ダーク・ファンタジー小説
- Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.141 )
- 日時: 2012/08/06 22:24
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: eahZ4LLD)
- 参照: フリートークは面倒なので、漆さん視点小説を。
「……………む」
漆は眉間に皺を寄せて、小さく呟いた。
「家賃、貰ってねーぞ」
このコーポ・テオティワカンの住人は漆以外に、同じゲートキーパーの上弓と黎、それに無関係の二人。
上弓と黎は訳あって無料で住まわせている。だから良い。問題は残りの二人だ。
一人は現役女子大生。
今年からこの近くの大学に通うため、三月頃にここにやって来た。
一人はヒキニート。
二年程前からここに住んでいる。
何をしているか分からない。見掛けたこともほとんど無い。
「…家賃を徴収しに行くか」
漆はぽつりと呟いて立ち上がった。
参照1400突破『大家さんと女子大生とヒキニート』
コーポ・テオティワカンは全部で六部屋ある。一階と二階に三部屋ずつだ。
漆の部屋兼事務室は一階の右端だ。黎は二階の左端。その隣の部屋を空けて、隣が上弓。
女子大生は漆の部屋の隣だ。そして、ヒキニートは一階の左端、つまり黎の真下の部屋。
漆は自分の部屋の隣の部屋——つまり、女子大生の部屋のドアの前に立ち、コンコンとノックした。
インターフォンはついていない。
「おい、居るか?」
コンコンとノックを数回すると、「はーい」と間の抜けた返事が聞こえ、ドアが開いた。
「あ、大家さん。こんにちはぁ」
にこにこにこにこと笑う女子大生。名前は深江洲杏奈〔みえすあんな〕。
肩の少し下まで伸ばした黒髪をツインテールに括っている。作業服のようなものを着ていて、それには色とりどりのペンキがついている。ついでに、腕捲りをして出された腕や顔にも。
それを見た漆は半眼になった。
「………部屋、汚してないだろうな」
チラリと覗くと、深江洲杏奈がさっと身体を動かして漆の視線を遮った。
「えへへぇ。杏奈、描きかけの作品は他人に見せない主義だからぁ」
そう。この女子大生は美大生だ。美術大学生。
詳しくは知らないが、油絵をやっているそうだ。
部屋に絵の具をつけられたら困るなぁ、と思う漆。
「で、大家さんは何の用ですかぁ?」
のんびりと喋る深江洲杏奈。
「あぁ、家賃、滞納してるだろ」
ムッとして言うと、深江洲杏奈はポカンとした表情をした。
「家賃はお母さんに任せてるからぁ、杏奈知らなーい」
「……………そう」
深江洲杏奈がここへ来てから四ヶ月程が経つが、未だに家賃を貰ったことがない漆だ。
「今度お母さんに言っとくねぇ」
にこりと笑って、深江洲杏奈はドアを閉めた。
漆は不機嫌が少し増したような表情をして、一階の左端の部屋——つまり、ヒキニートの部屋のドアの前に立ち、同じようにノックをする。
しかし、なかなか出てこない。引き籠りだから必ず居るはずだが、出てこない。居留守か。
漆はドンドンとドアを叩く。
「おい! 開けろ!」
ドンドンドン。
「大家だ! スペアキー持ってるんだぞ!?」
ドンドンドン。
「スペアキー持って来て開けるぞ! 栗名朔〔くりなさく〕!!」
ガチャリ。
ようやくドアが開いて、一人の青年が姿を見せた。
名前を栗名朔という。
焦げ茶色に染めた髪は痛んでいて、小汚なく肩の辺りまで伸ばしている。前髪も長く、両目が見えない。スラリとしていて、というか痩せている。もちろん元々背が高いというのもあるが、痩せているので余計にスラリとして見える。
漆は引き籠ってるからこんなに痩せてるんだよ、と思いながら、低い声で言う。
「今月分の家賃、貰ってないんですけど?」
「……はぁ」
「とっとと出せ」
高い位置にある顔を睨むと、彼はがしがしと頭を掻いた。
「給料が入ってから…」
「ふざけんな」
栗名朔は口をへの字に曲げた。
「出せ」
溜め息をつくと、栗名朔は部屋の中へ戻っていく。金を取りに行ったのか。
漆は部屋の中を覗いた。
雨戸は閉めきられていて、電気も点けていないから部屋は真っ暗だ。その中で、一つだけ光を発しているものがある。四角い光——パソコンだ。
「ほい」
栗名朔が一万円札を渡してくる。
「…ん」
漆はそれを受け取って、封筒に入れたりしろよ、と思いながら確認する。一万円札が四枚、合っている。
「じゃ。来月は早く渡せよ」
漆は自分の部屋へ帰っていった。
まったく、ここの住人は変人ばかりだ。