ダーク・ファンタジー小説
- Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.175 )
- 日時: 2012/08/19 19:29
- 名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: vVbLZcrS)
- 参照: 長くなってしまったので、初の前後編。後編は後ほど。
「………明はまだかよ」
スマートフォンで時間を確認すると、約束した時間を十分は過ぎていた。
あいつは本当に来るのか、と不安になった時、呑気な声が聞こえてきた。
「おー、黎、お待たせー!」
参照1900突破記念小説『夏祭り〈前編〉』
「………って、何でお前はもう焼きそば食ってんだよ」
約束に遅れて来た明は、手に焼きそばを持ってニコニコと笑っている。しかも、その焼きそばのトレーの半分はすでに空になっている。
「良いじゃんよ。ここに来るまでにガマン出来なくってさ」
「………どんだけ食い意地張ってんだよ」
「はぁ」と溜め息を吐いて、歩き出す。待ち合わせ場所の聖音神社の前の通りには、屋台が立ち並んでいる。
「…てか、黎も何か食っといて良かったのに」
「別におれは——」
と言うか、そもそも何でおれはこいつと祭りに来てるんだ。まぁ、こいつに誘われたからだが。
チラリと明を見ると、焼きそばを食べ終え、空になったトレーを持ったまま「次は何食おーかな?」と辺りを見回していた。
「あ、たこ焼き! 買ってくる!」
「おー、行ってらっしゃい」
明が行ったたこ焼き屋は何人か人が並んでいたからすぐには来ないだろう。
おれは煩い祭り会場から離れようと、人気の少ない場所へ行った。
おれは基本的、煩いのは苦手だ。静かなのが良い。だから、一人で居る方が好きだ。
なのに、そんなおれの気持ちを知ってか知らないでか、明はおれに話しかけてくる。初めは本当にウザかったが、今では大分慣れ始めている。…慣れって怖いな。
「お待たせー!」
両手にたこ焼きを持った明が姿を現す。
「………お前、二つも食うのか? 食い意地張りす——」
「アホ。一個、お前のだよ」
おれの言葉を遮って、ついとたこ焼きをおれの目の前へ差し出してくる。その表情は呆れたようなものだ。
「…別に、おれ頼んでねぇけど」
「…別に、頼まれてねぇけど?」
明はそう言うと、おれに無理矢理たこ焼きを渡して、その場にしゃがみ込む。そして、たこ焼きを口に放り込んだ。
「あち、あち」
「………あほだろ」
仕方なく明の隣にしゃがみ、ズボンのポケットから財布を取り出す。その様子を見た明が「何してんの?」と不思議そうに訊いてきた。
「『何』って、たこ焼き代——」
「はぁ!? オレとお前の仲だ! オレの奢りだよ!」
バンバンとオレの背中を叩きながら言ってくる明。地味に痛いぞ。
おれは明の好意に甘えて、財布をポケットにしまい、たこ焼きにふうふうと息を吹きかけてから口に入れる。
「なーぁ、七時からは花火だろ? それまでに、いっぱい買っといて、で、どっか花火見える良い場所行こうぜー」
明がたこ焼きを冷ましながら言った。
この祭りでは花火を打ち上げるそうだ。と言うのを少し前に上弓さんに聞いた。
「今は…六時半だから、あと三十分か」
明がスマートフォンで時計を確認しながら言う。
「なら早く行こうぜ!」
いつの間に食べ終わったのか、明は空になったトレーを近くにあったゴミ箱に捨て、屋台へと向かう。おれはまだたこ焼きを食べ終わっていないから、それを持ったまま明に付いていくことにする。
「お前、食うの遅いな」
「明が早すぎんだよ」
最後のたこ焼きを口に入れたおれは軽く明を睨んだ。
「お、金魚すくいだぜ! なぁ、一緒にしよう——」
指を差して言ってくる明に、おれは冷たく言う。
