ダーク・ファンタジー小説
- Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.122 )
- 日時: 2012/08/02 18:58
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: WIx7UXCq)
- 参照: 黎「今回は璃夢さんのリクエスト短編小説だよ」
「やっぱりクーラー直しましょうって」
少々不機嫌な声を聞いた漆は渋面を作った。
「無理。直すのに金かかる」
「…だったら、おれが直します!」
黎は事務椅子を、壊れて動かないクーラーの下まで転がし、それの上に立った。
「…あー、おい、気を付けろよ」
ソファに座った漆はあまり興味が無さそうに声をかける。
「大丈夫ですって!」
黎がそう言ったとき、足下から鈴の音が聞こえた。
下を見ると、黒猫が事務椅子を引っ掻いていた。
「…あー、こら、ムーン。椅子を壊すな」
漆がソファから立ち上がり、黒猫を抱き抱えようとした。
しかし、黒猫はそれに抵抗し、事務椅子にしがみついた。
「…って、うわっ——」
事務椅子はぐらりと傾き、その上に立っていた黎もバランスを崩す。
「危ない——っ!!」
参照1100突破記念小説『夢か現か』
「ぁいっ…た!!」
黎は強かぶつけた頭を押さえて悶絶する。
「痛い痛い痛い」
しかし、聞こえる声は女性のものだ。
「……おい、大丈夫か?」
違和感を感じたが、その少年の声に思考を遮られた。
それは、聞き慣れた自分の声。
「………はれ?」
黎は半身を起こした。
すぐ横には、少年が横になっている。
黒髪で不機嫌そうな表情をした少年。
それは黎がいつも鏡で見ている自分の姿だ。
黎がその状況を理解する前に、その少年がこちらを指差して叫んだ。
「私が居る————っ!!」
「………はぁっ!?」
黎は自分の頬を触った。
いつもとは違い、少し柔らかい。
「えっ、えっ、えっ」
変な声を出しながら黎は自分の身体のあちこちを触る。
「おっ…おれ、む…胸が——っ!!」
「変態かっ!!」
目の前に居る少年がバシッと黎の頭を叩いた。
「…黎、お前、鏡、見てみろ」
いつの間にかその少年は鏡を持っていて、それをこちらへ手渡してきた。
「…何…が———!!」
鏡には、大きく目を見開いた漆が映っていた。
鏡から視線を外し、少年を見る。
「これ、どういうことですか!?」
しかし、訊かなくても何となくは理解していた。
目の前に居る黎の姿形をした少年——否、漆はいつものような渋い表情で言った。
「私たち、入れ替わってるんだ…!」
「…え———」
黎は目を見開いた。
「そんな、マンガかアニメみたいなこと——」
その時、勢い良くドアが開いた。
「漆さん、黎! ただいま——って、あれ?」
床に座り込んでお互いを見詰め合っている漆と黎を見て、上弓は唖然とした。
「………あ、もしかして、邪魔しちゃった?」
遠慮がちにそう言って、部屋を出ていこうとした上弓を漆——の姿をした黎が引き留めた。
「玄! ちょっと待て!」
上弓はその言葉通り動きを止め、黎を睨んだ。
「…黎、お前、オレのこといつから『玄』って呼び捨てするようになった?」
「………え、いや、違う、これは——!」
黎はばたばたと否定するように手を振った。
「大体、二人で何やってんだよ」
上弓は黎に近寄った。
その距離、僅か三十センチほど。
「………近いんだよ!」
黎は上弓の右頬を殴った。
「…って、漆さん、何やってんすか!」
それまでずっと黙っていた漆が驚いたように目を見開いた。
「——ちょ、『漆さん』…て、漆さんが漆さんでしょ?」
殴られた右頬に手を当てながら上弓は目を白黒させる。
「……玄」
黎は低い声を出した。
「大切な話がある」
「えぇっ!? 二人が入れ替わった!?」
上弓はこれ以上無いほどに目を見張った。
「もう、冗談キツイねー…」
「ははは」と苦笑いする上弓に、黎の姿形をした漆が言った。
「嘘を言っているように見えるか?」
「………いえ」
それから上弓は目の前のソファに座った漆と黎を見比べた。
漆は先程から不機嫌そうな表情をしていて、黎はなんとも形容しがたい表情をしている。
「まぁ、オレ、戻り方知ってるから、大丈夫!」
ニッコリと笑う上弓を見て、漆と黎は目を輝かせた。
「本当っすか!?」
「もちろんもちろん」
「速く教えてくれ!」
上弓はこくりと頷いて言った。
「もう一回頭をぶつけたら良いんですよ」
「………本当にこれで大丈夫なんですか?」
クーラーの下の事務椅子の上に立った漆の姿形をした黎は不安そうに訊いた。
「もっちろん! オレに任せて!」
上弓は自信満々に言う。
「あー、不安………」
黎の姿形をした漆は事務椅子の横に立ったまま小さく呟いた。
「はい、じゃー、落ちて!」
上弓のその声を合図に黎は事務椅子から飛び降りた。
ーーー
「いって———って、あれ?」
黎はぼんやりと目を開けた。
目に映る物は、見慣れた天井と蛍光灯。
「むむ?」
黎は半身を起こした。
そして、辺りを見回す。
小さな和室の部屋。どうやら自分の部屋のようだ。
そして、自分は布団で寝ている。
ぼんやりと自分の手を見詰める。少し日に焼けた、男の手。
その手で自分の身体を触る。
「胸が無い」
呆然と呟いて、のろのろと立ち上がり洗面所へ向かう。
大きな鏡には、黒髪の少し寝惚けたような表情をした少年が映っている。
「おれだ…」
自分の頬を触る。
そして、軽くつねってみた。
「痛い」
ということは、これは夢ではないということだ。そして、先程までのものが夢。
それにしてはやけにリアルだった気がする。
「うーん?」
釈然としないまま、黎は部屋を出て、一回の漆の部屋兼事務室へ訪れる。
「漆さーん、起きてます?」
思えば今が何時なのか分からない。まぁ、日が差しているから、朝だ。
中へ入ると、漆が渋面を作ってソファに座っていた。
「漆さん、おれ、さっき変な夢見ました」
彼女の正面のソファに腰掛けて黎は言った。
「おれと漆さんが入れ替わるんです」
すると、漆は目を見開いて言った。
「私も同じ夢を見た」
漆の言葉に黎も目を見開いた。
「……………え?」
それは夢か現か。