ダーク・ファンタジー小説
- Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.104 )
- 日時: 2012/07/30 20:40
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: HjIs5c3i)
- 参照: 今日は遅刻しそうになってメッチャ焦りました。
No.4
「…って、明らかに情報少ないだろ」
自殺依頼者が住んでいるという家に向かいながら黎は渋面を作って呟いた。
今回の情報は、自殺依頼者の名前と住所だけだ。
少なすぎる。
ちなみにそれを漆に言うと、「情報を集めてくれる玄が途中でデートに行ったから」だそうだ。
「なぁにがデートだよ!」
何故デートを優先させる。仕事よりデートが大事か。
デートをするのは悪いとは思わないが、自殺依頼者をほっぽって行くのはどうだ。
あとで一発ぐらい殴ってやるか。
黎は冗談半分にそう思う。
「……着いた」
足を止めて、目の前に建つ家を睨む。
門ににある表札には、黒樹、の文字。
まさに日本家屋、と言ったところか。
和風な造りをした家は外から見ただけで、大きい、と感じるものだが、庭も広いものだった。
門を挟んで見ているので、はっきりとは見えないが、松の木などが植えられていて、小さな池もあるようだった。
威風堂々、という言葉が正にぴったりだと黎は思った。
「…うーん、広いなぁ」
なんとも複雑な表情をした黎がぽつりと呟く。
「コーポ・テオティワカンより広いんじゃないか…?」
コーポ・テオティワカンはその名の通り、コーポだ。集合住宅なのだ。
この家に何人住んでいるか知らないが、一戸建てに劣る集合住宅。
一体、何なのだ。
「…ま、それは置いといて、どうすっかな」
取り敢えず外回りでも確認しようと思った矢先、家の中から誰かが出てきた。
わ、逃げた方が良いのかな、などと思ったが、慌てて逃げるのも変だと思われる、どうしよう、などと迷っているうちにその人物は門の外までやってきた。
「…何か用ですか?」
門から出て、黎の姿を認めた女性の老人はにこりと優しく微笑んで訊いてきた。
笑顔を浮かべ、優しそうな雰囲気を醸し出している老人。
ぱっと見は綺麗な顔立ちをしているが、よく見ると顔には皺が深く刻まれているのが分かる。それでも、すらりとした鼻や優しげな光を灯した瞳、口紅を薄く塗った唇を見ると、数十年前はきっと美人であったのだろうということが窺える。
髪は薄い茶髪に染めているが、ところとごろ白髪が見える。
年は六十代後半から七十代前半、だろうか。
「…あぁ、はい」
駿巡した後に、黎は頷いた。
「そう。何かしら?」
首を傾げて黎の瞳を真っ直ぐに見詰める老人。
「黒樹小枝〔くろきさえ〕ちゃんは、いますか?」
ニコリと笑って訊き返す黎。
その瞬間、その老人の優しげな表情が曇った。
黒樹小枝とは今回の自殺依頼者の名前だ。
「……小枝の、友達?」
声のトーンを落として、訝しげに訊いてくる。
明らかに様子が変わった。
心の中でそう思いながら、黎自身は表情を全く変えない。
「はい」
しかし、本当は友達でも知り合いでもない。顔を合わせたことすらないのだから。
もし黒樹小枝が自分と年が違いすぎたら、この老人はどう思うだろうか、と少し焦る黎だが、老人は特に気にも留めずに早口に言った。
「あの子は今居ないから、又今度来てくれる?」
「……そうですね」
ニコリと笑って頷き、黎は一礼した。
「お忙しいところ、すみません。さようなら」
その場を一旦立ち去り、黎はその家の回りをぐるりと一周回った。
黎が再び門の前まで来ると、先程の老人の姿はすでに無かった。
「——黒樹、小枝」
黎は低く呟き、その和風造りの家を睨んだ。