ダーク・ファンタジー小説

Re: ぼくらときみは休戦中[短編・作者の呟き] ( No.95 )
日時: 2017/01/08 19:06
名前: 利府(リフ) (ID: HW2KSCh3)

あの日からずっと、お前のことについて考えている。

今は雨がしとしとと落ちてきて、鉛色の空とは対話できそうにない。
君はこの雲の上にいるのだろうか。いや、そもそもお前は宗教さえも知らなかったのかい、マリア。
俺は残念だけど神を信じてはいない。だけどお前は、まるであの日あの時、この世界に神がいるかのように、あることを語っていた。

神様、もっと綺麗な色を世界に塗ってくれないかしら。

お前は俺を見ながらそう言った。その時俺は、お前も他の奴共々殺す気でいたのに、あまりに哀れでどうしようもなくなってしまった。俺は火傷を負っていた。目の機能もいまいちだった。だからこそ、お前の欠落した瞳に愛しさを覚えたのだろうか。

マリアはパレードの事故で死んだはずだったのに、どうして俺は彼女を探し求めているんだろう。

お前は俺が神様とでも言いたげにしていたのに、どうして死んでしまったんだ。
どうして、俺の服から漂う鼻につく鉄のにおいを嗅いで、こんなにおい、今まで知らなかったわ、とはにかんでくれたんだ。
どうして、俺以外の人間の前に出た。お前は脆い。俺と一緒で、脆く可哀想な箱入り娘だったのに。こんな俺を神様と言ってくれたのに。

打ちひしがれていた俺を見て、Nさんはあの話を教えてくれた。それは小さな情報であったが、それでも俺の決意を燃やすには十分であった。

マリア。お前は今、あの場所で何をしているんだ。


*****


「あ、起きた」

不吉な駅員の声がした。ゆっくりと顔を上げると、目の前にいたのは予想通りの人物だ。いや、これは人物と言えたものかわからないが。

「もう日本に着いてるよ。おいでませ、ジャパニズムって感じだね。でも、目的地にはまだ少しかかるからね」

好青年の姿をした駅員の襟には、べっとりと血が付着していた。またこいつは、「飯」を食ったらしい。実際に天井からは、真っ赤な血が滴っている。まぁ、血が付いていない部分など無いに等しいのだろうが。本人に聞けば、血が付いた部分は白いペンキで元の色に塗り直すが、その後すぐに猿たちが人間の頸動脈を切ってしまったりしてペンキの上にまた血が付いてしまうらしい。その話を聞いた時真っ先に俺の頭に思い浮かんだのはミルフィーユで、思わず苦い顔をしてしまった。

彼の名を「猿夢」という。これは通称だが、彼は自分の本名は把握しきれていないのだ。通称が本名だよ、と彼も声高らかに語っていた。だから俺を含めたクリーピーパスタ共は、こいつをmonkeydreamと呼ぶ。だが、どうやら人ならざるものの使う言葉は全世界共通となっているようで、俺達が英語で話しているつもりでも猿夢には日本の言葉で聞こえているらしい。さて、fuckもshitも美しい日本に渡れば、美しい言葉に変わっているのだろうか?

「黙れクソ野郎」
「おおっとジェフ、もしかして低血圧なのかい?お兄さん意外とメンタル弱いんだけど」

駄目であった。だがこいつにはこの程度の毒でいい。

「天国行け」
「あら、意外と優しい」
「あ?そうか、お前は地獄か」
「そうだねー。でも俺はもう死んだのにね」

なんでだろうね、どうしてこうして生きてるのかな。
その言葉に何も返す気はなかったが、猿夢は何も言わない俺を見てくすりと笑い、無言のまま俺の黒い髪を撫でた。

「ねぇ、ジェフ。言いたくなったことがあって。ジェフは並大抵の事じゃ死なないだろうけど、もし死にたくなったら、俺の所においで」

病的な白い肌に自分の手の甲を少し擦り付けたあと、彼は俺の頭を撫でた。手袋越しの体温は随分と冷たい。それが気に入らなくて、俺は彼の腕をはたいた。

「思春期かい?」
「いっぺん死ね」
「はは、ひどいひどい」

自分の背後にある風景は、ごく普通の田舎の村だ。
そこにある駅の名前はきさらぎと言う。ここに迷い込んだ人間がどうなるのか、俺には詳しくは分からない。ただ、現世を疾走する電車と、この異様な電車が重なる瞬間、時折存在し得ないはずのここにたどり着くという。
遠くの畑に白くうごめく何かが見える。本当の人間なら、「あれ」の存在理由を知った瞬間発狂し、その度合いによっては死に至るという。
猿夢はこの村に入ったよそ者の中で、生きて出られたものは少ないと語った。たいていは村の中に取り込まれる。だが、最近になって逃げおおせた人間がいたという。
その話は俺が頼りにしているNさんを通じて聞いたのだが。

それはただの女学生だったという。
線路上に見えた彼女をそのまま「きさらぎ」行きの電車に飲みこんだのだが、彼女の近くにいた「青い霊」が彼女を元の世界に連れ戻してしまった、と猿夢はどうでも良さそうに語った。

青い霊、と聞いて、俺が思い浮かべたのはたった1人の愛くるしい青い少女だった。
それだけのものをよすがとして、俺は日本までやって来た。
違ってもいい。正しいならばもっといい。
俺はそれほどにマリアを愛している。だから、探し当ててやる。

「マリア......」

弊害は殺す。ナイフを握りしめてそう誓う。

その、女学生であろうと。