ダーク・ファンタジー小説
- Re: __超能力開発販売機構__ ( No.33 )
- 日時: 2015/08/19 12:34
- 名前: Cheesecake ◆o7IoaYt5UM (ID: g/om0k0Y)
「識さん、識さん。学習塾のお時間でございます」
「わかりました」
高木家は、この近辺では裕福な家庭として知られていた。
家の外観も、昔ながらの和風な造りを残しながら、内装はスペースを有効活用したモダンな仕上がりになっている。また、庭の中央から大きく伸びる立派りんごの木は、この一角のシンボルであり、先代からの事業によって名声を得た高木家の権威の象徴のような役割も果たしていた。
そんな高木家の一人息子こそが、識である。
濃緑の袴は彼の印象をしっかりとしながらも柔らかな和風少年に整えていていた。もう今年で高一、日に日に頼り甲斐のある男性へと成長していく彼の立ち姿は凛としていて、その中にどこか優しさ溢れる穏やかさがある。さらに、特に勉強もガリガリ、命をかけてそれだけに打ち込んでいるわけではないのだが、彼は要領がいいのだろう。重要なところや複雑なところだけパパッと復習し、試験での得点につなげてしまうのだ。この特技のおかげで、彼は学校での成績も素晴らしいもので、先生からの信頼も厚い。
勉強面でも財政面でも、他の人にはないものを持ち合わせている識。その日常は、一見完璧なものと思われた。
「今日の単元......数学Aか」
彼は淡々と鞄の中に教材を詰め込んでいく。その合間に、机の上にあった和菓子をぱくり。口の中に広がる甘みに満面の笑みを浮かべる。
糖分補給も、ばっちり。
「それでは、行ってきますよ」
彼は、どこか儚げな印象を持つ笑顔を顔に浮かべて、その身分らしからぬ至って普通の自転車に乗って外へ走り出した。
家を出て、風を切りながら道路を走っていくのは心地よい。生活感溢れる住宅街からは、どこかの家の夕飯であろうカレーの香りが漂ってくる。
脇で夕日を浴びてうたた寝をしている猫たちに見送られ、識は勢いよく自転車のペダルを踏んだ。
また、今日も識が1日の中で一番楽しみにしている時間が始まるのだ。
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「識くん、お疲れ。一緒に帰ろう?」
「ええ、帰りましょうか」
……彼だって普通の高校一年生だ。青春くらい普通に謳歌している。
塾の帰り道、こうしてカノジョと一緒に帰ることが、識にとっては至福の時間であった。好きな人と一緒に居られる。話もできる。
こんな素敵な時間が他にあってたまりますか。
「ねえねえ、聞いてもらいたいことがあるんだけど、いい?」
しかし、今日は何やらカノジョの様子が少し変である。周りを伺っているように見受けられ、さらに表情も少しばかり強張っていた。
「どうしました?」
「......あのね」
彼女は少し伏し目がちに、静かな声で素早く言った。
「......私の家の近隣でね、最近出るみたいなの。不審者」
「えっ」
「うん......」
かなり心配そうな表情をしていて、足取りも重い。自転車を押しながら歩く彼女の姿からは、その不審者の存在に怯えている様子がはっきり伺えた。
「最近、夜勉強してると......聞こえるの。不思議な声が。多分、うちの近所を徘徊してるんだと思うんだよね。
うちさ、親が共働きでいつも夜も家にいないの。だから一人で家に入るのが怖くて怖くて......」
「え......それは初耳です」
彼女の家は高木家からは少し離れたところにある。そのため、彼がその不審者の話を知らなくてもあまり無理はなかった。
しかし、
識は、自分が心から信用している人物の役に立てたらと心から願っていた。
彼女もそんな人間の一人である。
「......家まで直接送りましょうか」
彼は、無意識のうちにそうつぶやいていた。
「え、でも識くんの家遠いでしょ? わざわざいいの?」
少し申し訳なさそうな顔をする彼女だが、識は力強く「うん」と頷いた。
「あなたが怖い思いをして日々怯える位なら、自分が多少遠回りして家に帰る方が何倍もいいですから。」
そう識は微笑んだ。
そう言ってみれば聞こえは良い。
しかし、彼には問題があった。
塾が終わるのは夜遅く、22時である。そこから自転車に乗って帰ったらもう22時過ぎ、そろそろ高校生が出歩いていたら警官の目につく時間帯だ。それに、少し遠い彼女の家から自宅を目指すことになれば、最終的な到着時間がだいぶ遅くなってしまうだろう。
そのこともあったし、不審者に万が一遭遇してしまった時の心配もあった。
識は、勉強は確かにずば抜けてできるといってもいいだろう。
しかし、
運動は本当に人並みにしか出来ないのである。
むしろ、体力テストの結果は同年齢の男子の平均より少し低めだ。
ましてや、自己防衛術の一つも心得てなぞいない。強いて言えば部活は弓道部だ。しかし、その経験がこの場で活かされることになるか、と聞かれたらかなり微妙である。
これでは自分の身はおろか、彼女の安全さえ守れるかどうか少し不安なところであった。
......毎晩筋トレでもすることにしましょうか。
とりあえず、自分をもう少し強くしなければ。
識は決意した。
その後、彼女の家から自宅へ到着したのは案の定23時前であった。親に事情を聞かれるであろうが、まあどうにかしてごまかそうか。
ついで、というよりは毎回の識の癖であるのだが、彼は家のポストの中身を覗いた。流石に夜中に届く手紙なんてないだろうが、たまに誰も家から外出していなかったり、識の両親がうっかりしていたりすると、その日の配達物がそっくりそのままポスト内に残っていたりするのである。
今日はそんな日であった。入ってるものはとても少ないが、中身が回収されていない。
「後で見せに行かないと...」
識はポスト内のものを出し、ざっと配達物に目を通す。
大体はスーパーの広告だったり、つまらない郵便物だったりするので識が無断で処理してしまうことも多々ある。しかし、今日は彼の目についた広告が一部あった。
「緊急募集」
人数限定12人の選ばれし生徒が、新たに開発された人工超能力の性能テストに参加することができます。
もれなく新開発された能力も参加した皆様に無償でプレゼント、その日から使っていただいて構いません。
権利を放棄することだけは禁止......
......これは、いけるかもしれない。
超能力があれば、筋トレなんかしなくても彼女を守ってあげられるかもしれない......
望みは、だいぶ薄い。
なんせ、広告の内容が多少胡散臭いことを否定できない。この機構は最近科学世界の中でも話題であり、識も名前は知っていたし興味もあった。しかし、最新技術を12人分? しかも子供に? 怪しさMAXだ。さらにメールアドレス。わかりやすい、子供じみた語呂合わせだ。42731で、死になさい.........
ただのいたずらか?
疑う気持ちはあったけれど、それでも彼は自分の好奇心を抑えることができなかった。
申し込んでみよう。
どうせ、選ばれるのは全国の中から12人だし、ね。考えすぎかもしれない。さらに相手はテレビや専門誌にも名前が出ている機構だぞ。
万が一、これがイタズラでも、インスタントメールアドレスを使えばいい話な気もするし。念のため、偽名で応募しておくか......
そんなことを考えながら、識は玄関のドアを開けた。
「ただいま戻りました」
〈3/4 (JPN time) 23:40 高城 志紀 …申込確認〉