ダーク・ファンタジー小説
- Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.125 )
- 日時: 2012/08/14 16:00
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: iQZhz91g)
- 参照: 玄「ども。今回は黎視点の一人称小説だぜ」
真っ暗な闇の中。
じじ、と蝋燭が僅かに音を立てる。
灯りと言えばそれだけなので、すぐそばにいるはずのクラスメイトの顔もよく見えない。
見えるのは、蝋燭を手に持った男子生徒だけだ。
「…最後の怪談、言うぞ」
参照1200突破記念小説『怖くもない真夏の怪談』
時は遡り、数日前。
「百物語って知ってる?」
突然の問いに、おれは一瞬動きが止まった。
「…明〔あかる〕?」
問いには答えずに、問うてきたクラスメイトである男子生徒の名前を苦笑いしながらそいつを見た。
光で辺り具合で茶色にも見える、色素の薄い黒髪。大きな口を吊り上げて、ヘラヘラと笑っている。
制服はカッターシャツをズボンから出している。先生にいつも注意されているのに、全く直そうとしない。
人見知りゼロなフレンドリーな奴。お喋りで、こいつが黙っている時は滅多に見たことがない。しかし、その剽軽な性格でクラスメイトに好かれていて、ムードメーカー的存在だ。
そう言えば、おれがここに転校して、初めに話しかけてきたのはこいつだった。
「オレ、既望〔きぼう〕明。よろしく」と笑って言ってきた彼に、「…変わった名前」と素っ気なく返したら、「そうだよな。どうせなら希望が良かったよな」とか言ってきたような。
あれから三ヶ月、もう少しで四ヶ月が過ぎようとしている。時の流れというものは早いものだ。
「何だ、黎、知らないのかよ」
明は少し驚いたように言い、そしてニヤリと不敵に笑った。
「百物語って言うのはな…」
知ってる、と言おうとしたが、明が続けて言うのでタイミングを失ってしまう。
「真夜中に集まって、蝋燭百本立てて、怪談一つ言い終わるたびにそれを一つずつ消していくんだよ」
仕方がないので、黙ってそれに頷く。
「…で、最後の一本を消したとき、恐ろしい何かが起こるんだぞ!」
意気込んで言った明に、短く返す。
「……………へぇ」
「『へぇ』ってそれだけかよ! もっと無いのかよ!」
無いからこんな反応なんだよ、と心の中で思いながら、おれは教室を出ようとした。
今は放課後で、もう帰って良い。
教室にはすでに十数人程しか残っていない。
しかし、教室のドアに手をかけたおれは、首を絞めるようにして後ろから抱きつかれた。
「………何すんだよ」
チラリと目だけを横に動かすと、明の顔がこちらを覗き込んで、ニヤリと笑った。
「最後の一本を消したときに起こる恐ろしい何か、気にならねぇ?」
「気にならない」
即答すると、しかし明は「気になるよな、そうだな」と呟いた。
こいつ、他人の話、全く聴いてねぇな。
明はおれから離れると、教室中に聞こえるような大きな声で言った。
「八月の第一土曜に、怪談会を行う!」
それを聞いたおれは、頭を押さえて、はぁ、と溜め息をついた。
ーーー
——という訳で現在に至る。
怪談会開催地である聖音神社へと集まったのはおれと明を含め十三人だった。
不吉な数字だ、とぼんやりと思った。
聖音神社は小さめの本殿があり、その前に賽銭箱が置いてある。石畳になっていて、神社の入口には鳥居が一つ。そして、可愛らしい顔をした狛犬が二体置いてある。
神社の裏は山になっていて、その上には墓地もある。
灯りなどは一切無いので、雰囲気は十分出ている。
「本当に出そうだね」
「…うん」
集まった数人の女子は少し怯えたように話していた。
そして、そんな神社の裏、つまり山の麓でおれたちは円を描くように座って怪談会——百物語を始めた。
夏休みの思い出にと集まった者。怪談が好きで集まった者。興味半分で集まった者。暇潰しに集まった者。そして、おれのようにいやいや集まった者——はおれだけか。
明に「オレとお前の仲だ。絶対来いよ!」と言われてしまったので、仕方なく集まったのだから。
そんなことはさておき、残っている蝋燭は、今怪談を話し始めようとしている明が持っているもの一つだけだ。
