ダーク・ファンタジー小説
- Re: 命を売り買いする場所。 ( No.51 )
- 日時: 2015/08/24 17:56
- 名前: とりけらとぷす (ID: emG/erS8)
平和な日々が続いていた。
今日はシータと一緒に水汲みに来ていた。
また、春が来たのだ。
この街に、美しい春が再びやってきた。
でも、今年の春風はまだちょっぴり冷たくて、頬にそれが触れて赤く染まった。
シータの白髪が揺れる。
「私達、ちっとも似てないね」
水に映る私とシータは、姉弟なんて思えない。
シータは、こくりと頷いた。
無口なシータは、誰ともあまり話したがらない。
家族なんだから、話せばいいのに。なんてつい思ってしまう。
バケツ一杯に水をすくって二人並んで帰っていると、シータとの身長差に気がついた。
前の春までは私より小さかったのに、今はもう私より5センチくらい上だ。
それに、よくよく見てみると、大人びた、父のような顔をしている。
それが、何だかむっとして、私は背伸びして無言でシータのバケツを持った。
「……重いでしょ?僕が持つよ」
そう言ったシータに驚くと同時に、あっさりと私のバケツを取られてしまった。
「あ、ちょっと返してよ!」
「僕の方が力あるし」
真顔でそう言うシータに無性に腹が立った。
でも、それは本当だし、否定できないため、私は顔を背けて家に帰った。
私の気づかないところで、皆大きく成長している。
…ずるい。私だけ取り残されたようで。
皆大きくなってしまって、私だけ何も変わっていないように思えた。
家へ帰ると、母が泣いていた。
テーブルの上にぽたりぽたりと溢れる涙。
私もシータも驚きのあまり、その場に立ち尽くしてしまった。
「この街は終わるんじゃ…」
二階から降りてきた祖母は、私達を見るなり、眉間に皺を寄せて言った。
「な、なんで?」
私より先に、シータが食いつくように言った。
「魔女狩りよ…。魔女狩りが始まってしまうのよ……。私達は、殺されるわ!」
目を見開いて狂ったように言う母は、まるで別人のようだった。
そして、ごめんなさい…と言いながら、また泣き出してしまった。
母の手元の新聞のようなものには、「魔女狩りはじまるーーー」という見出しが、大きく書かれていた。
「もう、魔女狩りは始まっとる。サイ、シータ。お母さんと一緒に逃げなさい」
「お婆ちゃんは…?」
「わしはこの街に残る。わしはこの街で生まれ、この街で育ち、この街で死ぬんじゃ。そう決まっとるからな」
そう言うお婆ちゃんは、今年になってから足を悪くした。
そんなお婆ちゃんは、自分がお荷物になると思っているのだろうか。
母は、情緒不安定になってしまった。
祖母は、自分を置いて逃げろと言う。
今、何かできるのは私とシータだけだと思った。
「お母さん、逃げよう。私よくわかんないけど、逃げよう」
私は、母の手を引いた。
「もちろん、お婆ちゃんもね」
私は祖母の手も取ったが、祖母は黙って首を横に振った。
「シータ、お婆ちゃん負ぶって!」
「わかった」
「いいから、三人で行くんじゃ!」
祖母はこれでもかというほど大きな声を出して怒鳴った。
大きな声を出し過ぎたのか、祖母はゴホッゴホッと咳をした。
『プレタリアを燃やせ!奴らは魔女だ!この街ごと火炙りにせよ!」
ドーンと大きな音がしたかと思うと、外からはこんな声が聞こえた。
ドアを開けて、私が見たもの…それは……ーーーーーこの街が、地獄と化した瞬間だった。
火が、色とりどりの花を焼き尽くしていく。
友達の家が、燃えている。山が、燃えている。
私の頬を、自然と涙がつたった。
「やめて……やめてよ…」
焼き尽くされていく街を見て、どうしたらいいのかわからなかった。
「…逃げるよ。すぐに爆弾がこっちに飛んでくる」
冷静を保ったままのシータは、母と私の手を引いて裏口へ掛けた。
「お婆ちゃんっ!お婆ちゃん!」
遠くなっていく祖母の姿。その顔は、笑っていた。
死ぬ覚悟を決めたのだと、その時すぐにわかった。
だけど……。
「どうして!?ねぇ、どうしてお婆ちゃんを置いてくの!」
「お婆ちゃんがそうしろと言ったから。それに、四人じゃ逃げきれない」
なんで……なんでよ。なんでそんなに冷静なの?
こんなことが起こっているのに、涙一つも流さないなんて。それに、祖母を置いていくなんて。
許せない。祖母はまだ生きてるのに。
私は、シータの手を無理矢理離して、祖母のところへと走った。
その時だった。
爆音と同時に「危ない!」と母の声が聞こえた。
その瞬間、背中に痛みを感じた。そして、床に溢れる大量の血を目撃したのは、この直ぐ後のことだ。
「はぁ……はぁ…。良かった…」
どうやら、爆弾がこちらへ飛んできて、家が崩れたらしかった。
「お母さん…」
私は母に助けられ、何とか下敷きになるのを間逃れた。
「……お母さんっ!!」
そこには、家の下敷きになる母の姿があった。
家に戻ろうとする私を、母は外へ私を押したのだった。
家は、中心部だけが崩れていて、燃えている。
家の柱の様なものに挟まって、動けなくなる母からは、大量の血が地面へ流れていた。
「お母さんっ!やだっ……やだよ……!」
私はシータとともに柱をどけようと試みたが、だめだった。
母は、柱を持ち上げようとする私達の顔を、自分へ寄せた。
「…逃げ………て…。お願い……っ」
母は、やっとの事でこれを言ったようだった。
母の声はかすれかすれ聞こえてきたもので、最後の言葉は聞こえなかった。
「あ……してる…」
これはきっと”愛してる”と言ったのだろう。
「お母さん……私も、お母さんのこと大好き……」
もう一度、母に抱きついた。
上半身しかない母は、泣きながら、いつものように笑った。
「逃げよう、サイ」
「うん…」
私はシータと走った。
母は、最後まで美しかった。
燃える街は、呆気なかった。
私の生まれた街。愛した街。
そして、私達の生きた街。
この街は、美しかった。
母と祖母の眠る街は、最後の最後まで美しかった。
ーーーーさよなら。
街は、炎で包まれていく。
だけど、泣き叫び、苦しんで死ぬ者の声は一つも聞こえなかった。
この街と生き、この街と消えたプレタリア達。
この二人の行方は、誰も知らない。
【END】