほとんど何だってできるよね? 何しても許されるよね?例えば勉強してない所をあいつに見られたり、勉強用に買ってもらったサンテンドーTS(トリプルスクリーン)でポ○モンやってるのをあいつに見られたり、学校で話題になってた漫画読んでたって……だ、大丈夫なんだよね?」
自分で言っていて恥ずかしくなるような願望を呟きながら、1人で舞い上がる美咲。しかし数秒もしないうちに「ぐぅぅ……」と腹部あたりから今、自分が置かれている現実を突きつけられ「……はぁ」と虚しくため息を吐いた。
「とりあえず……今は何か食べたいな……」
そう呟いた直後、何を思いついたのか美咲はさっきまで左に握られていた例のポケットティッシュをキッと睨む。
「この空腹もどうになからないかな……?」
過去を変えられる。そんなすごい能力があるならこの空腹ぐらいどうにかできるんじゃない……?
美咲はそう心のなかでティッシュに語りかけてみるも、当然ティッシュは答えるはずもなく、代わりに美咲自身が「まぁ、無理だよね」と呟いた。
「多分このティッシュ、過去を『消す』ことしかできないだろうから……」
消したあと、一体どんな風に現在が、未来が変わるかまでは決められないし、分からない。
たとえどんなに小さなことでも、それが原因でとんでもない方向に未来が変わってしまうことだってありえる。
「あの人の言う通り、十分考えてから使わないと……使える枚数だって少ないし」
1人ぼっちの部屋であのティッシュ配りの女性が言っていたことを思い出しながら、美咲はいわゆる『バタフライ効果』を理由に自分のお腹から聞こえる抗議をねじ伏せた。が、
「でも、ちょっとノドが乾いたな……」
今度は自分のノドが枯れていることに気が付いた。
「……どうしよう」
あれほどまでに恐怖し、叫び、息を荒らげていたのだから当然といえば当然なのだが、あいにく家出する際にカバンに入れていたミネラルウォーターはさっきトモエに勉強を教えている最中に飲み切ってしまった。
つまり水を飲むためには1階に降り、キッチンで母親に凝視されながら水を飲まなければならないのだがしかし、美咲はすぐに「……別にイイか」と開き直る。
「さすがに、水を飲みにきたぐらいで怒る人じゃないだろうし……」
さっき悪魔のような体験をしたこともあり、母親と顔を合わせるのは避けたかったものの、さすがに目を合わせただけで怒鳴るような人ではないし、そんな無駄な徒労はしないだろう。
『いざというときには例のティッシュがある』という心強い後押しもあってかそう決断した美咲はそうっと自分の部屋の扉を開けてトイレのある右側、そして両親の部屋がある左側を凝視した。
「……誰も居ない、よね?」
1階に続く階段は美咲から見て左側、両親の部屋を過ぎたところにある。
もし父親か母親が部屋に戻っていた場合、勉強を放棄したのだと勘違いされ、ややこしいことになりかねない。
そういった事態を防ぐために、美咲は閉まっている両親の部屋をとにかく凝視し、部屋から物音が聞こえないことを確認してから薄暗い廊下へ出た。
ドアの隙間から明かりが漏れていないことと合わせて考えると、どうやらまだ2人ともリビングにいるらしい。
「……仲いいね」
度重なる予想外の事態に疲れが溜まってきたのか、美咲は気だるそうに皮肉を込めた言葉を吐くと、
まだ冬の冷たさが残る冷たく薄暗い2階廊下を歩き、1階へと降りていった。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.85 )
- 日時: 2015/02/16 16:13
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)
「あれ? ……誰もいない」
降りて行った1階でまず初めに美咲が見たのは、誰もいないリビングだった。
証明は切られておらず、煌々と部屋を照らしている。
テーブルにはおそらく母親と父親が食べたであろう食事が食べかけのまま残されている。
極めつけにテレビまでつけっぱなしだ。
