ダーク・ファンタジー小説
- Re: 君の涙に小さな愛を。【参照700感謝】 ( No.28 )
- 日時: 2015/05/18 05:31
- 名前: 榛夛 ◆OCYCrZW7pg (ID: tAwbt3.x)
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堀先輩はやっぱり暑かったのか、冷たい飲み物を買ってくると言って部屋を出て近所の自動販売機に向かった。ついていきますよ、と言ったけれど、なずなはここに居ろと言われたため止む無く断念。
堀先輩はなかなかのジェントルマンな気がする。さっきも思ったが、彼女がいないことだけが謎だ。
「といってもね、私が彼女さんと別れさせたみたいなもんだったけどねー」
独り言をつぶやいて、私は過去の記憶をたどる。
脳裏に浮かぶのは可愛らしい一人の少女。いつも彼女は堀先輩の近くにいて笑っていた。
その時だったっけ。私、なぜか堀先輩の彼女である少女を見るたび、胸がチクリとしたんだ。不思議な現象に戸惑いながらも、私はあの時はそんなことを気にする心の余裕がなくて。でも、今ならこの気持ちの正体が、少しなら分かる気がする。
「ねぇ、堀先輩。私……あなたの優しさがすごく怖いんです」
ちらりと目に入った写真たて。そこには中学の時の思い出が詰まっている。
中には堀先輩と私で撮った写真も交じっていて、つい私は口元が緩んでしまう。
そんな時、一人の少年の声が上から降ってきた。
「何笑ってんだよ、怖いな」
「……あ。おかえりなさい、堀先輩」
「ジュース買ってきたぞ。ほい」
そう言って堀先輩は私にポイっとペットボトルの紅茶を投げ渡し、カーペットの上に座った。そして机にある資料をまとめながら、彼は浅いため息をついた。
「本当にこれを決行するんだな?」
「まぁ、やりたいんですけど。でも、堀先輩の協力が不可欠で……。だから、堀先輩がいいっていうならですけど」
顔を伏せながら私が口ごもると、堀先輩は私の頭をポンッと軽くなでながら優しい言葉をかけてくれた。
「なずなの頼みだ。俺が聞かないわけないだろう?」
堀先輩は、やっぱり優しい。
人に頼ることを恐れていた私に、勇気をくれた。
資料を鞄の中に入れ、堀先輩は「もう、帰るわ」と言って部屋を出ていこうとした。
もう帰ってしまうのか。時計を見るともう五時を過ぎていた。
堀先輩と話していると時間はあっという間に過ぎるんだなぁ。
堀先輩が玄関で靴を履いているとき、つい私の口からポロリと声が漏れた。
「帰っちゃ、やです……」
「……は?」
恥ずかしかったし、顔が赤くなっていくのも分かった。
でも、私の口は全然止まってくれない。
「今日だけは、一緒にいてほしいの。駄目?」
「…………っ!」
私の言葉に堀先輩は耳まで真っ赤にして驚いていた。
つい私は彼の腕をつかみ、せがんだため、彼は悩みに悩んで次の言葉を発した。
「……も、もうちょっと、考えさせてください!」
考えるって、何が?
さっき台所で見てしまったゴキブリが怖かったからそう言ったため、堀先輩の言葉の意味が分からない。首を傾げる私と顔を赤める堀先輩。短い沈黙が流れた。