ダーク・ファンタジー小説

Re: 自殺サイト『ゲートキーパー』 ( No.193 )
日時: 2012/08/25 11:22
名前: 羽月リリ ◆PaaSYgVvtw (ID: Km711df.)
参照: 東日本では綿飴で、西日本では綿菓子だっけ?

 ひゅーっという音の後に、ドォンと大きな音が聞こえ、ぱぁっと明るくなる。辺りからは「おぉ」と歓声が上がる。

「うわ、花火始まったよ。早く行くぞ」
「どこに?」
「こっちだよ、来い」
 両手に食べ物を持っている明は、しかし速いスピードで走る。おれはわりと全速力でそのあとを追う。





     参照2100突破記念小説『夏祭り〈後編〉』





「よっしゃ、ここ」
「おま…、速いな」
 肩で息をしながら、土手に腰掛ける。
 そう言えば、こいつ陸上部だっけな、と思った。

「おー、やっぱ良い景色!」
 座っている下は砂利になっていて、川が流れていて、空を遮るものは何も無い。それに、空の花火が川に映ってとても綺麗だ。
 ここはそれなりの人気スポットのようで、花火の見物客が辺りにいて騒々しいが、絶景だから許すことにする。

「てか、かき氷溶け始めてる………」
 花火に見とれていたおれは、明のその声で現実世界へと引き戻された。
「とっとと食え」
 かき氷を買わなかったおれは、明の溶けかけたかき氷を見て、笑った。すると、明が「何だよー!」と不満そうな声をあげた。
「何でもねーよ」
 そう言って、おれは綿飴を食べ始める。口の中で甘いものがすぅっと溶けていく。

「良いなー、綿飴。な、一口ちょーだい」
「やだ」
「ケチー」
 ぷぅっと頬を膨らませ、口を尖らせる明。ほんと、お子ちゃまだな。
「良いもん」
 拗ねたように、液状になったかき氷をストローで啜る。

「……——」
 おれは再び花火を見る。

 ドォンと音を立て、色鮮やかな花を咲かせ、すぐに散ってゆく花火。
 少しだけ、切なく感じる。

「なー、黎はさ——」
 かき氷を飲み終わった明が、リンゴ飴を袋から取り出しながら言った。
「彼女とか、作んねーの?」
「……………」
「………黎?」
 チラリと明がおれの顔を覗き込んでくる。こいつは何てことを訊いてくるんだ…?

「お前こそ、作んねーの?」
 名前の通り明るくて、裏表無い性格で、周りの人を笑顔にさせる明。それなりにモテていると思うのだが——。

「オレは今お前に訊いてんの! …で、どうなの?」
 はぐらかしたのに、元に戻されてしまった。

「……別に、おれは作らねぇよ」
 綿飴を口に入れる。甘い。甘ったるい。

「何で? 黎、モテてるのに」
 明がリンゴ飴をペロリと舐めた。
「……」
「もしかして、転校してくる前の学校に彼女いたり?」
 ニヤリと笑って明が訊いてくる。

 聖音高校〔こっち〕に転校してくる前、か。
 彼女はいない。いたこともなかった。
 だけど。
 おれの脳裏に思い浮かぶ、彼女は——。

「——って、悪い。オレ、マズいこと訊いた?」
 黙りこくったおれを見て、何かを勘違いしたらしい明が慌てて言ってくる。
「ごめん。何も考えずに訊いた——」
「別に良いよ」
 明の言葉を途中で遮って言った。
「彼女なんて今まで一度も作ったこと無いし」

 すると、明はキョトンとした表情をした。
「…お前、彼女作ったことねーの!?」
「………そう言うお前は作ったことあんのかよ」
「ねぇよ! そりゃあ、彼女作りたいとか思ったことはあるけど……!」

 「オレ、顔カッコいいわけでもねーし、賢いわけでもねーし、モテるわけねーだろ!」とリンゴ飴にがっつきながら漏らしている明だが。
 こんなおれなんかよりは、よっぽど人間出来てると思う。
 それこそ、おれなんかとは比べ物にならないほど。

 ドォンと花火が打ち上げられる。

 おれは、それがやけに眩しく感じられて目を細めた。