「……どういうこと?」
これまた予想外の事態に、美咲は困惑しながらリビングへと踏み入った。
依然として両親の姿は無い。
テレビから見慣れた芸能人の声が聞こえるが、それ以外に怪しい物音はない。
「2人ともどこに行ったんだろう。部屋にいないから1階で話してると思ったのに……」
そう1人で呟く美咲。と、ここで美咲の鼻を何かがツンとついた。
「……ん?」
一体なんだろうと美咲はしばらく部屋を嗅ぎまわり、それがテーブルに置いてあるワインの匂いだと気が付いた。
「なんだワインの匂いか。……それにしても今日の晩御飯、こんなに豪勢だったんだ……」
と、同時に美咲はテーブルに置いてある料理に目が釘付けになる。
ワインに合いそうな魚料理。
まるでレストランか何かで出される料理のようにきれいに盛り付けられたそれに美咲はゴックンと唾を飲み込んだ。
「美味しそう……」
どうやら空腹のあまり理性が飛びつつあるらしい美咲は思わずそんな言葉を漏らす。というのも実は美咲、母親の作る『料理だけ』は、たとえそれがどんな種類であろうと大好きなのだ。
普段はあんな性格をしている母親だが、料理の腕だけはプライドのせいか料理人並みで、聞いた——というか美咲が聞かされた自慢話によると、いくつか資格を持っているらしい。
だからこそ一流とは言わないまでも、ある程度の材料さえそろえばこうしてレストランの真似事ができるというわけなのだ。
まぁ、あいにく美咲は「見栄っ張り、ブランド主義がいい方向に働いただけ」と解釈しているため、母親に感謝したことなど一度も無いわけなのだが……。
とにかくおいしそうな料理を目の当たりにした美咲は、それが両親の食べかけだということも忘れて直接、手掴みで食べようとする。
「……い、いやいやいや! ダメだって……ダメだよ」
だが、ギリギリの所で理性を取り戻したのか美咲は伸ばしかけていた手を引っ込める。
「そうだよ……私は水を飲みに来ただけなんだし……!」
と、言いかけたところでまたワインの香りが鼻を突いた。
一瞬、飲酒という犯罪めいた行動が美咲の頭を過るもどうにかそれを振り払い、これ以上私を誘惑しないでと言わんばかりに美咲はワインの瓶を自分から遠ざける。
「はぁ……全く、ビン開けっ放しで二人とも一体どこに行ったんだろ」
自分の失態をさりげなく人のせいにしながら、美咲はテーブルの上をぼんやりと眺めた。
「ん?」
すると、美咲はそこであることに気が付く。
「何でだろう? ワイングラスが1個しかない……」
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.86 )
- 日時: 2015/01/23 10:39
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)
料理もお皿も、全てが左右対称なテーブルの上で、なぜかワイングラスだけが片方にしか無い。
別に気にするようなことでもない些細な間違い探しだったが、美咲はその問題を「どうでもいいか」と切り捨てる前に解答を見つけてしまった。
「うわっ……」
ふとテーブルの下に視線を移してみると、そこには割れたワイングラスと中身のワインが飛び散っていたからだ。
「どうりで、匂いがきついわけね……」
今まで気付かなかった自分に少しうんざりしながら、美咲は危ないのでワイングラスの残骸——ガラスの破片から距離を取る。
何かの拍子に落ちたのだろうか? それとも意図的に?
距離を取りながら思考を巡らす美咲だったが、ゆっくりと首を振ってその疑問をかき消した。
「いや、それより……本当にこんな状況を放置してどこに行ったの?」
少なくとも母親はこんな状況を放置しない。と美咲は思う。
父親のことはよく知らなかったが、少なくとも母親はガラス片が飛び散るこんな危険な状況を放置するような人間じゃぁない。もし、それでも放置するようなことがあればそれは、
「……もしかして、何かあったの?」
《それ以上の何か》が起こったことに他ならないのではないか?