つまり、明が話し終わりさえすれば、ここから帰ることが出来る。
もう九十九も怪談を話終わったのかと言うと、実はまだその半分もいっていない。
なら、なぜもう最後かと言うと、蝋燭が百本も集まらなかった。そして、百個の怪談など思い付かない。ついでに時間がかかりすぎる。
真夜中に集まったおれたち人間もこんなつまらない怪談を百も聞くのは辛いが、蝋燭は限界だった。だんだんと蝋が燃え、残り少ない。
だからとっとと話し終われ、と隣に胡座を繋いた明を睨み、無言で圧力をかける。
しかし鈍感な明は多分気付いていないだろう。
しかし、なぜこんなことをしなければならないのだろうか。
みんなが話すのは、いつかどこかで聞いたことがあるような、そんなに怖くもない怪談だった。
聞いていても楽しくないし、こんなをする必要性はどこにあるのだろうか。
ただいまの時間は夜中の二時。
というのをポケットからスマートフォンを取り出して確かめると、明に睨まれてしまった。
「…オレのはすっげぇ怖い話だぞ」
そう言う奴のほど怖くない。
眠気が襲ってきたので欠伸をすると、また明に睨まれてしまった。
怖い怖い。
「これは知っている人は知っている、都市伝説にもなってるんだけどな」
知っている人は知っている都市伝説。
何じゃそりゃ。
「なんと、自殺を手伝ってくれるサイトがあるらしい」
「……………わぁ」
「…十六夜?」
思わず口から出てしまった言葉に、隣に座った奴が反応する。
「何でも無い」と笑いながら言って、明を据わった目で見る。
いつの間に都市伝説などになっていたんだ。全く知らなかったぞ。
「インターネットで検索するしたら出てくるそうなんだけどな…」
えぇ、出てきますとも。
「オレが試しに検索してみたら、本当に出てきたんだ…!」
「———えぇ…っ!?」
数人が息を呑んだ。
わざわざ検索するとは、明も暇人だな。
しかし、そういう都市伝説があるからゲートキーパーを利用する人がいるのか。ここにいる奴がこんな話聴いて依頼をしてこなければ良いけど。
「オレはそれ以上やってないんだけど、噂で聞いたんだ」
明が声のトーンを一段落とし、怖い雰囲気を作り出す。
「そのサイトを開くと、enterの文字だけが出てきて、そこをクリックすると……」
ごくり、と唾を飲み込むみんな。
さて、明は何を言い出すんだか。
「……自殺を手伝ってくれる——つまり、そいつを殺しにくるんだってさ!」
「———ひ…っ」
数人の女子がか弱い悲鳴をあげる。
いやいやいや、殺しにいかねーよ。
何勝手に作り話してんだよ。
「だから、気を付けろよ。うっかりクリックしたら最後、殺されるかもしれねーから」
殺される、か。
フッと息を吐く音が聞こえると、それまでゆらゆらと揺らめいていた炎が消えてしまった。
蝋燭の炎が消えたことによって、辺りは完全な闇に包まれる。
どこからか虫の鳴き声が聞こえる以外は、全く音がしない。
「………何も起きねぇな」
暫く続いた沈黙を明が破った。
「…やっぱ、何も起きねーんじゃん!」
「ははは」と笑い声を上げる明に蹴りを一発お見舞いしてやる。
「うおぁっ!?」
「きゃあっ!?」
暗いのでどうなったか分からないが、想像からして、前に倒れ込んだだろう。
おれは何事も無かったかのように元の位置へ座る。
「大丈夫か!?」
誰かが灯りを点ける。
すると、がばりと明が身体を起こした。やっぱり倒れてたか。
「今、誰かに何かされた!!」
真っ青な顔をして明が言う。
女子は怖がったように青ざめるが、男子は「気のせいだろ」と呆れている。
「なぁ、黎! お前、隣にいたから分かったよな!? 何か来たよな!?」
明がおれに訴えてくる。
おれがしたんだけど。真っ暗闇だったから、誰も気付いていないだろう。
「きっと、その自殺サイトの幽霊が来たんだよ」
ニッコリと笑って言ってやると、明は「ひぃぃっ!!」と奇声を発した。
「それより、もう帰ろうぜ」
誰かの声で、みんなは帰っていく。
おれもコーポ・テオティワカンへ帰る。
それにしても。
怪談会。なかなか面白かったな。
明はまだ青ざめた顔をしているが、ゲートキーパー〔おれたち〕が人を殺すなんてことを言ったから、自業自得だ。