ダーク・ファンタジー小説
- Re: 君の涙に小さな愛を。 ( No.1 )
- 日時: 2015/01/14 22:41
- 名前: 榛夛 ◆OCYCrZW7pg (ID: PMHGkQdB)
present01「記憶の欠片」
子供は弱く、脆く、未熟だ……。
生きることは自分が思っていたより難しく、怖いことだった。
もがけばもがくほど大きな穴に落ちていくみたいで、この蟻地獄からはもう這い上がれない。
何度泣き叫べばいいのだろうか、あなたは何時になったら私に気づいてくれるのだろうか?
何度も何度も繰り返し、お母さんの名前を呼ぶけれど気づいてもらえない。
大好きだよ、お母さん。大好きで大好きで……。
あなたの近くに、あなたの傍にいられるのだったら私に怖い物なんて何もなかった。
***
「……暑い」
外に出ると夏の匂いがした。
さんさんと降り注ぐ太陽の暖かな光に私はゆっくり目を閉じ、息をついた。
ドアを閉めると、そこには一人の少年がいて私の顔を見るなり、にこりと笑いかけてくる。その笑顔を見て、私も自然と口元の筋肉が緩んだ。
久しぶりに見たその少年の表情に、つい安心してしまった。
しかし、すぐに気持ちを建て直し、家の敷地に不法侵入していた彼をにらみつけた。
「そんな邪険にしないでよ。久しぶりに会えたのに」
「残念ながら邪険にはしていません。……ご無沙汰してます、堀先輩」
そこには中学の先輩だった堀桐斗(ホリ キリト)が立っていた。額には小さな雫が流れている、結構な時間待っていたのだろうか。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
「……そりゃ、お前に会いに来たんだよ」
彼の表情が少し曇る。何かあったのだろうか。
堀先輩と最後に会ったのは今からおよそ半年前。今でも泣き叫ぶ私を、優しく撫でてくれたあの大きな掌を覚えている。
「嘘ですね。何があったんですか」
「……、お前の母さんさ。そろそろやばいんだって」
「やばいって……?」
堀先輩が顔を伏せた。きっと彼は、言いにくい言葉の続きを言うのを拒んだんだ……すぐに察しはついた。
でも、切った言葉の続きを聞くのは怖かった。
「あの……、お母さんが。何かあったんですか」
「……っ」
本当は聞きたくなんかなかった。
身体が小刻みに震える。自分の顔が歪んでいくのが分かった。
心臓の音がばくばくと音を立てる。その音は、耳を塞いでも聞こえ続けた。
ゆっくりと思いだす。
あの日、あの時……私が何をしたのかを。
後ろで割れる電球。破り裂かれる教科書。
踏みつぶされそうになる私、首を絞められ涙を流す私。
喜怒哀楽の激しい母親の表情。
泣く母に私は何度も何度も謝り続ける。
ごめんね、ごめんね、と。
私は知っていた。
あの人がとっくの昔から壊れていたことを。
それでも気づかないふりをした。これが当たり前だということだと無理やり信じ込んだ。これが普通なんだ、と。
全て悪いのは私なんだと。
だって大好きだったから、お母さんのことが。
「お母さん、病気でもう長くないんだって」
堀先輩の言葉がひどく耳に刺さった。
嘘だ、嘘だ。心の中で私はそう唱え続けるけど、本当の本当は気づいていたんだ。
彼女の命がもう短いということ、そして……
————お母さんは私を愛してはくれていなかったこと。