落ちたワイングラスを見ながらそう考える美咲。
すると次の瞬間——
『カラン、カランカラン……』
「ん?」
突如、何かの落下音が美咲の耳をくすぐった。
「……何? 今の」
すぐさまその音を頼りに美咲はリビングから1階廊下へと出る。
「お父さん? ……お母さん?」
空き巣や強盗が侵入した可能性を考え、小声でそう呟く美咲。
すると、小さな声ではあったものの誰かの声が聞こえてきた。
『だから——ってるじゃないか。——は俺の大切な——って』
「……!」
美咲はその声がした方へと振り向く。
洗面所だ。……洗面所から誰かの声が聴こえる。
そう直感で判断した美咲は洗面所の扉をそぉっと開こうとして、
『違う!』「!?」
突如、怒声に襲われた。
驚いて扉から手を離してしまった美咲だが、なおもその声は美咲が手をかけたことで生まれた扉の隙間から響く。
『何が……何が大切よ! あなたは、あなたはあの子のことを……』
その声に——美咲は聞き覚えがあった。
聞き覚えがあったどころの話ではない。耳にタコができるほどに聞いたその声は……。
「この声って、あいつ……なの?」
美咲の母親の声だったからだ。
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.87 )
- 日時: 2015/01/23 10:48
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)
何であいつがこんな時間の洗面所なんかに……。
理解できない状況に困惑する美咲。しかしその扉の奥にいたのは母親1人ではなかった。
『おぃおぃ勘弁してくれよ。久しぶりに酒飲んで酔っ払ってるのか?』
「お父さん……!?」
驚きのあまり、思わず美咲は声を上げた。
条件反射ですぐに口を手で覆い隠すが、聞こえていないのかまた平然と会話が始まる。
『いつ僕が、美咲を愛してなかったって言うんだい?』
え? 私のこと……?
急に自分の名前が出てきたことに眉をひそめる美咲。
それと同時に中の様子が気になり、美咲はわずかに開いたドアの隙間を覗き込んだ。
「……あぁ。なるほど」
そして納得する。
両親は洗面所ではなくその奥のお風呂場にいたのだ。
扉が閉められているために中の様子までは分からないが、
さっき声を上げて気が付かれなかったのはそのせいらしい。
とにかくそのまま覗いていても問題ないな、と判断した美咲はドアの隙間から顔を出し、さらに奥にある風呂場の扉を凝視した。
状況はよく分からないものの、どうやら両親2人が喧嘩しているらしい。その事実がちょっと以外で面白そうだったので、しばらく美咲は2人の話を盗み聞くことにしたのだ。
しかしそんな甘ったるい美咲の精神を、扉の先の母親は一瞬で引き裂いた。
『だって……だってあなたは、あの子のことを『お金』だとしか思ってないじゃないッ!!』
「————は?」
一体ナニ言ってるの……? お金? 私……が?
文字通りのフリーズ。耳をぶち抜かんばかりのその叫びに、美咲は思考を凍結させてしまった。
父親・自分・金。意味のない単語が美咲の中でグルグルと回る。
一体、自分の目の前で何が行われようとしているのか。
むしろこれは本当に現実なのか。
そんな疑問さえ湧き出してきた美咲の頭に、ずぐさま父親の優しい声がブチ込まれた。
『そんなの《当たり前じゃないか》……そのために僕は美咲に投資しているんだから』
「とう……し?」
風呂場の中からくぐもった音で聞こえてくる父親の言葉を、ただオウム返しする美咲。しかしそんな呟きに返答する者などいるはずもなく、食い気味に母親が吠えた。
『投資、って……。そんな』
『あのさぁ、もういい加減にしてくれないかな……。こんな狭い所に連れ込んでまで、何でそんな基本的な相談し始めるんだい?』
うんざりだよもう、と言いたげな父親の声が何度も何度も美咲の耳を突く。
『子育てってさぁ、そんなもんじゃないの? 自分がまだ働けるうちに金かけて一人前に育てて……それで親が老後になったらキャッシュバック。返戻金が戻ってくる』
『そんな株式や宝くじみたいな——』
『でもそうだろう? 僕だっていつまでも働けるわけじゃ無いんだよ……。だから働けるうちに子供って名前の貯金箱に貯金して《将来、僕のためにきっちり稼げるようにする》。それが君の役目じゃぁないのか? ……なぁ、そうだろ……真澄?』
『……それは、そう、だけど……だけどあの子にだって——』
——パァン!