「おれはしねーぞ。金魚なんて飼いたくねーからな」
「うっわ、悲しい」
口を尖らせる明。そんなに金魚すくいがしたかったのか? だったら、一人ですれば良かったのに。
「なら、スーパーボールすくいしようぜ!」
子供のように目を輝かせて言ってくる明。ほんと、精神年齢低いよな。
「良いよ」
金魚すくいは断ったから、流石にこれも断るとまずいかな、と思って頷いたが、スーパーボールすくいなんて、ほんとはさらさらヤル気も無い。そんなおれに比べ、隣にいる明は随分とヤル気のようだ。
「あ、これ負けた方が何か奢ることな!」
「いや、負けって——」
「うん、スーパーボール多くすくった方が勝ち! 解ったか?」
そう言うなり、早速スーパーボールをすくい始める明。それを半眼で眺めながら、おれもすくうのを始める。
紙が破けないように、慎重に水の中へ入れ、スーパーボールを乗せ、さっと素早く容器へ入れる。
隣では明が「うわ! 破けた!」などと騒いでいる。
おれは気にせずに、すくい続ける。何個目かをすくったところで、破けてしまった。
「うわ、黎、お前八個も取ったのかよ!」
見ると、明の容器には二個しか入っていなかった。
フンと鼻で笑うと、「ドヤ顔したな?」と明が言ってきた。「してないよ」と返して、すくったスーパーボール八個が入った袋を明に渡す。
「それ、やるよ」
「………スーパーボールなんていらねぇよ。ゴミ押し付けてきたな?」
「そんなこと無い。おれからのプレゼント」
ニヤリと笑うと、明は小さく溜め息を吐いた。
「…なら、兄ちゃんへのお土産にすっかな」
「……お前って兄弟いたの?」
思わず訊き返してしまう。それは初耳だった。まぁ、あまり会話をしないからな。
「いるよ。兄ちゃんが一人…な。——あ! アイス売ってる!」
明は「黎も食う?」と訊いてきたから、「じゃ、スーパーボール勝負の奢りで」と言うと、苦笑いを返された。
明がアイスを買いに行き、再び暇になったおれは、ぼんやりと辺りを見回した。家族連れや友達同士、恋人同士など、様々だ。
その時、声をかけられた。
「あ! 十六夜君じゃん!」
見ると、五、六人の女子グループが居た。しかも、同じクラスの奴だ。派手めな奴ら。向こうはこっちに好意を寄せているのかどうか解らないが、おれはこんな奴らは好きではない。
「ねぇ、一人で来てるの?」
「一緒に回らない?」
「行こうよ!」
手を掴まれ、引かれかけたその時、「バーカ!」と声がして、後ろから抱きつかれた。
「黎とは今、オレがデート中なんだよ!」
チラリと見ると、明が舌を出していた。
「なら、既望君も一緒に行かない?」
「だから、オレは黎との二人っきりの時間を楽しんでんの!」
すると、「行くぞ」と言われ、明に引っ張られていく。
「…ったく、お前、何逆ナンされてんの?」
「逆ナン——って、そんなんじゃねーよ」
「『そんなんじゃねー』て、そんなんだろ!」
盛大に息を吐き出す明。
まぁ、こいつには助けられた。あのまま女子と一緒に回るのはごめんだ。隙を見て逃げ出していたと思うが。
「次、おれが何か奢るよ」
思えば、たこ焼きもスーパーボールすくいもアイスも、全て明に奢ってもらった。流石に奢ってもらってばかりだと、こちらの気分も良くないから、そう言うと、明はぱぁっと目を輝かせた。
「マジで!? 黎が奢ってくれんの!?」
やたら嬉しそうに喜ぶ明を見ると、上弓さんが思い浮かぶ。あんな大人にはなってほしくないな、と思う。
「なら、かき氷買ってね」と言ってきた明に、「アイスの次はかき氷かよ」と呆れながら、その言葉通りかき氷を買って明に渡す。
「サンキュー!」
にっこりと嬉しそうに笑う明。無邪気だなぁ、子供みたいだなぁ、と思う。
思わず笑ってしまったら、明は「何だよ」と訝しげに訊いてきた。