- Re: このティッシュ水に流せます(ハートフルボッコ注意) ( No.88 )
- 日時: 2015/01/23 15:42
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: CEzLXaxW)
その瞬間——風呂場から鋭い破裂音が響き渡った。
同時に本心状態だった美咲はその音でやっと我に返り……父親が、母親に手を上げたのを直感で、悟った。
『ぁぁ……っ、ぅ、ぅ……』
『お前さぁ……自分がどれだけ恵まれてるのか分かって無いだろ?』
話の内容はともかく、さっきまで話し方だけは柔らかかった父親の声が一変する。
おそらくこちらが素のしゃべり方なのだろう。
父親は今まで美咲が誰からも聞いたことがないほどに強く、絡み付くような口調で母親に迫った。
『……15年前。出世の見込めない《女》なんかを産もうとしたお前を……俺、許したよな? ……な?』
『…………はい』
『だから引き換えにお前は誓ったじゃないか。《たとえ女の子でも貴方のためになる1人前の人間に育ててみせます》ってさ』
『ぇぇ……そうよ』
『だから俺は顔ぐらいしか取り柄のないお前を捨てないでやったんだ……分かるか?』
『はい』
『分かったら大人しくあいつを教育しろよ……。産んでくれたことには感謝するって言ってるんだからさぁ……。お前だって老後に年金だけじゃツマラナイだろう? なら、素直にやれよ……』
『…………』『な?』
『…………はい』
そこまで母親を追い詰めた所で父親はまた元の口調に戻り、
今度は母親を励ますような口ぶりで切り出した。
『大丈夫だよ……! 子供の愛し方なんて人それぞれだろう? 僕達の子供の愛し方が《そういうふう》ってだけで、僕達は美咲を愛しているんだよ。だって、美咲は僕達の大切な大切な装飾品…………だろ?』
その言葉を最後に、美咲はまるで力尽きたように崩れ落ち。
理由も分からない涙を流すだけの、人形となった。
しかしまだ扉の向こうでは、なにか言いたげに母親が唸っていた。
「違う……」
「……今度はなんだい?」
もういいだろう、さっさとここを出よう。
そう語りかける父親の視線を前に母親は言い放った。
『……貴方の言う《教育》を実行している私に、言えることなんてほとんど無いけど……。
でも……私もあの子も、もう限界なのよ!! このまま《教育》を続けたらどちらかが壊れる!!
……私達は。私達は貴方の道具なんかじゃ——』
間髪入れずに誰かの『チッ……』という舌打ちが響く。
『な……んで、何回言っても……分かんねぇんだよお前はぁああ!!』
その言葉を最後に夫婦どうしの言い争いは終わり、扉の向こうから聞こえてくるのは『ガッ!!』『ガン!!』という鈍い打撃音だけになった。
死んだように固まる美咲には到底分からないだろうが、父親が母親の《腹》を何度も何度も何度も蹴っている音だった。
始終、母親は『止めて! 美咲が上にいるでしょ!』と叫び続けた。
おそらく、事実を知られ、これ以上美咲が傷付くことを恐れての発言だったのだろうが、怒りで我を忘れている父親の耳にそんな優しい言葉が届くハズもなく、ただ父親の怒りと蹴る音を大きくしてゆくだけだった。
もし仮に……。
もし仮に《美咲が2階の自分の部屋でワケの分からない大声を出していたりすれば》。
《父親は蹴るのを止め、母親の腹にはアザが少し出来るぐらいで済んでいた》かもしれない。
だが真実を知り、人形のように動かなくなった《今の美咲》がそんな奇行をするはずもなく、
《そんな未来は完全に無くなってしまった》
「は、はは……あはは……」
過去を流したバツだと言ってしまうのは本当に酷なことだが、
意味不明な乾いた笑い声を上げながら……ずっと、ずっと、ずっと。
美咲は母親の悲痛な叫びと理解したくもない打撃音を扉の前に崩れ落ちたまま聴き続けた。